第6話 逸走の先に
僕は河原沿いで自転車を漕いでいた。
いつもなら夕日が優しく差し込む道だが、練習を抜け出してきたこともあり、まだ強い日差しが照りつけている。
目の前にいる竜司も自転車を漕いでいて、無邪気に燥いでいる。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第6話
グレゴリオ暦 二〇XX年七月三日
月村蒼一は異世界に飛ばされる
「ヒャッハー! チョー気持ちよくね!?」
後ろにいる僕の方をチラリと見ながら、竜司は叫ぶように言った。
「だなーっ!」
それに呼応するように、僕も声を張り上げた。
竜司は不思議とテンションが高くなっていた。練習を抜け出せたことが余程嬉しかったのだろうか。嬉しいというよりも、焼けくそになっているのだろうか。
僕は蟠りが溜まりに溜まって、正直なところ気分が乗らない。
友達と一緒にいる時くらい、自分の気持ちに素直になった方がいいのだろうかと、毎度のことながら悩む。それでも、僕は竜司のノリに合わせることしか出来なかった。
「腹減った! マック寄ってくしかなくね!?」
「行くかーっ!」
「よっしゃーっ!」
竜司が激しくペダルをこぎ出し、スピードが増す。僕もそれに合わせ、加速する。
風を切るように走り抜けたが、吹き付ける空気は生温く、心地良いものではなかった。
◇
ファストフード店へ駆け込むように入り、早々に注文を済ませ、空いている店内の椅子に腰かけた。
「あー生き返るわー。外、なんでこんな暑いんだよ」
竜司は鞄から取り出したうちわを扇ぎ、天井を見上げながら喋り出した。
吹っ切れているのか、焼けくそになっているのか、彼の様子からはまだ読み取れない。
「あれで良かったんだよな」
僕は思わず、口からそんな台詞をこぼした。
「あれって?」
「練習抜け出したこと」
僕は飲み物を口にしながら、淡々と喋った。相変わらず竜司は天井を見上げている。
「うーん、わかんね。でも、ああするしかなかったんじゃね? どっちにしろ、結局はこうなるんじゃないかと思ってたし」
竜司の口調から察するに、まだ彼も吹っ切れてはいない様子が窺える。さっきのハイテンションは、やっぱりヤケになっていたと推察できる。
「っていうか、竜司ごめん。いや、ありがとうか。うーん、何て言ったらいいのかわかんないけど⋯⋯」
僕が整理のつかないまま発した言葉に、竜司は反応を示した。
「いや、それを言うのは俺の方っていうか、部の奴らみんなじゃね? お前が高梨の嫌われ役買ってくれたから、被害を受けなくて助かるって思ってる奴、けっこういると思うぜ?」
「そういうもんかな⋯⋯?」
「お前一人、あんな仕打ちされんのなんて、不公平にもほどがあるだろ。よかったんだよ、アレで」
竜司の発する一言一言が、心に染み渡る。
慰めてくれて嬉しいというよりも、申し訳なさで心苦しい思いの方が強く圧し掛かる。
「よく考えたら高梨の奴、あんなのバレたら一発でクビじゃね? よくツイッターとかで体罰チクられる動画観みるけど、蒼一がされてたこと、けっこう酷い方だと思うわ」
「そうなのかね?」
「いや、フツーに学校に言うべきだろ。大人って汚いから、揉み消されるみたいなことになるかもしれねーけど。あれ、証拠みたいなのってやっぱ必要なのかな?」
「証拠っていわれてもなぁ⋯⋯」
「誰か写真撮ってる奴とかいねーかなぁ⋯⋯。あ、さっきお前が蹴られたところとか、どうよ? アザになってたりしてねえ?」
竜司は僕のお腹の方をじっと見てくる。
「いや、そこまで痛いわけじゃなかったから、どうかな⋯⋯」
僕は促されるようにワイシャツを捲り、右脇腹を見せた。
「たしかに若干赤くなってる気がするけど⋯⋯」
僕は力無く、呟くように言った。
「うーん、微妙なとこだな⋯⋯。クソ、高梨の野郎、いい感じで手ェ抜きやがって」
真顔でそう言う竜司に、僕は半笑いで答える。
「いや、手を抜いてくれないと困るから」
その返答に、竜司はハッとするように僕の顔を見上げた。
「だ、だよなーっ! 悪ぃ! 失言した!」
「はははははっ」
僕は笑い声をあげた。
竜司もそれに合わせて笑うと、重くなっていた空気が解されていった。
◇
その後、話題が変わり、昨日観たテレビの話、また、野球・サッカーやらスポーツの話など、男が好みそうな話で盛り上がった。
気付けば、注文した飲み物も空になっていた。
「んじゃ、そろそろ行く?」
「だな」
僕と竜司は鞄を肩にかけて立ち上がり、空になった紙コップ等がのったトレイを持ち上げた。
「明日、マジで部活どうしようかな」
僕はふと口にした。
竜司は店の窓の方を見ながら答える。
「行かなくていいんじゃね? ってか、高梨の体罰暴くことが先決だろ? あれ、やめてもらわねーと、ウチらも練習どころじゃねーし」
「そっか、そうだよな」
「よし、じゃあ明日は頼りになるかはわかんねーけど、まずはセンコー共に相談して、したら昨日の体罰の場面、見た奴いねーか聞いてみようぜ」
返却口でゴミを捨てる竜司の後姿が、なぜか頼もしく映る。
「何かちょっとは清々したかも」
僕もゴミを捨てながら、竜司の方を見ずにそう言った。
「はは! まあ、そう悩むなって!」
竜司は僕の肩を叩きながら、声を張って喋った。
◇
ファストフード店を後にすると、湿った不快な空気が再び襲い掛かってきたが、僕の気持ちは店に入る前よりも、乾いているように思えた。
「じゃあ、また明日な!」
竜司は僕の家とは反対の方向に自転車を漕ぎ出した。
僕も「お疲れ」と声を張り上げ、自宅へ向かって自転車を走らせた。