第20話 クエスター

 僕はパブの厨房にある洗い場にいた。そして、目の前にある大量の汚れた食器と格闘することになっていた。

--この世界で最初に闘うのが、スライムでもゴブリンでもなく、洗い物ですかっ!?

 僕はあまり家で手伝いをする方でもなかったし、バイトもしたことがない。この手の作業はとても新鮮だった。

--地味すぎるけど、仕方ない。今の俺にできることは限られてるわけだし。それにしても、ホントに変なところがリアルだよな、この世界。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第20話

年代不明
月村蒼一は異世界で洗礼を受ける

 果てしなく手を動かし続け、ようやく目の前の汚れた敵を片付けた。

『ソーイチ! 今度はこっちだ!』

 ホッとするのも束の間、ジャスタさんの僕を呼ぶ声がした。

『はいっ⋯⋯!』

 僕は返事をして、店の方へ向かった。

 パブには人がいなくなり、無人の空間が広がっていた。そして、食器やらグラスやらで果てしなく散らかされていた。

『よーしっ! 片付けるぞっ!』

『は、はいっ!』

 続いて僕はジャスタさんと共に、店内の片付けと掃除に勤しむことになった。

 どれくらいの間、体を動かしていただろうか。部活でもこれほど体を動かした記憶がないくらい、全身が疲弊していた。

 僕とジャスタさんは、何とか荒れ果てた店内を綺麗サッパリ片付けた。

『お疲れさん! 助かったぜ! 今日は人が全然いなくてな! つまらねえ仕事が溜まりに溜まっちまってよ』

『い、いえ。こレくらい⋯⋯』

 ジャスタさんは、清々しい笑顔でこちらを見た。

『さて、ちょっくら座ってゆっくりとしますか!』

 僕とジャスタさんは、片付けられたテーブルに腰かけた。

「ところでソーイチ、お前さんは強くなりてえのかい?」

「え?」

 唐突に聞かれた質問に、僕は意図せず疑問符を発した。

 日本語で話しかけてきたということは、僕の意思を正確に汲み取りたいと見える。

「強くなりたいというよりも⋯⋯それが、世界を救うことに必要なら、そうせざるを得ないのかなって」

「ふむ。だが、お前さんはそれでいいのかい? イヤイヤでやってても長続きしねえと思うぞ」

 僕はジャスタさんに指摘され、少し間を置いたが、すぐに言葉を選びだす。

「そうかもしれないですね。ただ僕自身、興味があるんです。自分の力がどれ程のものかって」

「ほお、そいつぁ大きくでたな」

「変な話、僕は『生きているだけ』で満足できる人間みたいなんです。僕がいた世界、とりわけ僕の生まれた国では、大した努力をしなくても、それが叶う実に平和なところでした」

 僕は饒舌に語り続ける。

 ジャスタさんも真剣に耳を傾けている。

「それなりに勉強して、それなりに大人のいうことを聞いておけば、それなりの将来が保障されている。いや、そんな世界を否定しているわけじゃないんです。むしろ、ありがたかった。僕が嫌だったのは、それで満足できるはずなのに、それ以上を求める風潮でした」

「ふうん。早い話、欲の皮を突っ張らせたヤツらが多かったってことかい?」

「その通りです。自分で言うのもなんですが、僕自身が周りよりも優れていることは自覚していました。僕は周りから、勿体無い、やればもっと出来るのにと言われてきましたが、他人を蹴落としてまで必要以上の利益やら名誉やらを得ることに、全く興味を持てなかった。むしろ、嫌気しかしませんでした」

「なるほど」

 ジャスタさんは頷きながら、呟くように言った。

「そんな自分にもまた、嫌気がさしますけどね。必要以上の利益を何も考えずに得られれば、どんなに楽だろうって。でも、僕の心の奥底がそれを許さないということは、何らかの意味があるように思うんです。だからこそ、僕はここにいるのかもしれない」

「はははっ、またまた面白えことを言いやがるな」

「この世界は勝手がわからない。しかも世界が滅ぶと煽られている以上、前の世界にいる時よりは本気になるはず。そうなった時の自分自身に、今は興味が尽きません」

「わかったわかった、そういうことかい。こりゃあ参った。精霊の使いたぁ、よく言ったもんだ」

「⋯⋯? どういうことです?」

 僕は目を見開き、ジャスタさんの顔を見つめた。

 その表情を見ると、彼から溌溂として陽気な中年男性⋯⋯平たく言えば、ただの元気なおっさんという雰囲気が消えていた。全てを悟った賢人のような佇まいさえ、僕はジャスタさんから感じ得ていた。

 ジャスタさんはその太い腕を組むと、僕の目を見て口を開き始める。

「オレもちょっくら小難しい話をさせてもらうとだな、人の世ってなぁ、常に平べったくしてるのが理想だと思うんだが、そう簡単にゃあいかねえもんさ」

「僕も、そう思います」

「釣り合いが取れてた天秤なんざ、ちょっと手を加えりゃグラついちまう。人の心ってのは、それくらいガタつきやすくて、扱い辛ぇシロモンよ。ちょっとした誘惑に耐えられずに、自分勝手な方向に突っ走って、世界を常に落ち着かねえ天秤みたいにしちまう」

 結論の見えない話だが、僕にとっては実に興味深い内容であり、思わず真面目な顔をして傾聴していた。

「何の話かって、言ってみりゃあ、その天秤をグラつかせないようにするのも、オレの役目の一つってわけよ」

「何か⋯⋯、随分スケールの大きい話ですね⋯⋯」

「だっははははっ! まあな! で、こっからは大事な話になるから、耳の穴おっぴらげて聞いて欲しいんだが」

「は、はい!」

 僕は背筋を伸ばし、勢いよく返事をした。

「この世界にはな、世の均衡を保つ為に特別な力を持った人間がいる。ここではそいつらを『クエスター』と呼んでる」

「クエスター⋯⋯ですか」

「クエスターは、普通の人間じゃ手の届かねえ無理難題をこなすことを生業とする。集落を襲う、若しくは生態を乱す怪物を退治したり、病気を治す為の素材を人様が立ち入ることが出来ねえような危険な場所から採ってくるだとか、代表的なのはそんなところだな」

 ジャスタさんの説明を聞き入っていた僕の首は、自然と縦に振られていた。

 クエスターとは、言わばギルドのハンターやら冒険者とイメージを重ねて問題なさそうだ。少しずつ話が見えてきた僕の好奇心は、さらにそそられた。

「つまり、この世界で強くなるには、クエスターとして生きろと?」

「そういうことだな。で、そのクエスターになるには、各地を司る精霊の洗礼を受けて、特別な力を引き出させる必要がある。それを『マナの解放』って呼んでるがな」

「ああ⋯⋯、さっきの女の子、いや、女性か⋯⋯。ハプスさんでしたっけ? 僕にはその『マナ』とやらが、とてつもなく秘められていると」

「ああ〜、そういやそんなこと言ってたな」

「実に興味深い話ですね。それで、先ほどの、天秤をグラつかせないようにするって話からすると、クエスターは世の均衡を保つ為に、言わば、世界の平和の為に働く選ばれた人ってわけですね」

「おうよ! その通り!」

「それで、ジャスタさんはそのクエスターの選定に関わっていると推測しますが、いかがです? 各地の精霊、ここではサフィローネ様ですかね? ジャスタさんが彼女と普通ではない関係と仰っていたのは、クエスター洗礼の仲介役を買っているからですか?」

「だっはははは! 先に言われちゃあ世話ねえな! その通り。オレはクエスターになるだけの素質のあるヤツ、そんでもって、素質のあるヤツがその力を悪い事に使わねえか、見極める役をしてる。あと、クライアントからの依頼を受けて、それをクエスターに渡す仕事もやってるわけだ!」

 ジャスタさんはいつものように高らかに笑い、ドヤ顔を見せた。

「なるほど。それで、どうなんでしょう? 俺にクエスターになる資格はあるんですか?」

 その問い掛けを聞いたジャスタさんは、射るような視線を僕に向けた。

「いいかい、言ってみりゃあクエスターってのは『奉仕者』の極みだ。さらに言い方を悪くすると『自己犠牲』の塊、究極のマゾヒストってところか」

 ジャスタさんはややトーンを落とし、少し脅しをかけるような物言いで語り出した。

「どんな無理難題でも報酬は同じ。クエスターはその力に応じた仕事をこなし、生活に困らねえ程度の報酬で、一般人と何ら変わらねえ生活を送る。依頼人の喜ぶ顔、そんでもって世の中の平穏が保たれることを、何よりの楽しみに生きる。そいつがクエスターたる者の感覚ってわけだ」

 得意気に語り尽くしたジャスタさんは、黙り込む僕を覗き込むように見てきた。

「どうだいソーイチ? 今のを聞いて、つまらなくて損な役だと思ったかい?」

 若干嫌味を含んだジャスタさんの問いに対し、僕は少し間を空け、微笑を浮かべた。

「それは、ジャスタさん自身もよくわかってるんじゃないですか。さっき俺のことを精霊の使いとはよく言ったもんだ、って言ってましたけど」

「だっはははは! ぶっ飛んだ力があって、しかも生きてるだけで満足っていうお前さんにゃあ天職に違いねえ! 聞くまでもなかったな!」

 ジャスタさんは、再び声高々に笑いながら言った。

「話が難しくなっちまって悪かったな。早い話、お前さんはクエスターになれるし、すぐにでも洗礼を受けて欲しいと思ってるところだ」

「それは光栄です。気になるのは『洗礼』の内容なんですが⋯⋯どんな塩梅あんばいなんです?」

「まあ、洗礼っつーくらいだからな。決して楽なもんじゃねえぞ」

 僕は身構えるように顔を引き締めた。

「人間が普段使うことの出来ない脳の領域を、無理矢理こじ開けるのが『マナの解放』だ。脳味噌の中をぐしゃぐしゃに掻き回されるような頭痛と、尋常じゃねえ吐き気に襲われる。ヘタすりゃ耐えられず死んじまうか、障害が残ることもある」

 僕はそれを聞き、思わず息を飲んだ。

「大きいマナを持つ者ほど、その苦しみは大きくなるっていうしな。お前さんのことだから、一般的なクエスター志願者よりも、キツい洗礼になるかもしれねえな」

「それは⋯⋯恐いですね⋯⋯」

「まあ、心配すんなって! 他の国じゃ知らねえが、今までオレが推薦したヤツで、洗礼で死んじまったり、おかしくなっちまったのはいねえから。それに耐えられるくれえの精神力を持ってるか持ってないかを見極めるなんざ、オレにとっちゃ屁でもねえからよ!」

 僕は強めに息を吹き出し、同時に胸をなでおろすような気持ちを覚えた。

「信頼してます。俺も努力しますから」

「だっはははは! まあ、大変なのは洗礼の後だからな! ぶっちゃけ、これくらいの壁はすんなり越えてもらえないと困るわけだ」

「それはそうですよね。洗礼はあくまでもスタートライン」

「だな! つっても明日すぐに洗礼を受けるっつーのも、あまりにせわしい話だ。とりあえず一週間は、まずこの国の生活に慣れな。お前さんには帰る家もねえわけだし、気の済むまでここにいていいからよ。そのかわり、居候らしく仕事はやってもらうからな」

「ハイ! よろしくおねがいします!」

 僕は深々と頭を下げ、声を張り上げた。

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