第18話 下される使命

 僕は時間が経つ意識を忘れるくらい、テキストと睨めっこしていた。ここまで集中できた記憶がないと言える程、勉強が捗っていた。

 この『似非えせイタリア語』とも言うべき言語の文法の大筋な部分は押さえた。次は日常会話で使えそうな表現を、ひたすら暗記することにしていた。

--さすがに少し疲れたかな⋯⋯。

 僕は少し休憩を入れることにした。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第18話

年代不明
月村蒼一は異世界で洗礼を受ける

 時計らしきものがないので、何時間経ったのかは分からない。そもそも、時間という概念はあるのだろうか?

 それにしても、前の世界にいた時より俄然やる気が違う。ファンタジーの世界に身を投じ、気分が高揚しているからだろうか。夢の中だからこそ、自分自身に秘められた力が引き出されているのだろうか。

 結論は出ないが、この忽然として得た鼓する気持ちに、今は酔いしれる他ない。

「!?」

--なんだ⋯⋯?

 窓際の辺り、とりわけサフィーさんの像の辺りで、青白く光ったような気がする。

--まあ、いいや。続きをやるか!

 僕はその事象に気に留めず、小休止を終え、日常会話表現の暗記を再開することにした。

--そろそろ練習相手が欲しくなるな。

 もう勉強を始めてから何時間たったか分からないが、暗記もさすがに煮詰まってきた気がする。気晴らしに、せっかく覚えた表現を使って、この世界の人と軽く話をしたいと思った。

--部屋、出ても平気かな? まあ、ちょっとくらいならいいよな。

 僕が座りっぱなしで重くなっていた腰をあげた瞬間だった。

「ソーォ ちゃん!」

「!?」

 誰かが僕のことをアダ名で呼んだかと思うと、急に後ろから抱きしめられ、僕は咄嗟に後ろを振り向いた。

「あ!」

「こんにちは。元気にしてる?」

「サフィー⋯⋯さん?」

「すっごい勉強してたね。エライわ、感心感心」

 僕をこの世界に連れてきた張本人が、僕の背後を抱きしめていた。僕は背中に当たる感触がいちいち気になっていた。

「あ、あの、サフィーさん、胸が⋯⋯当たってます」

「え? ああ、ゴメンね。わざと」

「はいっ!?」

 僕は必死で彼女を振りほどいた。

「はははっ! 相変わらずねぇ。かわいいっ」

「もう⋯⋯、そういうのやめて下さいよ⋯⋯」

 正面から見たサフィーさんは相変わらずの美しさだった。彼女の今の格好は正に、精霊と呼ぶに相応しい純白のローブを身に纏っていた。

「あの、サフィーさん⋯⋯いや! サフィローネ様はなぜここに?」

「ははっ! いいって、そんな気を使わなくても」

「で、でもっ! この国の精霊なんですよね? みんなから崇拝されてるって⋯⋯」

「まあ、そうね。便宜上は」

「え? 便宜⋯⋯?」

「ああ、気にしないで。こっちの話」

 この人と話していると、この手の答えが返ってくることが多い。何か言えない理由があるのだろうか。

「もうっ! 気にするなって言ってるでしょ? 怒るわよ」

「え!? あっ⋯⋯」

 そういえば、この人は僕の心が読めるのであった。彼女といる時は、気の抜けない状況であることを再認識した。

「ウソだって。ゴメンね。まあ、前にも言ったけど、物事には順序ってものがあるから」

「今、それを僕が知ったら、何か悪いことが起こるんですか?」

「まあ、早い話そういうこと。っていうか、便宜上とかそういう表現をする私が悪いのかもね。そりゃ、気になるわよね。気をつけるわ、これからは」 

 サフィーさんは僕の方を見て、クスクスと笑いながらそう言った。 

「ところで、ソーちゃん。あなた、やっぱりすごい集中力あるのね。私がいることすら、全然気付かないんだもの」

「え? 気付かない? サフィーさん、いつからここにいたんですか?」

「そうねえ、かれこれ一時間とか?」

「え⋯⋯? そんなに?」

「あそこにある私の銅像、アレが光った時くらいから」

 そういえば、そんなことがあった気がした。あれからそれなりに時間が経っていた気がするけど、一時間も経っていたとは。

「すみません⋯⋯全然気付かなくて」

「いいのいいの。集中してたから、ジャマするのも悪いかと思って。それに言葉を覚えないと、何も始まらないしね」

「そういえば、言葉の壁があるんですね。ご都合主義が命の異世界転移にしては、妙にリアルだなあと」

「ああ⋯⋯そうね。それはまあ⋯⋯その、何ていうか⋯⋯」

 珍しくサフィーさんが言葉に詰まっていた。複数の言語が存在することに、何か重大なことが隠されているのだろうか。

 ただ、また心を読まれて彼女の気を悪くするも憚られるので、僕は話題を切ることにした。

「それも、便宜上ってヤツですよね?」

「えっ?」

 サフィーさんは目を大きく見開いて、こちらの方を見た。

「そ、そうね! そうそう! さすが、ソーちゃん。物分かりが良い!」

 いつもはノリが明るくとも理路整然と喋るサフィーさんだが、言葉に詰まる彼女を見るのは新鮮で、可愛げがあった。

 と、そんなことを思っていると⋯⋯、

「あ、こら。そんなことで私のことを惚れないでちょうだい」

 ⋯⋯こうなるわけである。

 ヘタなことは考えられない辛さが、彼女と一緒にいる空間には存在する。慣れるのはなかなか大変そうである。

「ご、ゴメンなさい」

「ふふ、何てね。さて、そろそろ本題に入ろうかしら。何で私がここに来たかっていうとね⋯⋯」

 そう言う彼女は顎に手を当て、妖艶な笑顔を見せ、僕の目を凝視してきた。その引き込まれそうな眼差しに、僕は身体を固まらせていた。

「あなたの秘められた力を、引き出しちゃおうと思って」

「秘められた⋯⋯力?」

 間を置いて発せられた彼女の言葉に対し、僕は淡々しい声で反応した。

「そうそう。おおっ!? 何かファンタジーって感じで、ドキドキしない?」

 確かにファンタジーにおける王道感漂う流れだが、彼女の会話の雰囲気がフランクすぎて実感が湧いてこない。

「俺の⋯⋯秘められた力⋯⋯」

 僕は格好つけて物語の主人公っぽい雰囲気で言い、然るべき環境を整えてみた。

「おっ! いいわよ、ソーちゃん! いいノリね! せっかくの異世界ファンタジーなんだもの、楽しまなくちゃね!」

「いや、あの⋯⋯そうやってフランクに喋られると、雰囲気がぶち壊しなんですが⋯⋯」

 せっかく作り上げた空気を濁された僕は、消沈したトーンで、口を開いた。

「あ、そっか。ゴメンゴメン。お前もやれよって感じよね。でも、何か私そういうの苦手なのよね」

 変わらずサフィーさんの雰囲気は明るい。

「いや、その⋯⋯、ファンタジーっぽい雰囲気はいいですから、早く僕の秘められた力を⋯⋯」

 矢も楯もたまらない僕は、巧まずして本音を漏らしてしまった。

「ああ、ゴメンね。まあ、でもね、そんな大したことはしないのよ」

「はい?」

「私があなたの体を触った瞬間、光がワッと出て、力が湧いてくるとか、全然そんなんじゃないから」

 ⋯⋯そういうのを期待していた。

 僕の背中から、力が抜けていく感覚を得た。

「そう気を落とさないでよ。そういうのは後でいくらでもやってあげるから。でね、今から私があなたにやってあげるのは『これからこの世界に起こること』を告げること」

「この世界に起こることを⋯⋯告げる?」

 それが僕の力を引き出す事と、いったい何の関わりがあるのだろうか。

 話が遠ざかっていく気がする。

「まあ、ぶっちゃけて言っちゃうと、この世界、あと一年半か二年後くらいには、滅んで無くなっちゃうのよ」

「え⋯⋯?」

 急に飛躍した話を耳にし、僕は唖然と口を開けた。

「滅んで無くなっちゃうって⋯⋯、そんな危険な状況にあるんですか?」

「そうなの。大変でしょ? 見た感じは平和そのものなんだけどね〜」

「大変でしょって⋯⋯、最初に言って欲しかったな⋯⋯。ホイホイついてくる僕も僕ですけど」

「あなたにそれを言う権利はないと思うんだけどなぁ〜? 死のうとしてたあなたを助けたのは、どこのどなただったかしら?」

「う⋯⋯、それを言われると⋯⋯」

 僕は自分の部屋でカッターを手にしようとした瞬間を思い出した。たしかに、僕はサフィーさんがいなければ、死んでいたかもしれない。僕がこの世界でどんな仕打ちを受けようと、文句の言える立場でないことは重々承知しているが、それを持ち出す彼女も彼女で質が悪い。

「まあ、あなたをそのまま死なせてあげるのも簡単なんだけどぉ⋯⋯」

「すみませんでした! 今のは撤回で!」

「ふふっ、ゴメンね、脅したみたいで。それで、この世界を危機から救う為に、あなたの力が必要ってわけ」

「はあ⋯⋯、なるほど。精霊様から力を貸して欲しい⋯⋯ですか。王道ですね」

「でしょ? オタク気質の童貞クンなら興奮するし、やる気でるキーワードよね?」

「またそれですか⋯⋯。いいかげん怒りますよ? 反論できないのは悔しいですけど」

「ははっ! ごめーん、ついうっかり」

 サフィーさんは頭をポンと平手で叩いた。

 しかしその後、彼女の雰囲気が変わった。

 妖しく微笑を浮かべるサフィーさん。

 彼女の全身から凛とした佇まいが滲み出ていた。

「でもね、それだけじゃないのよ。あなたに力を出させるには、危機感を煽ることが何よりの促進剤かなって」

「危機感⋯⋯ですか?」

「ただ生きてさえいればいい、と願うあなた。だったら、そう簡単には生きられないとすれば、どうなるかしら」

 サフィーさんの口からそんな台詞が聞こえると、僕の体に緊張が走った。

 精悍せいかんな情緒を醸成するサフィーさんは、話を続ける。

「時代が時代なら、あなたはきっと少なくとも武将やら将校、若しくは一国を治める主にすらなっていたかもしれない。でも、あなたの生きる時代、とりわけあなたの産まれた国では、そんな争いを必要としなくても生きられる。さらに才能と努力次第では、地位も名誉も財産も際限なく手に入ると言っても過言ではない。あなた自身もわかっている通り、あなたにはそれを成し遂げられるだけのものを持っていた」

 淡々と語るサフィーさんの言葉を聞くと、僕は目を逸らし、俯いた。

 どうしてそんな話を急にするのか。そんなことは痛いくらいにわかっている。

 僕の悩みの根源は正にそれであり、深く負った傷を抉られているようで、実に不快な思いに駆られた。

 サフィーさんはそんな僕に対し、済し崩しに話を浴びせるよう、さらに語り続ける。

「陸上競技にしても、その気になればきっとオリンピックに出られる、いや、メダルにすら手が届くだけの可能性を秘めている。学業に専念したとしても、行く末は一流企業の重役やら、国家を動かす官僚になっているでしょうね。」

「その気になれないんだから、仕方ないじゃないですか!」

 僕は声を荒げて言った。

 下を向いていたので、サフィーさんの表情はわからない。

 森閑とした空気が、僕らを包み込んでいた。

「⋯⋯ゴメンね、わかってる」

 力無く声を発するサフィーさんの声が耳に入ってきた。僕は相変わらず深く俯いたまま、昂る気持ちを何とか落ち着かせるようにするが、なかなか静まる気配が無かった。

「⋯⋯だから俺に、世界が滅ぶと伝えたわけですか。秘められた力を引き出すってことはつまり、俺に危機感をもたせて、やらざるを得ない気持ちにさせるってことですか?」

「そうね、まさにその通り」

 サフィーさんからその台詞が聞こえると、僕はさらに苛立った。

「ズルくないですか?」

 僕は抑え目に声を出したが、口調には怒気を孕ませた。

「落ち着いて。何もあなたを否定しているわけじゃない」

 サフィーさんの優しく包み込むような声を耳にした僕は、ゆっくりと顔を上げ、彼女の顔を見た。

「たとえ、あなたが戦乱の時代に生まれて、それなりの地位に立っていたとしても、無駄に命を奪うような残忍なことは決してしない。あくまでも、平穏な日々を取り戻す為を全てだと思って、懸命に戦い続けていたはず」

 僕は黙ってサフィーさんの話に耳を傾けた。

「それに、あなたは元いた世界で、どんな地位や名声を得られるチャンスがあるとしても、それを必要以上に求めなかった。それでいいのよ。あなたの感覚は決して間違っていない。むしろ理想とする生き方だと、わたしも思うわ」

 懸命に語るサフィーさんの透き通るような青い瞳が、印象深く残った。それを見ていると、僕は何を言われずとも彼女に説得されたような気持ちに陥った。彼女は僕の左肩に手を添え、再び優しく語り出す。

「あなたの気持ちを弄ぶようで、本当に悪いと思ってるわ。でも、私も必死なの。今までどんなに探しても、あなたのような人は見つけられなかった。大袈裟だけど、この世界を救えるのはあなたしかいないと、私は思ってる」

 サフィーさんの優しくも鋭い目線に耐えられず、僕は思わず目を逸らした。

「それに、この世界の滅亡は、あなたの住む世界にも関わってくる話。今はまだ詳しく話せないけど、あなたの大切な人を守ることだと思って⋯⋯」

 僕の世界にも関わる話⋯⋯。

 よくある謳い文句に疑いの余地があることは否めないが、僕に悩む理由は無かった。

「いや、いいんです。もう無理に説得しなくても」

「それは⋯⋯どう受け止めたらいいかしら?」

 サフィーさんの問いに、僕は一呼吸おいて答える。

「死ぬことがわかっていて何もしない程、俺は人生をつまらないものと思ってないですから」

 僕は再びサフィーさんの方を見た。

「俺も、考えたことあるんです。もし自分が戦国時代に生まれていたら、どうなっていたんだろうって。自分に命の危険があると感じているとわかっていたとしても、やっぱり多くを求めず、力を隠したまま足軽の傭兵で命を捨て去っていくのか。それとも、そういう状況だからこそ、隠された力を発揮して、数々の武功を残すことに快感を得るのか、どっちなんだろうって」

「ソーちゃん⋯⋯」

 サフィーさんは心なしか、目を若干潤ませているように見えた。

「俺がこの世界の為に何ができるか、さっぱりわからないけど⋯⋯。ただ、自分の力をフルに発揮することへ生き甲斐を感じることに、憧れもありました。それを実現できるのがこの世界なのだとしたら、俺はその夢をこの世界に賭けてみたいと思います」

 僕は強い口調で言い切った。それを聞いたサフィーさんはニッコリと笑った。

「そっか、ありがとう」

 サフィーさんは僕の左肩から手を離し、その手で軽く彼女自身の目の辺りを拭っていた。

「ふふっ⋯⋯、そうやってキリッとしたソーちゃんも、なかなか素敵よ」

 サフィーさんはそう言って僕を茶化した。

「あの⋯⋯、俺、真面目に喋ってるつもりだったんですが」

「ははっ、ゴメンゴメン」

 彼女に明るく、柔和な表情が戻ってきた。僕もそれに応じるように、顔を緩ませた。

「何か、難しい話してたら疲れちゃったね。ちょっと気の抜けた話でもしようか?」

「まあ、サフィーさんがそれでいいなら」

 僕とサフィーさんは椅子に腰かけた。

「あ、じゃあ、言葉の勉強の練習相手になってほしいです。この国の精霊様なら、当然喋れるんですよね?」

 僕はふと思い出したように、サフィーさんへお願いした。

「うん、いいわよ。お安い御用」

 サフィーさんは無垢な笑顔を見せながら、そう答えてくれた。

『そういえバ、今日のサフィーさんノ服は、女神ミタいですネ』

『ふふっ、ありがとう。今日はさっきまで精霊としての仕事をしてたの。着替えてくるの面倒くさかったから、正装のまま来ちゃったんだ』

『へぇ~』

 そんな感じでかれこれ数一〇分、この周辺の言語である『アルサヒネ語』でサフィーさんと会話をしていた。覚束ない発音やイントネーションは、その都度サフィーさんに指摘してもらった。

 ちなみにこの辺りは『アルサヒネ』という区域で、使われる言語もアルサヒネ語と呼ばれて定着していると、サフィーさんから教えてもらった。

「今、ちょっと早めに喋っちゃったけど、聞き取れた?」

 サフィーさんが日本語で聞いてきた。

「あ、はい。精霊の仕事してて、その服のままここに来たって感じですよね?」

「うん、そうそう。上出来。やっぱり相当頭切れるのね、ソーちゃん。あの短時間の勉強でそこまで喋れるとは思わなかったわ」

「光栄です」

「この分なら、あと一週間もあれば、生活には困らなくなりそうね」

「がんばりますよ。こんなところでつまずいてられないですから」

「ふふっ、頼もしいこと言ってくれるじゃない。でも、あせらないでね。今できることを確実にこなすよう、心がけて。この世界、それなりに危険なことで溢れてるから」

「わかりました。気を付けます。ところで、サフィーさん」

「ん? なあに?」

「俺は世界を救う為に、具体的には何をすればいいんですか? っていうか、そもそもどういう危機がこの世界に迫ってるんです?」

「おっと、それを聞いちゃいますか」

 サフィーさんはそう言うと、ちょっと考え込むように言葉を詰まらせた。

「え、でもそれ、大事なことじゃないですか? 俺は何をしたらいいかもわからない上、どんな危険に襲われるかもわからないなんて⋯⋯」

「そら、そうね。でも、どういう危機が迫っているかを知るのは、時期尚早かな」

「それも『便宜上』ですか?」

「まあ、そういうことにしといて。でも、何をすべきかくらいは、ざっくり教えておこうかしら」

「お願いします」

 サフィーさんは一呼吸置き、再び開口する。

「あなたに取り急ぎやって欲しいことは『アルサヒネで自分が一番強いこと』を証明すること」

「アルサヒネで、一番強い?」

 僕はそう言われて、ちょっと考え込んだ。

「どう? 男の子なら、燃えてくるミッションじゃない?」

 サフィーさんは目を細めて笑いながら、覗き込むように僕を見ている。

「まあ、それは間違いないですけど⋯⋯。ただ、具体的にはどうすれば? 少年マンガとかなら、こういうとき、武術大会的なものがあるけど⋯⋯」

「あ、それ、すごくいい線いってる! まあ、私の口から言わなくても、具体的に何をしたらいいか、近いうちに分かるわよ。答えはその時までお楽しみということで」

「そこ、勿体ぶる必要あります? 危機が迫っているというのに、ちょっと呑気じゃないですか?」

「ああ、それ! よく言われる! ははっ、ソーちゃんにも言われちゃった! さすが鋭いな~」

「はあ⋯⋯」

 あまりに奔放な口調なサフィーさんに、僕はただ呆れるしかなかった。

 この人は、本当に何を考えているのかわからない。

 とはいえ、崇拝される精霊という立場にいるわけだから、大事なことをはぐらかすことに、何らかの意味があると思いたい。

「大丈夫、心配しないで。あなたの力があれば、アルサヒネのナンバーワンなんてチョロいものよ。っていうか、それくらいは簡単にこなしてもらわないと困るんだけどね」

「え?」

「まあ、そういうこと。とりあえず最初は気張らずに、この世界を楽しむくらいの気持ちでやってみてよ」

 サフィーさんは、相変わらず無垢な笑顔を僕に投げかけた。

「あ、私、そろそろ行かなきゃ。今日はゴメンね、いきなり押しかけて」

 彼女は思い出したように言うと、静かに立ち上がった。

「い、いえ。また、会えるんですよね?」

「あれ、さみしいの? 参ったなあ~、意外とお子様なのね、ソーちゃんたら」

「そういうことじゃなくて! 今後、報告とか何とか、できないと困るじゃないですかっ!」

 僕は思わず声を荒げてしまった。

 彼女の奔放な言動に、早く慣れなければ。

「ははっ! うそうそ、ゴメン。まあ、近いうちに、嫌でも私と会うことになるだろうね」

「はい? 嫌でも?」

「まあ、深く考えないでさ。ひとまず、今はジャスタの言うことを聞いておいて」

「そうですか⋯⋯。ジャスタさん⋯⋯ですね」

「バカそうに見えるけど、あの男はかなりのやり手だから。ちゃんとあなたの面倒は見てくれるはずだから、大船に乗ったつもりで頼ってみて」

「わかりました」

「うん、じゃあまたね!」

 サフィーさんはそう言うと、全身から眩く青白い光を発した。

「うわっ!」

 すると、そこにサフィーさんの姿は無かった。いかにも、ファンタジーらしい去り方だった。

「何か疲れたけど⋯⋯ワクワクしてきたかも」

 僕は独り言を漏らし、心躍らせながら、テキストの置いてある席に再び座った。

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