第6話 逸走の先に

 僕は河原沿いで自転車を漕いでいた。

 いつもなら夕日が優しく差し込む道だが、練習を抜け出してきたこともあり、まだ強い日差しが照りつけている。

 目の前にいる竜司も自転車を漕いでいて、無邪気にはしゃいでいる。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第6話

グレゴリオ暦 二〇XX年七月三日
月村蒼一は異世界に飛ばされる

「ヒャッハー! チョー気持ちよくね!?」

 後ろにいる僕の方をチラリと見ながら、竜司は叫ぶように言った。

「だなーっ!」

  それに呼応するように、僕も声を張り上げた。

  竜司は不思議とテンションが高くなっていた。練習を抜け出せたことが余程嬉しかったのだろうか。嬉しいというよりも、焼けくそになっているのだろうか。

  僕はわだかまりが溜まりに溜まって、正直なところ気分が乗らない。

  友達と一緒にいる時くらい、自分の気持ちに素直になった方がいいのだろうかと、毎度のことながら悩む。それでも、僕は竜司のノリに合わせることしか出来なかった。

「腹減った! マック寄ってくしかなくね!?」

「行くかーっ!」

「よっしゃーっ!」

 竜司が激しくペダルをこぎ出し、スピードが増す。僕もそれに合わせ、加速する。

 風を切るように走り抜けたが、吹き付ける空気は生温く、心地良いものではなかった。

  ファストフード店へ駆け込むように入り、早々に注文を済ませ、空いている店内の椅子に腰かけた。

「あー生き返るわー。外、なんでこんな暑いんだよ」

 竜司は鞄から取り出したうちわを扇ぎ、天井を見上げながら喋り出した。

 吹っ切れているのか、焼けくそになっているのか、彼の様子からはまだ読み取れない。

「あれで良かったんだよな」

 僕は思わず、口からそんな台詞をこぼした。

「あれって?」

「練習抜け出したこと」

 僕は飲み物を口にしながら、淡々と喋った。相変わらず竜司は天井を見上げている。

「うーん、わかんね。でも、ああするしかなかったんじゃね? どっちにしろ、結局はこうなるんじゃないかと思ってたし」

 竜司の口調から察するに、まだ彼も吹っ切れてはいない様子が窺える。さっきのハイテンションは、やっぱりヤケになっていたと推察できる。

「っていうか、竜司ごめん。いや、ありがとうか。うーん、何て言ったらいいのかわかんないけど⋯⋯」

 僕が整理のつかないまま発した言葉に、竜司は反応を示した。

「いや、それを言うのは俺の方っていうか、部の奴らみんなじゃね? お前が高梨の嫌われ役買ってくれたから、被害を受けなくて助かるって思ってる奴、けっこういると思うぜ?」

「そういうもんかな⋯⋯?」

「お前一人、あんな仕打ちされんのなんて、不公平にもほどがあるだろ。よかったんだよ、アレで」

 竜司の発する一言一言が、心に染み渡る。

 慰めてくれて嬉しいというよりも、申し訳なさで心苦しい思いの方が強く圧し掛かる。

「よく考えたら高梨の奴、あんなのバレたら一発でクビじゃね? よくツイッターとかで体罰チクられる動画観みるけど、蒼一がされてたこと、けっこう酷い方だと思うわ」

「そうなのかね?」

「いや、フツーに学校に言うべきだろ。大人って汚いから、揉み消されるみたいなことになるかもしれねーけど。あれ、証拠みたいなのってやっぱ必要なのかな?」

「証拠っていわれてもなぁ⋯⋯」

「誰か写真撮ってる奴とかいねーかなぁ⋯⋯。あ、さっきお前が蹴られたところとか、どうよ? アザになってたりしてねえ?」

 竜司は僕のお腹の方をじっと見てくる。

「いや、そこまで痛いわけじゃなかったから、どうかな⋯⋯」

 僕は促されるようにワイシャツを捲り、右脇腹を見せた。

「たしかに若干赤くなってる気がするけど⋯⋯」

 僕は力無く、呟くように言った。

「うーん、微妙なとこだな⋯⋯。クソ、高梨の野郎、いい感じで手ェ抜きやがって」

 真顔でそう言う竜司に、僕は半笑いで答える。

「いや、手を抜いてくれないと困るから」

 その返答に、竜司はハッとするように僕の顔を見上げた。

「だ、だよなーっ! 悪ぃ! 失言した!」

「はははははっ」

 僕は笑い声をあげた。

 竜司もそれに合わせて笑うと、重くなっていた空気が解されていった。

 その後、話題が変わり、昨日観たテレビの話、また、野球・サッカーやらスポーツの話など、男が好みそうな話で盛り上がった。

 気付けば、注文した飲み物も空になっていた。

「んじゃ、そろそろ行く?」

「だな」

 僕と竜司は鞄を肩にかけて立ち上がり、空になった紙コップ等がのったトレイを持ち上げた。

「明日、マジで部活どうしようかな」

 僕はふと口にした。

 竜司は店の窓の方を見ながら答える。

「行かなくていいんじゃね? ってか、高梨の体罰暴くことが先決だろ? あれ、やめてもらわねーと、ウチらも練習どころじゃねーし」

「そっか、そうだよな」

「よし、じゃあ明日は頼りになるかはわかんねーけど、まずはセンコー共に相談して、したら昨日の体罰の場面、見た奴いねーか聞いてみようぜ」

 返却口でゴミを捨てる竜司の後姿が、なぜか頼もしく映る。

「何かちょっとは清々せいせいしたかも」

 僕もゴミを捨てながら、竜司の方を見ずにそう言った。

「はは! まあ、そう悩むなって!」

 竜司は僕の肩を叩きながら、声を張って喋った。

 ファストフード店を後にすると、湿った不快な空気が再び襲い掛かってきたが、僕の気持ちは店に入る前よりも、乾いているように思えた。

「じゃあ、また明日な!」

 竜司は僕の家とは反対の方向に自転車を漕ぎ出した。

 僕も「お疲れ」と声を張り上げ、自宅へ向かって自転車を走らせた。

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