第1話 世の中、旨い話なんて無い
唐突なことで申し訳ない。
僕、月村 蒼一は、絶賛、異世界転移中である。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第1話
アルサヒネ歴 八六六年四月八日
月村蒼一の手記
いや『転移中』などという表現は、おかしいか。なぜなら、元の世界に戻れるかどうかなど、まったく知る由は無いのだから。
兎にも角にも、異世界とやらにやって来た僕だが、今はもう、早く元の世界に戻りたい。
ただし、条件がひとつある。
同じくして、元の世界からやって来た僕のクラスメートである一ノ瀬 紅彩は、この異世界に置いて行って欲しい。
何でもいいから、彼女から僕を遠ざけて欲しい。
別に元の世界じゃなくてもいい。彼女から離れられるのであれば、地獄の底でもいいから、連れて行って欲しい。何せ、彼女に目を付けられた今の状況が、すでに地獄。閻魔様に舌を抜かれるよりも、彼女の不気味な笑顔で睨まれたことは、はるかにキツい。
どうしてこうなった⋯⋯?
この手の話で頻出する台詞を、端無くも吐いてしまったが、ご容赦願いたい。
本当に、出だしは良かったのだ。
異世界転移には付き物のチート能力も付けられていた僕は、可愛い女の子と旅ができるわ、巨悪を無双できるわ、ウハウハのハッピー状態だった。表現が稚拙で申し訳ないが、それくらい、僕の異世界生活は充実していた。
ただやはり、こういうことなのであろう。
『世の中、旨い話なんて無い』
世のオタク気質の若人に、忠告しておく。異世界に転移するだとか転生するだとか、近い将来、万一そんな甘い誘惑に駆られることがあっても、それに決して身を委ねてはならない。
必ず、裏があるはずだから。
目の前の現実がいかに辛くても、必ずそれは乗り越えられるはずだから。決して甘い戯言に惑わされてはならない。
さもないと、僕のような目に遭う。
下らぬ唆しに溺れた男の末路は、実に惨めなものだ。
そうは言っても、僕はこうして異世界へと足を踏み入れることに、運命を任せてしまったわけで、弱音を吐いていても始まらない。
限りなく可能性は低いが、解決に向かわねば。
ただ、今の状況はあまりに手詰まりだ。
ちょっと、今までのことを、振り返ってみようと思う。
こうして紙に書き留めて、頭を整理すれば、何か活路が見出せるかもしれない。