教育格差をなくすには?

勉強したくても出来ない⋯⋯

 

教育格差が広がる昨今の日本。

貧困問題が叫ばれても久しく、教育格差をなくすにはどうしたらよいかという課題は、早急な解決が求められよう。

しかし結論、教育格差という問題は永遠と解決しないと考えるのが筋だ。教育格差が解決している時、それは日本が真の平和を手に入れているだろう。

そんな楽園が出来ている可能性を夢見ることは、まさに愚考。

 

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教育格差が広がる日本

生まれた環境が原因で、まともな教育を受けられない子供が増えている。2015年における日本の相対的貧困率は先進国35ヵ国中8番目の15.6%と、世界から向けられる視線から鑑みても、看過できない状況である。

所謂、貧困層と社会格差の拡大。それを是正すべきという言葉が飛び交う昨今、子供たちが生まれた環境によって受けられる教育の質に差が出てしまうことは、急務と称して差し支えないだろう。

機会均等、機会平等は、自由な競争社会を成し得る上で、前提となる条件であることに論を待たない。

しかし「人は法の下に平等」と、憲法ですら国民は何事にも平等に機会を与えれられるべきとしているはずなのに、それをハナから崩壊させる機関が国内に当たり前のように存在している。

 

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教育格差をなくすには

学習塾は、公的機関である学校以外で勉強を教える営利事業である。その説明の正当性に異論はなかろう。

もっと詳細にその存在意義を説明するならば「勉強を教える」という言葉は適切ではない。本質的には「受験に受かる為の情報を提供する」が正しいだろう。

そんな学歴社会の恩恵を受け、今や存在して当たり前の塾だが、それが教育格差を生んでいる確たる原因であることが論じられていないことに、絶対的な失望感を抱いている。

塾があるから格差は出るのは当たり前

サルでも分かる話である。

お金のある家庭は、子供を塾に行かせられる。だから学校の成績も良くなり、いい大学にも行ける。

お金の無い家庭は、子供を塾に行かせられない。だから学校の成績も悪くなり、いい大学に行けない。

当然のことながら、生まれながらにして地頭が良く、塾に行かなくても学校の成績が優れている子供もいなくはないだろう。ただあくまでも「いなくはない」レベルであり、財力がある家庭に生まれ、塾に行ける子供の方が成績がよくなる傾向にあるのも然るべきである。

塾があるから格差が生まれるのは当たり前の話である。もう一度改めて申し上げるが、サルでも分かる話である。この存在がある限り、教育格差だとか機会の平等という問題が消え失せる道理はない。

 

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教育格差はなくならない

塾を撤廃するような法律を作ればいい

塾や私学は憲法違反だ

以上のような訴えがまっとうかと問われれば、まさにその通りだと声高に叫びたいが、そんな貧困層の桃源郷的な条文を国家のお役人が加えるわけがない。

法律を作る側の人間が、学習塾やら私学の恩恵を受けて、その立場を守っていらっしゃるのだから。

教育の機会均等を謳うのであれば、公立学校以外の教育は禁止とするのが筋。それであれば、生まれながらの地頭が大きく成績の良し悪しを左右するのは言うまでもない。

そんな誰でも分かるであろう話なのに、日本の優れたエリートは塾なしでは生まれないなどと訳の分からない論理を展開し、何かにつけて学習塾やら私学の必要性を訴える輩が絶えない。己の生まれた環境の既得権益を正当化する言い訳にしか聞こえない。

兎にも角にも、法律を制定して維持する側のエリート様方が、後世代々に渡って既得権を維持したいと願う願望を捨てない限り、教育格差の問題など無くなるはずはない。

貧乏人は貧乏人のまま生きるべし

国のお役人やら大手企業の重役様のそんな心の声が、塾という存在の重要性を後押しする。社会主義革命でも起こらない限り、日本から教育格差の問題が無くならないのが結論。

特権階級には特権階級の幸せ、貧困層には貧困層の幸せがある。そうやって慰める意外、対応策は存在しない。

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