第32話 相部屋という概念

「あぁ〜、もうっ! マジやってらんねーしっ!」

 依頼主の村長の伝手で、指定の宿に入った僕とグラシューだが、彼女の怒りは未だに冷めていなかった。

「だれかさんが、跳ねっ返り娘の口をふさいだりするからなぁ〜!」

 グラシューは皮肉たっぷりに叫ぶと、恨めしそうな眼で僕の方を見た。

 

『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第32話

アルサヒネ歴 八六五年一〇月一三日
月村蒼一は異世界で仕事をする

「ご、ごめん⋯⋯。契約違反って聞いて、大ゴトだと思ってつい⋯⋯。あのまま突っぱねても、大したことなかったのかな?」

「まあ、大したことあるけどねっ!」

「へ⋯⋯?」

 僕は呆気に取られた表情を作り、グラシューの顔を見つめた。

「じゃあ⋯⋯もし、あそこでこの依頼を断ってたら、どうなってたの?」

「クエスターとしての活動停止処分は間違いないねっ! 最低でも一ヶ月は! 運が悪けりゃ、キャリダットの事務局から出入り禁止になるかもっ!」

「はいっ⋯⋯!?」

 僕は、思わず声をあげた。

「ダメじゃん⋯⋯。俺が止めてなかったら、ウチらどうなってたんだよ⋯⋯」

「つったってさー、くやしーじゃん! あんな人を小馬鹿にしたような態度とられてさぁっ!」

 彼女のその言葉を聞いて、僕は何も言えなくなった。呆れて何も言えないと表現すれば、より正確である。

 僕は息を吹き出し、下を向いた。

「にしても、この案件、何か絶対に裏があるっ! 怪し過ぎるよっ!」

 荒れ狂うグラシューの顔を、僕は改めて見た。

「アージェントウルフは、そんなに凶暴じゃないって言ってたよね? 村長の言い分とずいぶん食い違ってると思って、聞いてたけど」

「そうそう! あのジジイ、実は裏でウルフを怒らせるようなことをしてるんじゃないかって思う! 具体的に何って聞かれても、思い浮かばないけどさっ!」

「グラシューは、アージェントウルフと戦ったこと、あるんだっけ?」

「もちろん! 牙を向けて襲いかかってくる時は、なかなか手強い相手。でも、ウルフ達が襲ってくるのは、彼らの縄張りに入った時とかだけ。何の理由も無しに、愉快犯の如く人を襲うなんてことはまず無いからっ!」

 僕はそれを聞いて再び俯き、脳内で考えを巡らせた。

「そうなんだね。何にしても、村に被害が出るのは良くないと思う。追い払うことが第一だけど、同時にウルフが村を襲うようになった原因の調査も、裏で進めていこうか」

「おうっ! もちろんそのつもりだっ!」

 グラシューは僕の方を振り向き、威勢良く叫ぶように言った。

 

 ⋯⋯ところで、僕はそれとは別に『気になること』があった。

 そのことを思うと身体中に熱がこもり、なかなか口に出せない。

 ふてくされるようにベッドで横たわるグラシューを、僕は横目でチラチラと眺めていた。

 いや、このシチュエーションはどう考えてもおかしい。

 僕は勇気を出して口を開くことにした。

「あの⋯⋯グラシュー、ところでさ⋯⋯」

「ん?」

「ウチらの泊まる部屋って、ここだよね?」

「んん? そうなんじゃない? 宿の主人にごゆっくりって案内されたし」

「相部屋ってことだよね⋯⋯?」

「え? それがどうかしたの?」

 さも当たり前かのように答える彼女に対し、僕は戸惑う他なかった。

「どうかしたって⋯⋯。どうかしてるって思わないの?」

「??」

 グラシューは不思議そうな顔をして、僕の方を見ていた。

 妙な沈黙が場に訪れた。

「アタシ、何かヘンなこと言ってる?」

「ヘンっていうか⋯⋯うん、まあヘンだと思う⋯⋯」

「ええ〜! そうなの!? なになに? 何がおかしいっての!? アタシ、たしかに周りからヘンってよく言われる〜!」

「ああ⋯⋯やっぱり?」

「おい! やっぱりじゃねーよっ!」

 グラシューは、僕の肩を突いた。

「ご、ごめん⋯⋯」

「つーかさぁ、何がおかしいの? この際だから教えてよ〜」

「え⋯⋯だってさぁ⋯⋯」

 僕は言葉に詰まった。

「この部屋で一緒に過ごすってことはさあ⋯⋯。つまり⋯⋯グラシューは俺に襲われるかもしれないとか、考えないの?」

「襲う!? 襲うって何さ? ソーイチは、何かアタシに恨みでもあるの?」

「あぁ⋯⋯いや⋯⋯『襲う』ってそういうことじゃなくて⋯⋯ええと⋯⋯」

 グラシューは興味津々な顔で、じっと僕の目を見ていた。

 僕は彼女に分からせようと説明を試みるも、次に発する台詞の事を考えると、とてつもない羞恥心が込み上げてきて、図らずも彼女から目を離さざるを得なかった。

「だから⋯⋯俺にいやらしいことされるんじゃないかとか、考えないの?」

「はあ?」

 グラシューが無垢な表情で疑問符を発すると、また妙な沈黙の間が、暫くこの場を支配した。

「⋯⋯ソーイチって、そんなこと考えてたの?」

 彼女が性に合わない小声を発し、静寂の間を解いた。

 そして、彼女の視線は、実に冷ややかなものに変わっていた。

「ち、ちがっ⋯⋯! そんなんじゃないって! 俺は全然そんなつもりはないんだけど、男って基本、そういうことをしたがるケダモノだからさっ! それで、女の子だったらフツー、男と同じ部屋で寝るってなったら、襲われる⋯⋯つまりエッチなことされるんじゃないかって警戒して、嫌がるはずなんだけど⋯⋯!」

 僕はグラシューの誤解を正そうと、必死になって言葉を紡いでいた。

 違和感を覚えた。

 本来、こんな説明を男の僕がするのは、何か違う気がする。

「ふーーーん、じゃあ何さ? こういう時って、部屋を分けるのがフツーなの? えぇ〜、仕事で男の人と一緒の部屋に泊まるなんて、アタシ、しょっちゅうあるけどなあ」

「え!? そうなの!?」

 彼女の一言に、僕は驚嘆するしかなかった。

 この世界の男性は、かなり理性的な脳構造をしているようで、異性と相部屋になることなど、気にも留めない事象のようだ。

 元いた世界の男というものは、実に野蛮で進化途上のものだと思い、僕は情けない気持ちに襲われた。

「っていうか、仮にソーイチがそういうつもりでも、アタシ平気だから。自分の身くらい自分で守れるし」

 平然と答えるグラシューを見て、僕は目を瞠りながら、口を開けていた。

「き、君がそれでいいなら、それでいいけど⋯⋯。じゃあ、この部屋でいっしょに寝泊まりするということで⋯⋯」

「おう、いいぞっ! 大丈夫! もしソーイチがそういうことしてきたなら、その金玉ぶった斬ってやるつもりでいるから、安心しろっ!」

 グラシューはしたり顔でそう言うと、僕の下半身を指差してきた。

「はは⋯⋯そっか⋯⋯」

 呆気にとられた僕は、そう呟くのが精一杯だった。

「おしっ! 一休みしたらご飯食べに行こうぜっ! イラついてたら、お腹すいた!」

「そうだね。気づいたら、外も暗くなってるね」

 僕は窓側に移動し、辺りを眺めた。田園風景はすっかり闇に包まれ、村の僅かな灯りが散見していた。

 

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