第31話 依頼主の下へ
僕とグラシューは再び馬車に乗り、モラレ村へと歩みを進めていた。
その間、僕はグラシューに根掘り葉掘り自分の素性を喋らされていた。
「精霊の使い⋯⋯。うーーん⋯⋯どうにもこうにもウサンくさい話ね〜」
彼女は顔を顰めつつ、僕の顔を見ていた。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第31話
アルサヒネ歴 八六五年一〇月一三日
月村蒼一は異世界で仕事をする
「よく⋯⋯言われます」
「つっても、たしかに剣の使い方もシロート丸出しだし、マナの生成にも時間かかりすぎ。戦闘経験が無いってのは、わかるけど」
「お恥ずかしい限りで⋯⋯」
「でも、あの威力はいただけないなぁ~。初心者にしては桁外れだよっ!」
「そう言われても⋯⋯」
「じゃあ、これから経験積めば、威力はあんなもんじゃないってわけ? アンタどんだけの化け物?」
「うぅ⋯⋯」
鋭い目付きでグラシューは問い詰め続け、僕はひたすらたじろぐしかなかった。
「でも、ハプスさんが鼻息荒くして、アタシを呼び出す理由がわかった気がする。ウチら今、人手不足だからね。強い人材はすぐに取り込んで、戦力にしないといけない状況だし」
グラシューは僕から視線を逸らし、腕を組んだ。
何やら考え込んでいる様子である。
「ごめん⋯⋯別に隠すつもりじゃなかったんだ。自分があれだけの力を持っていることも知らなくて。あと、さっき見せたのが、どれだけ凄い力なのか、全然実感がなくて⋯⋯」
僕が弱気に弁明染みたことを言うと、グラシューは黙ってこちらを見た。
「サフィーさ⋯⋯いや、サフィローネ様も世界を救えとは言うけど、具体的に何をしていいかは、全く教えてくれなくて。正直、俺も困ってるんだ。何もかも手探り状態っていうか⋯⋯」
「ふーーん。まあ、いいか。ちょっと悔しいけど、ハプス派は今や危機的な状況だし、キミみたいな常識外れな存在に頼らないと、情勢も変わらないだろうしね。仕方ない! 責任を持ってソーイチを育ててやろう!」
「よ、よろしく⋯⋯」
「でも、ソーイチがマナを使う時は注意してね! あれだけの威力、アタシでもまともに受けたら死んでもおかしくないから。これからターゲットとなるアージェントウルフも然り」
「は、はい⋯⋯」
「ハプス派のクエスターは、よっぽどのことがない限り、殺生は禁止されてるから! 世界の調和を保つ為にクエスターの存在意義があるっていうのが、ウチらの基本的な考え。だから気をつけてよっ!」
「わかった⋯⋯! 肝に銘じて!」
グラシューは僕から視線を逸らすと、溜息をつくように、思い切り鼻息を吹き出した。
「ふぅ⋯⋯マナを高めるように努力しろって教えたりはするけど、抑えろなんて言うのは初めてだよ。何か変な感じ〜!」
「はは⋯⋯。何か、いろいろゴメン⋯⋯」
僕は申し訳なさそうに、頭を掻いた。
◇
僕らを乗せた馬車はモラレ村に到着した。
馬車を降りると、夕焼け色に染められた田園風景と、点在する家々が目に映った。
いわゆる、典型的な田舎の村という印象。
しばらくグラシューと農道を歩いていると、他とはやや一線を画した立派な煉瓦造りの家に辿り着いた。
すると、グラシューは躊躇せず、激しめにその家のドアをノックした。
「ごめんくださーい!」
グラシューが大声でドアに向かって言うと、家の中から初老の男性が現れた。
「どちら様ですかな?」
「アージェントウルフを追っ払ってほしいって、依頼を受けたクエスターなんですけど〜」
「おお、お待ちしておりましたよ。これはまた随分とお若い。ささ、話はさっそく中で」
男性は腰を低くし、僕らを家の中へと招き入れた。
◇
僕とグラシューは椅子に腰掛け、テーブルの向かいに座る初老の男性と対峙した。
「どうも申し遅れまして。モラレ村の村長のコンドと申します」
「あ、ども〜。クエスターのグラシューでーす」
「あ⋯⋯同じくソーイチと申します」
軽々しく挨拶をするグラシューに戸惑い、僕はやや口籠るように喋った。
「はい、よくぞいらしてくれました。いやはや、例のウルフの退治となると、なかなか引き受けてくださるクエスター様がいらっしゃらなくて」
「まー、楽な相手ではないっすからね〜」
「この手の依頼となると、どうにも高い買い物になりまして。村の経済事情を考えると、なかなか手が出せずに困っていたわけです。いや〜、今の時代、この条件でやって頂けるクエスター様がいるとは、本当に助かる次第ですなあ!」
「まぁ〜、ウチらはそれがクエスターのあるべき姿だと思ってますから。で、具体的にアタシ達はどうしたらいいんです?」
「ああ、そうですな。さっそく本題に参りましょうか」
村長はやや前屈みになり、両手を組んだ。
穏やかな笑顔だった表情も、引き締まったように見えた。
「例のウルフは主に村の家畜を襲い、時には村人をも手にかける凶悪、凶暴極まる化け物でして。頻度は三日に一度くらいでしょうか、最近、昼夜を問わずこの村を襲いにやってくるようになりまして」
「最近、三日に一度⋯⋯」
グラシューは右手を口元に当て、呟くように言った。
「お二人には暫くこの村に留まって頂き、奴が現れた際に退治をしてもらいたい。無論、その際の宿や食事は提供いたしますので」
村長は淡々と説明していたが、グラシューは俯きながら、何か考え込んでいる様子だった。
「どうしました? 何か不安なことでも?」
村長の問いかけに、グラシューは反応を示さなかった。
「まあ、それはそうでしょうなあ。あれ程の化け物が相手となると⋯⋯」
「あ、いや、それは全然気にしてないんすけど。ところで村長」
「はあ、何です?」
村長は無表情で反応を示した。
何となくだが僕らが若いせいか、村長は上から目線な態度に思えた。
「アージェントウルフがこの村に現れるようになった原因って、何かあります?」
「原因⋯⋯ですと?」
グラシューの問いに村長はやや狼狽し、言葉に詰まっていた。
「はは、それが分かれば苦労しませんよ。野獣の気持ちなど、我ら人間の想像を大きく超えたところにある。彼に言葉が通じないからこそ、偉大な力を持ったあなた方に依頼したわけでありまして」
村長の口振りに、やはり僕らを見下した感が否めなかった。
「うーーん、そうすかぁ⋯⋯。いや、アタシが気にしてるのはね、アージェントウルフを生かすか殺すかってところで」
「ほお? 生かすか殺すか⋯⋯とは?」
「たしかにアージェントウルフは脅威的な力を持ってるけど、無闇矢鱈に人間を襲うほど、凶悪な生き物じゃないし。さっき村長は『退治』してほしいって言ったけど、もし、命を奪う必要まであるというなら、ウチらにはそれなりの理由が必要なんですわ」
「むう⋯⋯。村人に危害を加えんとせん存在を凶悪ではなく、命を奪うことも躊躇われると?」
「まぁ〜、村長の立場からしたら、そうなんでしょうけどぉ。何? やっぱ『退治』って殺せってこと?」
グラシューが強気な口調で言うと、場の空気が引き締まる感じを覚えた。
「おい⋯⋯グラシュー、そんな言い方⋯⋯」
たまらず僕はフォローしたが、あまり効果はないようで、グラシューは村長に睨み付けるような眼差しを向けていた。
僕らは暫く、緊張の走る無言の空間を過ごすことになった。
「ふむ⋯⋯やはり報酬が物足りない、ということですかな?」
村長は腕を組み、椅子にもたれかかった。
「ちがっ⋯⋯! 金の話なんかしてないからっ! アタシはウルフがこの村を襲うようになった真実が知りたいだけだし! 根本的に解決したいだけだし!」
グラシューは声を荒げて叫んだ。
そして再び場が静寂に包まれ、胃が痛くなるような雰囲気が続いた。
暫くすると、村長は一枚ペラの紙切れを懐から取り出した。そして、溜息に似た鼻息を吹き出すと同時に開口する。
「なるほど。前提条件として『要請は派閥の規定に準ずる範囲で履行する』とあるが、そういうことか。安かろう悪かろうとは、よく言ったものだ。お金の価値も心得ないハプス派というのは、何かと訳ありということですな」
「な⋯⋯何だそれっ! ざけんなよジジイ!」
グラシューは椅子を倒す程の勢いで立ち上がり、村長を罵倒した。
「グラシュー! やめろって⋯⋯!」
僕も思わず立ち上がり、彼女の服を引っ張った。
「⋯⋯とはいえ、事は緊急を要する。これ以上被害が拡大して、何の対策も無しでは、私としても立場が無い。クエスター事務局に前金も払ってしまったし、とりあえず一〇日間、村人や家畜に危害が加えられなければ、やり方は君たちにお任せしますよ」
「はあっ!? んなのやってられっか!」
変わらず淡々と語る村長に、グラシューの興奮は全く覚め切らない。
「おや? 私は前提条件を守っているはずだが。お宅らの規定に口出しはせず、やり方も君達に任せると申し上げた。やって頂けないとなると、立派な契約違反となると存じ上げるが、如何かな?」
僕はそれを聞いて、事の重大さを何となく感じ取った。
「も、申し訳ございません! この者が大変なご無礼をっ! 仰せの通り、一〇日間、ウルフのことは我々にお任せ下さい!」
僕は叫ぶように、自然と口を開いていた。
事を荒げたくないタチの僕は、こうして謝ることには慣れていて、台詞もスラスラと喉を通っていた。
「おい、ソーイチっ! 何いって⋯⋯!」
僕は、グラシューの口を左手で塞いだ。
「むぐぅっ⋯⋯!」
「す、すみません! 頭を冷やさせますのでっ⋯⋯!」
「ははは。君もそんな跳ねっ返り娘をパートナーに持って大変だね」
村長は柔和な表情で、僕に向かって言った。
「はは⋯⋯そうなんですよね」
「むぅっ⋯⋯! むーーーーっ!」
僕は暴れるグラシューを、必死で押さえ込んでいた。
「それでは、よろしく頼みましたぞ。長旅お疲れでしょう。ひとまず宿で待機するといい。宿主には話はつけてあります」
相変わらず上から目線で言う村長は立ち上がり、その場から去って行った。
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
「んーーーーーっ!」
僕の渾身の力で口を塞がれるグラシューの叫び声が、その場で虚しく響き渡っていた。