第25話 失われた記憶
僕はふと目を覚ますと、薄暗い部屋で寝そべっていたことに気が付いた。
起き上がり、辺りを確認すると、この部屋は例の洗礼場の入り口の隣にある待合室であった。
また、相変わらず質素な木製の長椅子に、一人の男性が腰かけていた。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第25話
アルサヒネ歴 八六五年一〇月一二日
月村蒼一は異世界で洗礼を受ける
「気が付きましたか?」
男性は無表情で冷ややかな視線を送りつつ、僕に声をかけた。
「ここは⋯⋯待合室? あなたは?」
「私はこの洗礼の洞窟にて、精霊に仕える僧侶。あなたを入口から洗礼台へ、案内させて頂いた者でございます」
「ああ、あの時の⋯⋯。そうだったんですね、それは失礼しました」
男性は僕を案内した時と違い、目深に被っていたフードを上げ、素顔を曝け出していた。金髪の長い髪を靡かせつつ、その合間から突き出るように伸びる尖った長い耳が印象的だった。また、非常に整った顔立ちをしており、彼を一言で表現するのであれば『金髪ロン毛のイケメン風エルフ』とすれば適当だろうか。
しかし、なぜ彼は今になって、その素顔を曝け出しのか。
それに、彼の着ている服も先程に比べ、痛んでいるように見える。
「あの⋯⋯さっきよりも服がボロボロになっているような気がしますけど、大丈夫ですか?」
僕は恐る恐る、少し声を震わせるように問いかけた。
「何も、覚えていらっしゃらないようですね」
「え、何も?」
相変わらず毅然とした面持ちの彼に答えられると、僕は漸く、大事なことに気が付いた。
思い返せば、僕は洗礼を受けた後のことを、よく覚えていない。
青いガラス玉を台座に収めた後の記憶が、曖昧である。
「そういえば俺⋯⋯あの後、どうなったんだろう?」
僕は下を向き、声を漏らした。
「一応、何があったかお伝えするべきでしょうね」
男性は無表情を貫いたまま、優しげな口調で口にした。
「お、お願いします」
僕は一礼し、彼の話に耳を傾けた。