第18話 下される使命
僕は時間が経つ意識を忘れるくらい、テキストと睨めっこしていた。ここまで集中できた記憶がないと言える程、勉強が捗っていた。
この『似非イタリア語』とも言うべき言語の文法の大筋な部分は押さえた。次は日常会話で使えそうな表現を、ひたすら暗記することにしていた。
--さすがに少し疲れたかな⋯⋯。
僕は少し休憩を入れることにした。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第18話
年代不明
月村蒼一は異世界で洗礼を受ける
時計らしきものがないので、何時間経ったのかは分からない。そもそも、時間という概念はあるのだろうか?
それにしても、前の世界にいた時より俄然やる気が違う。ファンタジーの世界に身を投じ、気分が高揚しているからだろうか。夢の中だからこそ、自分自身に秘められた力が引き出されているのだろうか。
結論は出ないが、この忽然として得た鼓する気持ちに、今は酔いしれる他ない。
「!?」
--なんだ⋯⋯?
窓際の辺り、とりわけサフィーさんの像の辺りで、青白く光ったような気がする。
--まあ、いいや。続きをやるか!
僕はその事象に気に留めず、小休止を終え、日常会話表現の暗記を再開することにした。
◇
--そろそろ練習相手が欲しくなるな。
もう勉強を始めてから何時間たったか分からないが、暗記もさすがに煮詰まってきた気がする。気晴らしに、せっかく覚えた表現を使って、この世界の人と軽く話をしたいと思った。
--部屋、出ても平気かな? まあ、ちょっとくらいならいいよな。
僕が座りっぱなしで重くなっていた腰をあげた瞬間だった。
「ソーォ ちゃん!」
「!?」
誰かが僕のことをアダ名で呼んだかと思うと、急に後ろから抱きしめられ、僕は咄嗟に後ろを振り向いた。
「あ!」
「こんにちは。元気にしてる?」
「サフィー⋯⋯さん?」
「すっごい勉強してたね。エライわ、感心感心」
僕をこの世界に連れてきた張本人が、僕の背後を抱きしめていた。僕は背中に当たる感触がいちいち気になっていた。
「あ、あの、サフィーさん、胸が⋯⋯当たってます」
「え? ああ、ゴメンね。わざと」
「はいっ!?」
僕は必死で彼女を振りほどいた。
「はははっ! 相変わらずねぇ。かわいいっ」
「もう⋯⋯、そういうのやめて下さいよ⋯⋯」
正面から見たサフィーさんは相変わらずの美しさだった。彼女の今の格好は正に、精霊と呼ぶに相応しい純白のローブを身に纏っていた。
「あの、サフィーさん⋯⋯いや! サフィローネ様はなぜここに?」
「ははっ! いいって、そんな気を使わなくても」
「で、でもっ! この国の精霊なんですよね? みんなから崇拝されてるって⋯⋯」
「まあ、そうね。便宜上は」
「え? 便宜⋯⋯?」
「ああ、気にしないで。こっちの話」
この人と話していると、この手の答えが返ってくることが多い。何か言えない理由があるのだろうか。
「もうっ! 気にするなって言ってるでしょ? 怒るわよ」
「え!? あっ⋯⋯」
そういえば、この人は僕の心が読めるのであった。彼女といる時は、気の抜けない状況であることを再認識した。
「ウソだって。ゴメンね。まあ、前にも言ったけど、物事には順序ってものがあるから」
「今、それを僕が知ったら、何か悪いことが起こるんですか?」
「まあ、早い話そういうこと。っていうか、便宜上とかそういう表現をする私が悪いのかもね。そりゃ、気になるわよね。気をつけるわ、これからは」
サフィーさんは僕の方を見て、クスクスと笑いながらそう言った。
「ところで、ソーちゃん。あなた、やっぱりすごい集中力あるのね。私がいることすら、全然気付かないんだもの」
「え? 気付かない? サフィーさん、いつからここにいたんですか?」
「そうねえ、かれこれ一時間とか?」
「え⋯⋯? そんなに?」
「あそこにある私の銅像、アレが光った時くらいから」
そういえば、そんなことがあった気がした。あれからそれなりに時間が経っていた気がするけど、一時間も経っていたとは。
「すみません⋯⋯全然気付かなくて」
「いいのいいの。集中してたから、ジャマするのも悪いかと思って。それに言葉を覚えないと、何も始まらないしね」
「そういえば、言葉の壁があるんですね。ご都合主義が命の異世界転移にしては、妙にリアルだなあと」
「ああ⋯⋯そうね。それはまあ⋯⋯その、何ていうか⋯⋯」
珍しくサフィーさんが言葉に詰まっていた。複数の言語が存在することに、何か重大なことが隠されているのだろうか。
ただ、また心を読まれて彼女の気を悪くするも憚られるので、僕は話題を切ることにした。
「それも、便宜上ってヤツですよね?」
「えっ?」
サフィーさんは目を大きく見開いて、こちらの方を見た。
「そ、そうね! そうそう! さすが、ソーちゃん。物分かりが良い!」
いつもはノリが明るくとも理路整然と喋るサフィーさんだが、言葉に詰まる彼女を見るのは新鮮で、可愛げがあった。
と、そんなことを思っていると⋯⋯、
「あ、こら。そんなことで私のことを惚れないでちょうだい」
⋯⋯こうなるわけである。
ヘタなことは考えられない辛さが、彼女と一緒にいる空間には存在する。慣れるのはなかなか大変そうである。
「ご、ゴメンなさい」
「ふふ、何てね。さて、そろそろ本題に入ろうかしら。何で私がここに来たかっていうとね⋯⋯」
そう言う彼女は顎に手を当て、妖艶な笑顔を見せ、僕の目を凝視してきた。その引き込まれそうな眼差しに、僕は身体を固まらせていた。
「あなたの秘められた力を、引き出しちゃおうと思って」
「秘められた⋯⋯力?」
間を置いて発せられた彼女の言葉に対し、僕は淡々しい声で反応した。
「そうそう。おおっ!? 何かファンタジーって感じで、ドキドキしない?」
確かにファンタジーにおける王道感漂う流れだが、彼女の会話の雰囲気がフランクすぎて実感が湧いてこない。
「俺の⋯⋯秘められた力⋯⋯」
僕は格好つけて物語の主人公っぽい雰囲気で言い、然るべき環境を整えてみた。
「おっ! いいわよ、ソーちゃん! いいノリね! せっかくの異世界ファンタジーなんだもの、楽しまなくちゃね!」
「いや、あの⋯⋯そうやってフランクに喋られると、雰囲気がぶち壊しなんですが⋯⋯」
せっかく作り上げた空気を濁された僕は、消沈したトーンで、口を開いた。
「あ、そっか。ゴメンゴメン。お前もやれよって感じよね。でも、何か私そういうの苦手なのよね」
変わらずサフィーさんの雰囲気は明るい。
「いや、その⋯⋯、ファンタジーっぽい雰囲気はいいですから、早く僕の秘められた力を⋯⋯」
矢も楯も堪らない僕は、巧まずして本音を漏らしてしまった。
「ああ、ゴメンね。まあ、でもね、そんな大したことはしないのよ」
「はい?」
「私があなたの体を触った瞬間、光がワッと出て、力が湧いてくるとか、全然そんなんじゃないから」
⋯⋯そういうのを期待していた。
僕の背中から、力が抜けていく感覚を得た。
「そう気を落とさないでよ。そういうのは後でいくらでもやってあげるから。でね、今から私があなたにやってあげるのは『これからこの世界に起こること』を告げること」
「この世界に起こることを⋯⋯告げる?」
それが僕の力を引き出す事と、いったい何の関わりがあるのだろうか。
話が遠ざかっていく気がする。
「まあ、ぶっちゃけて言っちゃうと、この世界、あと一年半か二年後くらいには、滅んで無くなっちゃうのよ」
「え⋯⋯?」
急に飛躍した話を耳にし、僕は唖然と口を開けた。
「滅んで無くなっちゃうって⋯⋯、そんな危険な状況にあるんですか?」
「そうなの。大変でしょ? 見た感じは平和そのものなんだけどね〜」
「大変でしょって⋯⋯、最初に言って欲しかったな⋯⋯。ホイホイついてくる僕も僕ですけど」
「あなたにそれを言う権利はないと思うんだけどなぁ〜? 死のうとしてたあなたを助けたのは、どこのどなただったかしら?」
「う⋯⋯、それを言われると⋯⋯」
僕は自分の部屋でカッターを手にしようとした瞬間を思い出した。たしかに、僕はサフィーさんがいなければ、死んでいたかもしれない。僕がこの世界でどんな仕打ちを受けようと、文句の言える立場でないことは重々承知しているが、それを持ち出す彼女も彼女で質が悪い。
「まあ、あなたをそのまま死なせてあげるのも簡単なんだけどぉ⋯⋯」
「すみませんでした! 今のは撤回で!」
「ふふっ、ゴメンね、脅したみたいで。それで、この世界を危機から救う為に、あなたの力が必要ってわけ」
「はあ⋯⋯、なるほど。精霊様から力を貸して欲しい⋯⋯ですか。王道ですね」
「でしょ? オタク気質の童貞クンなら興奮するし、やる気でるキーワードよね?」
「またそれですか⋯⋯。いいかげん怒りますよ? 反論できないのは悔しいですけど」
「ははっ! ごめーん、ついうっかり」
サフィーさんは頭をポンと平手で叩いた。
しかしその後、彼女の雰囲気が変わった。
◇
妖しく微笑を浮かべるサフィーさん。
彼女の全身から凛とした佇まいが滲み出ていた。
「でもね、それだけじゃないのよ。あなたに力を出させるには、危機感を煽ることが何よりの促進剤かなって」
「危機感⋯⋯ですか?」
「ただ生きてさえいればいい、と願うあなた。だったら、そう簡単には生きられないとすれば、どうなるかしら」
サフィーさんの口からそんな台詞が聞こえると、僕の体に緊張が走った。
精悍な情緒を醸成するサフィーさんは、話を続ける。
「時代が時代なら、あなたはきっと少なくとも武将やら将校、若しくは一国を治める主にすらなっていたかもしれない。でも、あなたの生きる時代、とりわけあなたの産まれた国では、そんな争いを必要としなくても生きられる。さらに才能と努力次第では、地位も名誉も財産も際限なく手に入ると言っても過言ではない。あなた自身もわかっている通り、あなたにはそれを成し遂げられるだけのものを持っていた」
淡々と語るサフィーさんの言葉を聞くと、僕は目を逸らし、俯いた。
どうしてそんな話を急にするのか。そんなことは痛いくらいにわかっている。
僕の悩みの根源は正にそれであり、深く負った傷を抉られているようで、実に不快な思いに駆られた。
サフィーさんはそんな僕に対し、済し崩しに話を浴びせるよう、さらに語り続ける。
「陸上競技にしても、その気になればきっとオリンピックに出られる、いや、メダルにすら手が届くだけの可能性を秘めている。学業に専念したとしても、行く末は一流企業の重役やら、国家を動かす官僚になっているでしょうね。」
「その気になれないんだから、仕方ないじゃないですか!」
僕は声を荒げて言った。
下を向いていたので、サフィーさんの表情はわからない。
森閑とした空気が、僕らを包み込んでいた。
「⋯⋯ゴメンね、わかってる」
力無く声を発するサフィーさんの声が耳に入ってきた。僕は相変わらず深く俯いたまま、昂る気持ちを何とか落ち着かせるようにするが、なかなか静まる気配が無かった。
「⋯⋯だから俺に、世界が滅ぶと伝えたわけですか。秘められた力を引き出すってことはつまり、俺に危機感をもたせて、やらざるを得ない気持ちにさせるってことですか?」
「そうね、まさにその通り」
サフィーさんからその台詞が聞こえると、僕はさらに苛立った。
「ズルくないですか?」
僕は抑え目に声を出したが、口調には怒気を孕ませた。
「落ち着いて。何もあなたを否定しているわけじゃない」
サフィーさんの優しく包み込むような声を耳にした僕は、ゆっくりと顔を上げ、彼女の顔を見た。
「たとえ、あなたが戦乱の時代に生まれて、それなりの地位に立っていたとしても、無駄に命を奪うような残忍なことは決してしない。あくまでも、平穏な日々を取り戻す為を全てだと思って、懸命に戦い続けていたはず」
僕は黙ってサフィーさんの話に耳を傾けた。
「それに、あなたは元いた世界で、どんな地位や名声を得られるチャンスがあるとしても、それを必要以上に求めなかった。それでいいのよ。あなたの感覚は決して間違っていない。むしろ理想とする生き方だと、わたしも思うわ」
懸命に語るサフィーさんの透き通るような青い瞳が、印象深く残った。それを見ていると、僕は何を言われずとも彼女に説得されたような気持ちに陥った。彼女は僕の左肩に手を添え、再び優しく語り出す。
「あなたの気持ちを弄ぶようで、本当に悪いと思ってるわ。でも、私も必死なの。今までどんなに探しても、あなたのような人は見つけられなかった。大袈裟だけど、この世界を救えるのはあなたしかいないと、私は思ってる」
サフィーさんの優しくも鋭い目線に耐えられず、僕は思わず目を逸らした。
「それに、この世界の滅亡は、あなたの住む世界にも関わってくる話。今はまだ詳しく話せないけど、あなたの大切な人を守ることだと思って⋯⋯」
僕の世界にも関わる話⋯⋯。
よくある謳い文句に疑いの余地があることは否めないが、僕に悩む理由は無かった。
「いや、いいんです。もう無理に説得しなくても」
「それは⋯⋯どう受け止めたらいいかしら?」
サフィーさんの問いに、僕は一呼吸おいて答える。
「死ぬことがわかっていて何もしない程、俺は人生をつまらないものと思ってないですから」
僕は再びサフィーさんの方を見た。
「俺も、考えたことあるんです。もし自分が戦国時代に生まれていたら、どうなっていたんだろうって。自分に命の危険があると感じているとわかっていたとしても、やっぱり多くを求めず、力を隠したまま足軽の傭兵で命を捨て去っていくのか。それとも、そういう状況だからこそ、隠された力を発揮して、数々の武功を残すことに快感を得るのか、どっちなんだろうって」
「ソーちゃん⋯⋯」
サフィーさんは心なしか、目を若干潤ませているように見えた。
「俺がこの世界の為に何ができるか、さっぱりわからないけど⋯⋯。ただ、自分の力をフルに発揮することへ生き甲斐を感じることに、憧れもありました。それを実現できるのがこの世界なのだとしたら、俺はその夢をこの世界に賭けてみたいと思います」
僕は強い口調で言い切った。それを聞いたサフィーさんはニッコリと笑った。
「そっか、ありがとう」
サフィーさんは僕の左肩から手を離し、その手で軽く彼女自身の目の辺りを拭っていた。
「ふふっ⋯⋯、そうやってキリッとしたソーちゃんも、なかなか素敵よ」
サフィーさんはそう言って僕を茶化した。
「あの⋯⋯、俺、真面目に喋ってるつもりだったんですが」
「ははっ、ゴメンゴメン」
彼女に明るく、柔和な表情が戻ってきた。僕もそれに応じるように、顔を緩ませた。
「何か、難しい話してたら疲れちゃったね。ちょっと気の抜けた話でもしようか?」
「まあ、サフィーさんがそれでいいなら」
僕とサフィーさんは椅子に腰かけた。
「あ、じゃあ、言葉の勉強の練習相手になってほしいです。この国の精霊様なら、当然喋れるんですよね?」
僕はふと思い出したように、サフィーさんへお願いした。
「うん、いいわよ。お安い御用」
サフィーさんは無垢な笑顔を見せながら、そう答えてくれた。
◇
『そういえバ、今日のサフィーさんノ服は、女神ミタいですネ』
『ふふっ、ありがとう。今日はさっきまで精霊としての仕事をしてたの。着替えてくるの面倒くさかったから、正装のまま来ちゃったんだ』
『へぇ~』
そんな感じでかれこれ数一〇分、この周辺の言語である『アルサヒネ語』でサフィーさんと会話をしていた。覚束ない発音やイントネーションは、その都度サフィーさんに指摘してもらった。
ちなみにこの辺りは『アルサヒネ』という区域で、使われる言語もアルサヒネ語と呼ばれて定着していると、サフィーさんから教えてもらった。
「今、ちょっと早めに喋っちゃったけど、聞き取れた?」
サフィーさんが日本語で聞いてきた。
「あ、はい。精霊の仕事してて、その服のままここに来たって感じですよね?」
「うん、そうそう。上出来。やっぱり相当頭切れるのね、ソーちゃん。あの短時間の勉強でそこまで喋れるとは思わなかったわ」
「光栄です」
「この分なら、あと一週間もあれば、生活には困らなくなりそうね」
「がんばりますよ。こんなところで躓いてられないですから」
「ふふっ、頼もしいこと言ってくれるじゃない。でも、あせらないでね。今できることを確実にこなすよう、心がけて。この世界、それなりに危険なことで溢れてるから」
「わかりました。気を付けます。ところで、サフィーさん」
「ん? なあに?」
「俺は世界を救う為に、具体的には何をすればいいんですか? っていうか、そもそもどういう危機がこの世界に迫ってるんです?」
「おっと、それを聞いちゃいますか」
サフィーさんはそう言うと、ちょっと考え込むように言葉を詰まらせた。
「え、でもそれ、大事なことじゃないですか? 俺は何をしたらいいかもわからない上、どんな危険に襲われるかもわからないなんて⋯⋯」
「そら、そうね。でも、どういう危機が迫っているかを知るのは、時期尚早かな」
「それも『便宜上』ですか?」
「まあ、そういうことにしといて。でも、何をすべきかくらいは、ざっくり教えておこうかしら」
「お願いします」
サフィーさんは一呼吸置き、再び開口する。
「あなたに取り急ぎやって欲しいことは『アルサヒネで自分が一番強いこと』を証明すること」
「アルサヒネで、一番強い?」
僕はそう言われて、ちょっと考え込んだ。
「どう? 男の子なら、燃えてくるミッションじゃない?」
サフィーさんは目を細めて笑いながら、覗き込むように僕を見ている。
「まあ、それは間違いないですけど⋯⋯。ただ、具体的にはどうすれば? 少年マンガとかなら、こういうとき、武術大会的なものがあるけど⋯⋯」
「あ、それ、すごくいい線いってる! まあ、私の口から言わなくても、具体的に何をしたらいいか、近いうちに分かるわよ。答えはその時までお楽しみということで」
「そこ、勿体ぶる必要あります? 危機が迫っているというのに、ちょっと呑気じゃないですか?」
「ああ、それ! よく言われる! ははっ、ソーちゃんにも言われちゃった! さすが鋭いな~」
「はあ⋯⋯」
あまりに奔放な口調なサフィーさんに、僕はただ呆れるしかなかった。
この人は、本当に何を考えているのかわからない。
とはいえ、崇拝される精霊という立場にいるわけだから、大事なことをはぐらかすことに、何らかの意味があると思いたい。
「大丈夫、心配しないで。あなたの力があれば、アルサヒネのナンバーワンなんてチョロいものよ。っていうか、それくらいは簡単にこなしてもらわないと困るんだけどね」
「え?」
「まあ、そういうこと。とりあえず最初は気張らずに、この世界を楽しむくらいの気持ちでやってみてよ」
サフィーさんは、相変わらず無垢な笑顔を僕に投げかけた。
「あ、私、そろそろ行かなきゃ。今日はゴメンね、いきなり押しかけて」
彼女は思い出したように言うと、静かに立ち上がった。
「い、いえ。また、会えるんですよね?」
「あれ、さみしいの? 参ったなあ~、意外とお子様なのね、ソーちゃんたら」
「そういうことじゃなくて! 今後、報告とか何とか、できないと困るじゃないですかっ!」
僕は思わず声を荒げてしまった。
彼女の奔放な言動に、早く慣れなければ。
「ははっ! うそうそ、ゴメン。まあ、近いうちに、嫌でも私と会うことになるだろうね」
「はい? 嫌でも?」
「まあ、深く考えないでさ。ひとまず、今はジャスタの言うことを聞いておいて」
「そうですか⋯⋯。ジャスタさん⋯⋯ですね」
「バカそうに見えるけど、あの男はかなりのやり手だから。ちゃんとあなたの面倒は見てくれるはずだから、大船に乗ったつもりで頼ってみて」
「わかりました」
「うん、じゃあまたね!」
サフィーさんはそう言うと、全身から眩く青白い光を発した。
「うわっ!」
すると、そこにサフィーさんの姿は無かった。いかにも、ファンタジーらしい去り方だった。
「何か疲れたけど⋯⋯ワクワクしてきたかも」
僕は独り言を漏らし、心躍らせながら、テキストの置いてある席に再び座った。