第29話 同世代の師

 僕は朝食を摂りつつ、ハプスさんと雑談を交わし、僕の師匠となる人物の到着を待った。

「へえ、サフィローネ様が突然部屋に入って来てねえ⋯⋯。悪いけど、たしかに信じ難い話ね」

「まあ、誰にも信じてもらおうなんて、思ってないですから。自分でも、まだ夢を見てるんじゃないかと」

「ふーん。ただ何となくだけど、世界が大きく動こうとしてる気がする。精霊が人間に直接関わるなんて、聞いたことないし」

 僕とハプスさんが会話を交わしていると、一人の女性が目の前に現れた。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第29話

アルサヒネ歴 八六五年一〇月一三日
月村蒼一は異世界で仕事をする

「ういっすー! お待たせしましたぁーっ!」

 現れた女性は大きな声で、そしてやや品に欠ける口調で僕らに言った。

「おはよう、グラシュー。悪いわね、いきなり呼び出しちゃって」

「いいっすよー、別に。出発までまだ時間ありましたから! あ、彼がアタシの弟子になろうって人ですかぁ?」

 グラシューと呼ばれた女性は、僕の方に目をやった。

 彼女は肩と太腿を出す露出の激しめの服装で、胸元や膝頭の辺りは鉄製の防具で固められていた。

 彼女の肌は透き通るように白いが、ところどころ黒い筋のようなものがあり、人種的には、魔人族と思われる。また、その顔に目をやると、吸血鬼のように突き出た八重歯が見え、それが彼女の愛嬌をさらに引き立たせていた。

 そして何よりも、彼女の曇りのない瞳と無邪気な笑顔が印象的だった。

「うん。ソーイチっていうの。仲良くしてやって」

 ハプスさんは仄かに笑いながら、僕の名前を紹介した。

「そっすかー! ヨロシクね〜、ソーイチっ! アタシ、グラシュー! ソーイチってけっこう若く見えるけど、歳いくつ?」

「えと⋯⋯一六歳です」

「そうなんだっ! アタシと同い年じゃん!」

 僕の師匠となる人物が女性で、しかも同世代の女の子とは、全くの予想外だった。

「やったー、アタシと年齢の近いクエスターって、いなくてさっ。話の合いそうな人、欲しいなぁって思ってたんだ〜!」

 グラシューは僕の肩を強めに叩いてきた。

「ははっ⋯⋯よろしく」

 彼女のあまりの快活さに、僕は苦笑いをもって呟いた。

「アンタみたいに一六歳でクエスターになるって人、そういないわよ」

 一方のハプスさんは、相変わらず控えめなトーンで喋っていた。

「ですよねーっ! 何たってアタシは、ハプス派どころか、キャリダットの将来を背負うスター候補だから!」

 二人の異なるテンションのコントラストが、興味深かった。

「そういう意味だと、ソーイチも一六歳。彼も相当な力を秘めているわ」

「おおっ! そういうことだよね!? やっベーっ、負けてらんないなぁっ!」

 グラシューの口調は友好的に聞こえたが、彼女の顔は、不敵な笑みとも受け取れる表情で、僕に宣戦布告を訴えているように感じられた。

「ところでグラシュー、アンタが今抱えてる案件って何だったかしら?」

 グラシューは、ハプスさんの方を振り向いた。

「えっと『モラレ』って村から依頼された『アージェントウルフ』の追い払いですよっ」

「アージェントウルフか⋯⋯。なかなかヘビーな相手ね」

 僕は『ヘビーな相手』という言葉に反応し、思わず肩を竦めた。

「アタシにかかれば、楽勝ですけどね〜っ!」

「まあ、それはそうでしょうけど⋯⋯」

 軽快に喋るグラシューを尻目に、ハプスさんは心配そうな目で僕の方を見てきた。

「ソーイチを連れて行っても平気かしらね? 彼、素質は凄いっていっても、昨日洗礼を受けたばかりで、戦闘のスキルはまるでないに等しい」

 ハプスさんが自信なさげな口調で言うと、グラシューも僕の方を見てきた。

「大事に育ててあげたいところなんだけど、時間も無いのよね」

「んーっ⋯⋯、まあ、大丈夫じゃないっすかぁ〜? 要は、ソーイチにいろいろ経験させつつも、無事に帰還させればいいってことでしょう? いちおー、それくらいならやれる余裕はありますよ」

 グラシューは、僕にドヤ顔を見せてきた。

「そう。なら、それを信じて任せちゃうわよ。アンタには負担をかけちゃって悪いけど」

「ういっす! 承知ですっ!」

 グラシューはハプスさんの方を向き、敬礼のポーズをして見せた。

「それじゃあソーイチ、今日からグラシューの手伝いをお願いしていいかしら? デビューしたての君には、少しキツイ仕事になると思うけど。ただ、無理にやれとは言わないわ」

「いいですよ。すみませんが、足手まといは覚悟で、色々と勉強させていただきます」

 僕が力強く言うと、ハプスさんは微笑を浮かべた。僕の放った言葉とその口調に、安心感を得たような表情だった。

「よおーーっし! じゃあソーイチっ! さっそく準備していこーぜっ!」

 グラシューは僕の手を掴み、僕はその勢いで立ち上がった。

「あ、ちょっと⋯⋯」

 積極的なのか、ただ無邪気なだけなのか、いずれにしろ、僕は彼女の行動に狼狽せざるを得なかった。

「じゃあハプスさんっ、行ってきますっ! お土産たのしみにしててね〜っ!」

「ハイハイ」

 ハプスさんは変わらず微笑を浮かべながも、若干呆れているように見えた。

「いくよーっ! ホラっ、早くっ!」

「わ、わかったから⋯⋯!」

 僕はグラシューに引っ張られるように、個室から走り去って行った。

 そういえば、同年代の女の子の手を握ったのはいつ以来だったろうと、走りながらも、若干興奮気味な自分がいた。

 僕はグラシューに連れられて、ヌヴォレの近くにある繁華街に来ていた。この街にはヌヴォレの食材の買い出しで何度か来たことがある。今回、彼女に連れられて来たのは、武具が物騒に並べられている店だった。

「ソーイチには何が似合うかなぁ⋯⋯」

 グラシューは店内を物色し始めた。言うまでもないが、僕に装備させる武具を選んでくれているようだ。ただ、僕が買い物をするには致命的な欠点があった。

「あの、グラシュー、俺さ⋯⋯」

 グラシューは僕の声に反応すると、すぐさまこちらを振り向いた。

「ん? どした?」

「お金、全然もってないんだけど⋯⋯」

 僕がそう言うと、彼女は笑い出した。

「きゃはははっ! なーにいってんのさっ! アタシの奢りに決まってるでしょ? デビューしたてのクエスターがお金持ってないことくらい、わかってるからっ!」

「え、でも、何か悪いなあ⋯⋯」

「気にすんなって〜っ。最初はそうやって先輩クエスターにお世話になるもんなのさ。アタシだって、この剣⋯⋯」

 グラシューは、腰の辺りに収められていた短剣を取り出した。

 柄の辺りを見ると、やや年季が入っているように見えるが、刃の部分は斬れ味が鋭そうで、よく磨かれているのが窺えた。

「最初にお世話になった先輩クエスターに買ってもらって、それ以来ずっと使ってる」

 彼女は威勢の良かった雰囲気を一変させ、手にした短剣を見ながら、しみじみと語った。

「そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えて、選んでもらおうかな。俺、武器の何が良いとか、全然わからないから」

「おうっ! 任せといてっ!」

 グラシューの返事はこちらの気分も晴れるくらい、清々すがすがしいものだった。

「よーしっ、こんなもんかなっ!」

 鏡の前に映る僕は、右手に短剣、左手には盾を携えていた。また、胸元や膝下など、あちこちに金属製の防具が身につけられていた。こうした姿を見ていると、本格的にファンタジーの世界へと誘わられた心地がした。

「短剣使いなのに、盾を持つんだね」

 殺し屋やら盗賊など、攻撃的なイメージが先行していた為か、僕は自分の立ち姿に違和感を覚えていた。

「ん〜っ、たしかに二刀流スタイルが一般的かもね。アタシのスタイルって短剣にしてはディフェンシブで、少し地味に見られることが多いかなぁ?」

「そうなんだ、意外だね。もっとアグレッシブに闘う人かと思ってたけど」

「へへ〜っ、よく言われるっ! でもね、このスタイルもけっこう面白いとこあるよっ! 詳しいことは後で教えるから、まあ、楽しみにしてて!」

 グラシューは変わらず屈託のない笑顔を見せた。

「マスターっ! お勘定〜っ!」

「あいよーーっ!」

 グラシューはこの店の主人を呼びつけ、手際良く会計を済ませていた。

 僕は分かっているつもりでも、申し訳ない思いが溢れてきた。彼女に作った借りは、すぐに返さなければなどと、胸に誓う自分がいた。

 

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