第27話 引き出された力
「え⋯⋯? 僕が、洗礼場を破壊?」
男性から事の経過を聞き、僕は唖然と口を開いた。
「あなたが地に足を付け、平然と立っていたのは紛れも無い事実ですが、あなた自身、その時は全くの無意識だったのでしょう」
「怪我をされた方もいるって⋯⋯まずはその方に謝らないと⋯⋯! どちらにいるんです!?」
僕は男性の方をじっと見つめ、問い掛けた。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第27話
アルサヒネ歴 八六五年一〇月一二日
月村蒼一は異世界で洗礼を受ける
「その必要はありません。あなたに悪気が無いのは明白。それに、我々は精霊に全身全霊を注ぐ身。あの場に於いて起こる如何なること対し、逆らわず、受け入れることが課せられているのです。精霊に導かれしあなたに謝罪をされる道理はありませんので、どうかご心配なく」
男性は淡々と僕を諭した。
「で、でも⋯⋯」
想定外の不可抗力が働き、無意識だったとはいえ、僕が直接的に洗礼場を荒らしたことには変わりない。僕の心中から蟠りが拭い去れない。
しばらく沈黙が訪れた後、部屋全体が一瞬、輝き出した。
この輝きは、何度か覚えがある。
この後に起こるであろう事象について、僕はある程度、察知が付いていた。
「サ、サフィローネ様っ!?」
想定通り、僕と男性の目の前に、サフィーさんが突如として現れた。僕との会話で一切表情を変えなかった男性は、彼女が現れた途端、驚きに満ちた顔を見せた。
「なっ、なぜこのような場所に!? 何が⋯⋯いったい何が起こって⋯⋯」
男性はパニックになっている。
「我が従士の一人、フィロスよ。この者を無事に介抱いただいたようですね。殊に感謝いたします」
サフィーさんは軽く笑みを浮かべながら喋りかけていたが、洗礼の時の凛とした雰囲気があった。
男性は蛇に睨まれた蛙のように硬直していて、若干震えているようにも見える。この世界でサフィーさんに最も近い存在の一人であるにも関わらず、彼女とただ向かい合って話すことでさえ、彼にとっては敷居の高いことが窺える。
そしてまた、この地におけるサフィーさんの並外れた神格さを感じ、僕は今まで何気なく彼女と接していたことに、畏れ多さを抱いた。
「この者と二人で話があります。貴方はこの場を外してもらえませんか?」
男性は固まっていたが、彼女の言葉の意味を汲み取ると、瞬時に立ち上がった。
「は、ははーっ! 失礼いたします!」
彼は声を張り上げて言うと、逃げるように部屋から立ち去っていった。
薄暗い控室に、僕とサフィーさんが残され、沈黙の間が訪れた。
サフィーさんは僕の方に目をやると、無表情のまま、しばらく見つめてきた。
彼女の厳格な雰囲気は洗礼の時と変わらず、僕は酷く緊張し、気まずい思いに襲われた。
--やっぱり⋯⋯洗礼場を荒らしたこと、怒ってるのかな⋯⋯?
僕が『ごめんなさい』と言いかけた、その時であった。
「ソーーちゃーーーん!」
「ぐえっ!」
サフィーさんがお茶らけた叫び声をあげ、僕に抱きついてきた。
重々しい雰囲気が、一気に解された気がした。
「もうーーっ、心配したんだからっ!」
彼女は僕の両腕を掴みながら、僕の目を凝視した。
「あの⋯⋯サフィーさん?」
僕は呆気にとられた感じで、声を出した。
「それにしても、あそこまでマナが溢れ出すなんて、思ってなかったわ。あれだけの力を一気に解放しちゃったもんだから、身体にかかる負荷も相当だったみたいね。ちっとも起き上がらなかった時は、どうしようかと思ったけど⋯⋯。ああ〜、ホントよかった!」
サフィーさんは、捲し立てるように喋りかけてきた。
「怒ってないんですか⋯⋯? 僕が洗礼場をめちゃくちゃにしたこと⋯⋯」
「えっ? ああ〜、いいのいいの! 気にしないでそんなこと。あれくらい、私の力でサッと直せるし!」
僕は頭をポンポンと叩かれた。
「そ、そうなんですか。まあ、サフィーさんがそう言うなら⋯⋯。それにしたって、ちょっと心配ですね」
「ん? 何が?」
僕は少し間を置いた。
「また無意識の内に暴走して、ああやって周りをめちゃくちゃにしてしまうのかと思うと⋯⋯。何か怖いです。せっかく力を引き出せたというのに」
「ああ〜、大丈夫よ。あの洗礼場はね、洗礼を受ける人が持ってる力を全部晒け出せるように、結界がかけられているの。ソーちゃんが普段からあんなメタクソな力を爆発させることは、あり得ないから」
「そうなんですか?」
「うん。あの力をいざという時に発揮するには、これからあなた自身の努力が必要になってくるって話。どっちにしても、コントロール出来るものだから、心配しないで」
「そういうことですか⋯⋯。なら安心しました」
「そっか! よかった!」
サフィーさんはニコリと僕に微笑みかけ、僕の両腕から手を放した。
「さて、私があなたにしてあげられることは、だいたい終わったかな」
「あとは、俺次第ってことですか?」
「そうね。クエスターとして実績を積んで、この地域で一番強くなったことを証明してみせて。難しく考えなくていいわ。とにかくクエスターとして活動していれば、自ずとその答えは見えてくるはずだから」
「⋯⋯いまいちピンとこないですが、その通りにします」
「うん、お願い! 今度会えるのはずいぶん先になりそうだけど、その時は逞しくなった姿を見せてちょうだいね!」
手を振りながら喋るサフィーさんは、眩い光と共に消えていった。
◇
僕はジャスタさんと共に洞窟を歩き、元来た道を辿っていた。
お互い気を磨り減らしたせいか、会話のトーンは下がっていた。
「にしても、今回は大変だったな。あんなことが起こったのは初めてだ」
「すみません⋯⋯ご迷惑かけて」
「なあに、お前さんのせいじゃないさ。お前さんをここに連れてきた天下の精霊様に、全部罪を擦り付けてかまわねえよ」
「それはそれで、畏れ多いですね⋯⋯」
「まあ、何はともあれ、無事に洗礼は終わって、力も引き出されたわけだ。次は早々にお前さんのクエスターデビューだな。あんだけの力がありゃあ、少し経てば依頼殺到まちがいなしだな!」
「が、がんばります」
「とりあえず、今日は帰ったら祝勝会だな! ヌヴォレのヤツらも待ちわびてるだろう。最近ドンチャン騒ぎするきっかけが無かったから、気合い入ってんだろうな」
「それはまた、疲れそうですね⋯⋯」
「だーはははははっ! 無理に付き合うことぁねえよ。とりあえず今日はもう、難しいことは何も考えずに、体を休めな。お前さんにはクエスターとしての心得っつーか、この国の現状っていうか、色々教えなきゃならねえことがあるが、落ち着いたらまた話すからよ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
僕らはひたすら、薄暗い道を歩き続けた。
一度来た道だが、果てしない距離を踏んでいるように思えて仕方なかった。