第21話 システム管理者として
この世の平定を司る精霊の一人であるサフィローネは、今日一日の仕事を終え、リラックスモードで椅子に腰掛けていた。今まさに寝床に就こうかと思ったその時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい?」
サフィローネはそれに反応し、ドアの向こう側に返事をした。
ドアが開くと、大柄な中年男性が身構えるように立っていた。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第21話
年代不明
或るシステム管理者の会話
「あら、ジャスタ。どうしたの? こんな時間に」
「おめえよお、いったいどういうつもりだい!?」
目の前に現れた大男は、激しい剣幕を見せていた。『ジャスタ』と呼ばれたその男は、勢いそのままに声を荒げ、サフィローネに問いかけていた。
「あらあら、穏やかじゃないわね」
一方のサフィローネは、至って冷静だった。
「今日、妙なガキが来たぞ。来たっていうか、オレが道端で倒れてるところを拾ってやったんだがよ。そいつがまた変なことを言いやがる」
「妙なガキ?」
「おめえに異世界から連れて来られたとか言うんだが、あいつぁいったい何者なんでえ? 知らねえとは言わせねえぞ」
「ああ〜、ソーちゃんのこと? ふふっ、かわいいでしょ? あのコ」
「んなことぁどーでもいい! ったくおめえはそうやっていつも大事なことをはぐらかしやがって。この世界を救えだの、妙なこと吹き込んだらしいな」
そう言われたサフィローネは、上の方を向いて少し考え込んだ。
「ああ⋯⋯言ったかもしれない。しまった、それ、口止めするの忘れてた」
「口止めだぁ? おめえ、また何か隠してんな。いったいこれから何が起ころうっていうんでえ!?」
「もう〜、落ち着いてよ。あなたがそれを知ったって何の益にもならないから」
「ちっ、全く意味がわからん。気持ち悪いったらありゃしねえ」
ジャスタは力無く下を向いた。
不満げな彼を見たサフィローネは、静かに立ち上がった。
「あなたの気持ちはわかるけど、これは秘密事項。システム管理者として、漏らすわけにはいけないこと。最初に言ったでしょう? あなたは保守員として、上流で作られたマニュアル通り作業をこなすことが、何よりも大事」
ジャスタは相変わらず下を俯いたまま、黙り込んでいた。
「自身の次元を下げて、システムの中に入り込み、不具合を半物理的に修正する。口で言うのは簡単だけど、それを実行するのはどんなに危険なことか。そんな危険な役回りに手を上げてくれたあなたの勇気には感服するばかり」
「今更そんなことを褒めたって騙されはしねえぞ」
「そうね。立派なあなただからこそ、守ってほしい。『ただ従う』ということに。あなたが真実を知って、それを世界の民に知らせるようなことがあれば、それこそ世界は混乱を招く。ここまで順調に動いていた修正パッチが脆くも崩れ去ってしまう」
「本当に計画とやらが順調なら文句はねえけどよ。ただ、やっぱり不安で仕方がねえ。『ゴルシ』を例外的にクエスターに認めたあたりから、どうもしっくりこねえ」
「ゴルシ⋯⋯、ああ、あの野蛮人ね」
「あいつがクエスターになって好き放題やるようになってから、隣国との関係も一触即発状態。欲望まみれの人間も増えてきてる。人間どもの欲望を抑えるように仕向けるのが、オレらの作業の大前提じゃなかったんかい?」
「まあね。ただそれは一時的な話。迫り来る破滅から免れる為には、どうしても通らなければならない道。ぶっちゃけて言うと、それはソーちゃんの力を引き出す為の布石のひとつに過ぎない」
「ソーイチの力だぁ?」
「そう。彼が短期間でどれだけ力を付けるかが、プロジェクト成功の鍵を握っているの。ちなみに、ジャスタから見て彼がクエスターになる資格は?」
「あん? 文句ねえに決まってんだろ。その為に生まれてきたって言っても過言じゃねえ」
「なら良かった。そうとわかれば、これからはソーちゃんのサポート、しっかりお願いね」
「おめえが反則的に連れてきたってなると、何かやる気が失せっけどな。公平もクソもねえ話だ」
「気持ちはわかるけど、私だってあれだけの人間を見つけるの苦労したんだから。とにかく、あまり手段を選んでいられない状況なのは理解して。彼のクエスター自立を促すのと共に『闘技会』へ参加できるくらいの達人になれるよう仕向けること。いい? このプロジェクトの中で、あなたの正念場は、ここだから」
「ちっ、しゃあねえな。まあどっちにしろ、オレはおめえの言うことを断れる権利はねえからな。骨の髄までしゃぶられるくれえ、とことん付き合ってやらあ」
「ありがとう。頼りにしてるわよ」
「フン。一週間後くれえにはソーイチを連れてくる。そんときゃ頼むぜ」
「了解。よろしくね」
ジャスタは、勇ましくとも荒々しくとも受け取れる大きな足踏みで入り口を跨ぎ、部屋から消えて行った。
大きく息を吹いたサフィローネは、颯爽とベッドに潜り込んだ。先程の会話で特に感慨深くなることもなく、何事もなかったかのように目を瞑り始めた。