第26話 管理者の目線

 この世の平定を司る精霊の一人であるサフィローネは、薄暗い洞窟の奥に身を潜め、自身が成すべき出番を待っていた。

 彼女は精霊として『マナの解放』と呼ばれる仕事を受け持っている。その内容は、地上の優れた精神を持つ者に対し、秘めたる力を引き出すというものだ。

 しかし、今から行うその仕事は、普段と勝手が違っていた。通例ならば、マナの解放に相応しい者の選定は、別の者が行っているが、今回は彼女自ら推薦した者が、それに臨む。

 サフィローネは、その者のスケールの大きさを、強く感じ取っていた。その為、今日は不測の事態が起こり得ることを懸念し、彼女の気は少し張っていた。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第26話

アルサヒネ歴 八六五年一〇月一二日
或るシステム管理者の定常業務

 この世の平定を司る精霊の一人であるサフィローネは、薄暗い洞窟の奥に身を潜め、自身が成すべき出番を待っていた。

 彼女は精霊として『マナの解放』と呼ばれる仕事を受け持っている。その内容は、地上の優れた精神を持つ者に対し、秘めたる力を引き出すというものだ。

 しかし、今から行うその仕事は、普段と勝手が違っていた。通例ならば、マナの解放に相応しい者の選定は、別の者が行っているが、今回は彼女自ら推薦した者が、それに臨む。

 サフィローネは、その者のスケールの大きさを、強く感じ取っていた。その為、今日は不測の事態が起こり得ることを懸念し、彼女の気は少し張っていた。

「この地を統べる水の精霊、サフィロ-ネ様がお見えになる。一同、控えよ」

 仰々しい掛け声が聞こえてくると、サフィローネは自身の両太腿付近を軽く叩き、腰を上げた。

「さて、行きますか」

 サフィローネは全身から眩い光を発し、薄暗い洞窟の通路を照らしつつ、ゆっくりと歩いて行った。

 彼女が数十メートルほど歩いて向かった先には、広々とした水辺を上から見おろせる高台があった。洞窟の中だが、そのフロアはいくつもの人工的な灯りで明るく照らされており、水面の透明度を際立たせていた。

 サフィローネは高台に立つと、水辺の周りを取り囲む彼女の従者たちと、水辺の真ん中に浮かぶ孤島に立つ一人の少年を確認した。

--来たわね、ソーちゃん。おお〜っ、ビビっとるビビっとる。

 ソワソワと立ち竦んでいるその少年こそ、彼女自身が推薦し、マナ解放の志願者としてここにやって来た者である、月村蒼一であった。

--ハーイ、ソーちゃん元気〜っ、とか言いたいとこだけど、ここは精霊様としてちゃんとしなきゃね。さて、彼はどんな反応するをするのやら。

 サフィローネは一呼吸置き、凛とした表情を崩さず、開口する。

「力を求めし者よ、ようこそ我が主城へ」

 その声を聞いた蒼一は、一瞬、少し驚いたような反応をしたが、すぐに顔を緩ませ、安堵したような表情を浮かべた。

--なに安心した〜って顔をしてるのよ。や〜ね、私はやる時はやるのよ。さて⋯⋯、

「汝に問う。汝、如何に力を求まん」

 サフィローネが物々しく問い掛けると、蒼一は彼女から少し目を逸らし、考え込むような動作を示した。

--さあ、ソーちゃん、何て答えてくれるのかしら? 馬鹿正直に私からの命令です、とか答えちゃうのかな?

 サフィローネは厳しい顔を保ちつつも、内心は子供のように無邪気な心で、蒼一を弄び、その場を楽しんでいた。

「己の可能性を信じ、試したいからでございます。それが平穏な世界の維持に繋がるのであれば、この上ない幸せと存じ上げる次第であります」

 蒼一は睨みつけるような眼差しで、サフィローネを見上げ、力強く言い放った。

--やーん、カッコいい。あなた本当に一六歳? 大人びてる〜っ。ってか、よくもまあそんな小難しい台詞をすぐに言えるわね。やっぱりこのコ、相当キレるのね。そいじゃ、あなたの期待に応えて、早速始めますかっ!

「心得た。いざ、汝が秘む力、ここに開かん」

 サフィローネは両手を広げると、彼女から発せられていた白い光が青白く変化し、その輝きは一層増した。それと同時に周囲の従者達から野太く、不気味な声が発せられた。

--おお〜、相変わらず彼らの発声は見事なものだわ。この気持ち悪い声が、またジワジワ効いてくるのよね。さて、ソーちゃんはというと、、

 蒼一は頭を押さえ、ひどく悶絶し始めていた。

--やはり痛がってますね〜。さてさて、まだまだ序盤ですわよ。

「今こそ試練の時。力を欲す者よ、その果てなき大志、ここに示し給え」

 サフィローネが小難しい表現で命令すると、蒼一の足下に、青いガラス玉が転がった。

 また彼の前方には、金色に輝く台座が現れた。頭の痛みに苦しみ、しゃがみ込む蒼一は、彼の足下に転がるガラス玉を確認した。

「その宝玉を台座に納めよ。さすれば汝が力、開かれた証と認めん」

「台座⋯⋯? あっ⋯⋯」

 サフィローネが粛然とした振る舞いを崩さずに声を発すると、蒼一は彼の前方に現れた台座に目をやった。少しの間、彼は考え込むような仕草を見せた後、彼はガラス玉を手に取った。

--そうそう、それをその台の上に乗せればいいだけよ。ただ、そう簡単にはいかないと思うけどねっ!

「うがあぁっ!」

 蒼一は奇声をあげ、その場にひれ伏した。

 彼に握り締められていたガラス玉は、その手元から離れていき、地面を転々としていった。

「はぁっ、はああっ⋯⋯、くそっ!」

 蒼一の呼吸は激しく乱れていた。

 彼は、必死に手元から転がり落ちてしまったガラス玉を、つくばるように追いかけた。

--ハイハイ、そうよ、がんばってね〜。みんなそうやって苦しむんだから。クエスターになるのはそんな甘いもんじゃないわよ。

 蒼一は未だ必死にもがいていたが、その動きが徐々に遅くなっていった。

 暫くすると、彼の動きは完全に止まってしまった。

--ん? あれ? ソーちゃん⋯⋯? どうしちゃったのかなぁ?

 サフィローネの外見は動じることなく無表情だったものの、心中は穏やかでなかった。

 蒼一は、相変わらず動かない。

--ちょっと〜! ウソでしょ!? ヤバイヤバイ! ソーちゃん自身のマナが強すぎて、解放に体が耐えられなかった? そんなことって⋯⋯。イヤイヤ! こんなところでくたばってもらったら困るんだから! ちょっとソーちゃん! 呼吸を忘れてるわよ! こ・きゅ・う!

 彼に心で訴えるサフィローネだが、精霊としての立場を守らなくてはならない以上、凛とした表情や態度を保つ必要があり、助言を直に送るわけにもいかなかった。

 蒼一は変わらず、陸の孤島の真ん中で、その躰を地に伏したままである。

 従者達の不気味な声が響き渡る虚無な時間が、悪戯に過ぎ去っていくばかりであった。

--えーっ⋯⋯本当に? 本当にこれで終わり? また候補者を探しに時空をさまよわなきゃならないわけ? 勘弁してよぉ⋯⋯、っていうかもう間に合わないでしょ⋯⋯。じゃあ私が『クビ』になるってこと? 冗談じゃないわよ! なんとか⋯⋯なんとかしないと! こうなったら無理矢理あのコを起こして⋯⋯って、ん?

 凍ったように止まっていた蒼一の体が、僅かながら動き始めた。

 そして、彼からゆっくりと呼吸する音が聞こえた。

--あ⋯⋯まだ生きててくれた⋯⋯。もう〜、心配させないでよお⋯⋯。呼吸法も思い出してくれたみたいだし、この分なら乗り越えてくれそう⋯⋯って、およよ?

 蒼一が立ち上がったと思うと、彼の体から眩い光が解き放たれた。

 その光の一端は物凄いスピードで、彼の体から流線のように発射され、洞窟の天井の岩に直撃した。光の当てられた岩は、その破片をボロボロと崩れ落とし、次々と水辺に落ちていった。

--これは⋯⋯ソーちゃんのマナ? 引き出されたマナの量が多過ぎて、溢れてるってこと? 確かに、マナの量が尋常じゃない人間なら、たまにそういう例もあるけど⋯⋯って⋯⋯わわわわわっ!

 蒼一から流線のように飛び出した光は、一筋だけに留まらず、無数に飛び散っていった。そして、洞窟に張り巡らされた硬い岩盤を、次々と破壊していった。

 従者達もその異様な光景を目の前にすると、ひどく狼狽し始めた。慣例である不気味な呪文を発する作業も、止めざるを得なくなっていた。

「な、なんだこれはっ!」

「志願者から発せられているぞ! うぎゃあああっ!」

 光の直撃を受け、怪我を負う従者もいた。

 蒼一から発せられる光は止まることを知らず、洞窟内を破壊し尽くす勢いであった。

「サ、サフィローネ様っ、このままではこの洗礼場がっ⋯⋯!」

「どうか、この者に粛清を!」

 従者達はパニックに陥った。

 それでも、サフィローネは表情一つ変えず、蒼一の方を見ている。

 すると、サフィローネが立つ高台の反対側から、一人の大男が駆けつけた。

「なんじゃあ! こりゃあ!」

 男はその場の惨状を見て、大声を響き渡らせた。

「ソーイチ!? あいつ、何をやらかしてんだ!? クソッ! このままじゃ、ここがブッ潰れちまうぞ!」

 男は蒼一のところへ近付こうとするが、無数に発射される光線と、崩れ落ちてくる岩壁の激しさから、前へ進めないでいる。

「ちくしょう! これじゃあ進めやしねえ! そういや、アイツは何をしてんだ!?」

 男は高台の方を見て、サフィローネの姿を確認した。

「おい! サフィー! こりゃあどういうことでぇ!? 早くそいつを止めねえか! このままじゃここにいる奴ら、みんな揃って御陀仏だぞ!?」

 男はサフィローネに向かって叫び出した。

 それでも一向に、サフィローネは表情と態度を崩すこと無く、その場に立ち続けていた

--うっさいわね⋯⋯! わかってるわよっ! 私だってここまで来たら後には引けないのっ! ソーちゃん! もういいからさっさとその玉を置いちゃって!

 蒼一は周りの様子に全く気付いていない様子で、颯爽と立ち上がった。彼は微笑を浮かべつつ、足下のガラス玉を手に取った。

 彼が一歩一歩踏みしめる毎に、彼から発せられる光はさらに勢いを増し、いよいよ洞窟内が崩れ落ちそうになったのか、激しい地響きが起こり始めた。

--げーっ!? 何なのよこのコ!? どんだけ力を隠してるっていうの? ヤバっ⋯⋯! これはマジで止めないと、ここにいるみんな、本当に生き埋めだわっ!

 蒼一はガラス玉を握りしめつつ、金色に輝く台座の前に立った。そして、周りの惨状などまるで気付くことなく、ゆっくりとその玉を台座の上に置き、サフィローネの方を見上げた。

「サフィーさん、これでいいんですか?」

 蒼一は明白な口調で、サフィローネに向かって声を発した。

--こらっ! そんなところでドヤ顔してる場合かっ! わかったからその光を止めなさいっ! っていっても気付いてないのか⋯⋯。

 その直後、彼女の真横で一際大きな落石が起こり、轟音が響き渡った。

--うわっ! もうダメだ! えーいっ、もううっ! どうにでもなれっ!

「ソ、ソーちゃん! ストーーーップ!」

 サフィローネは表情を変え、慌てふためく様子で声をあげた。

「え?」

 蒼一はその声に反応し、小声を発した。

 次の瞬間、サフィローネは両手を開いて前に出すと、蒼一の周りを真っ白な光が包み込んだ。

 すると、彼から激しく発せられていた流線は収まった。

 そして、蒼一は気絶したかのように、倒れ込んだ。

「麗しきあの日々よ、今ここに蘇らん!」

 サフィローネが摯実な口調で声を響き渡らせると、巨竜が咆哮をあげるような地響きは止んだ。

 すると、崩れた岩盤が一人でに元の場所へと戻っていった。また、光の直撃を受けるなどした従者たちの怪我も回復していた。

 崩壊寸前だった洞窟は、先程までの混乱がまるで無かったかの様に、平穏を取り戻した。サフィローネはそのことを確認すると、強めに息を吐いた。

「敬愛なる我が従士たちよ。これにてこの者が洗礼をしまう。この者を安き地へ介抱せよ」

 上の空であった従者たちは、その場の変化について行けていない様子であったが、サフィローネの言葉を聞くと、我に返った様に反応した。

「ははーっ!」

「ただいま!」

 従者たちは倒れた蒼一の元へ、一目散に向かっていった。

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