第102話 語り明かせる夜

--月村くん、大人しめの格好の方が、好みだったのかなぁ⋯⋯。

 シャワー浴び終え、寝間着に着替えた私は、さっきまで着ていた露出激しめの服がハンガーに掛けられているのを、恨めしい目でじっと眺めていた。

--あのシチュエーションで口説かれないなんて⋯⋯。私、やっぱり女として魅力ないのかも⋯⋯。

 さらに私は、決して電波の入ることのないスマホを鏡代わりにし、自分の顔を見るやいなや、前髪を整えてみた。

--もしかして、月村くん、胸の大きい人、好きじゃないのかな⋯⋯?

 そして私は、自分の両胸を握りしめた。

 無駄に大きく膨れ上がった胸元の脂肪の塊を、私は睨みつけた。

--何よこれ⋯⋯! 肩こるし、いやらしい目で見られるし、ホント邪魔なだけだし! もうっ⋯⋯抉り取りたい!

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第102話

アルサヒネ歴 八六六年五月二七
一ノ瀬紅彩は異世界で恋に悩む

「ふぃーっ! あがったよーっ!」

「!?」

 あれこれと訳の分からない考慮を続けていた私は、突然聞こえてきた声にビクリと反応した。

 振り向いたその先には、今日、顔見知りになり、一日を共にしていたグラシューがいた。

「ん、どした? 驚いた顔して」

「そ、そう? ゴメン、ボーッとしちゃってて⋯⋯」

 私はグラシューに、照れ笑いを示した。

 昨日、月村君が私に会いに来て、うやむやを晴らしてくれた。そして、彼は三日後くらいにまた会いに来ると言ってくれた。

 しかし、彼が私の部屋を出て行った瞬間、刻々と過ぎる時が異様に長く感じられていた。呪縛から解き放たれた私にとって、ベッドの上でぼんやりしている理由は無かった。

 そして長い一夜を明かした今日、気付けば私の足は、月村君の下へと運ばれていた。

 突然会いに来られた月村君は、当然のように驚いていた。とはいえ、私の主観になってしまうが、彼は何となく嬉しそうで、迷惑がっている感じはしなかった。

 彼は、二人の友達と一緒にいるところだった。その二人は同い年の男女で、彼は私をその輪に快く招き入れてくれた。

 特に、グラシューという女の子の方は、エラく私を気に入ってくれた。気さくに話しかけてくれる彼女の明るさに、私も心を許した。

 この世界に来て、年の近い知り合いがいなかった私は、グラシューという気軽に話せる存在を前にすると、一七歳の乙女らしい無邪気な心が蘇ってきて、気分が高揚した。

 その後、私は彼らに誘われるがまま、美味しいご飯を食べに行き、活気あふれるコンサートを聴き、また、この世のものとは思えないくらいの絶景を堪能した。

 前の世界いる頃から、休みの日は、ろくに外へ出かけない根暗な私。そんな私が異世界に来て初めて、リア充というものを味わえた。『異世界のリア充』という表現は、何か矛盾している気もするが⋯⋯。

 とにもかくにも、今日は私のポッカリと空いた心の隙間を埋めてしまうが如く、満たされた一日となった。

 すっかり夜も更け、私たち四人は解散する流れになった。ただ、私がフィレスにある宿舎に戻るにも、馬車も出ていなかったので、宿を探さねばならない状況だった。

 そんな時、グラシューは私に、彼女の住むアパートに泊まりに来るよう誘ってきた。

 持ち合わせのお金もそれほど多くなかったし、彼女とはもう少し話をしたかったので、そのお誘いに甘えさせてもらうことにした。

 ⋯⋯前置きが長くなったが、つまり、いま私は、グラシューの家にお泊りをしているわけである。

 グラシューは私の後にシャワーを浴び終え、濡らした髪をタオルで拭きつつ、コップに注がれた水を飲み干していた。

「そーいやクレア、今なにしてたの?」

「え!?」

「なんか自分の胸、触ってなかった?」

「え!? い、いやっ、別に⋯⋯」

「あ! もしかして胸が大きくなるマッサージ的な?」

「は⋯⋯?」

「ずりーぞっ! 自分だけ巨乳になろうだなんて! アタシにも教えろーっ!」

「そ、そんなんじゃないからぁ!」

 私は思わず両脇を締め、胸元を隠すような仕草を取った。

「ふーーん⋯⋯」

 グラシューは、細い目で私の方を見てきた。

 じゃあ、何してたのさ?

 ⋯⋯と、その視線は訴えているように思えて、仕方なかった。

「ねえ⋯⋯グラシュー」

「ん?」

 グラシューに問い掛けると、私は彼女から視線を逸らした。

「お、男の人って⋯⋯やっぱり⋯⋯胸の大きい人の方が、好き⋯⋯なのかな?」

 この手の話は、本当に苦手だ。

 ただ、今は聞かずにはいられない。

 そして、グラシューになら、何でも話せる。

「んん〜、まあ、ないよりある方がいいんじゃね? ホントのところはわかんねけど」

「そっか⋯⋯」

 私は細々と声を出した。

「ク~レ~ア~~?」

「!?」

 グラシューが、覗き込むように私を見てきていた。

「どぉーして、そんなことぉ、聞くのかなぁ〜?」

「えっ⋯⋯?」

 彼女はニタリと笑っていて、私を揶揄うような目付きをしていた。

「ソーイチが巨乳好きかどうか、知りたいってことかしらぁ〜?」

「え、えっ⋯⋯!?」

 私は慌てふためくことしか出来なかった。

「にししししし⋯⋯。とうとう喋る気になったな。よーし、私もそのことに関しては、聞きたいことが山ほどある。まあ、座りたまえ」

「⋯⋯⋯⋯」

 グラシューはベッドに上に腰掛け、私も彼女の隣に身を寄せるように腰を下ろした。

「でさ〜、クレア」

「うん⋯⋯」

「ソーイチとは、前にいた世界の知り合いって聞いてたけど、どういう関係だったの?」

「ど、どういう⋯⋯?」

 私は、言葉に詰まった。

「顔見知りだけど話したことはないって、ソーイチ言ってたけど、なんかよくわかんなくて」

「ああ⋯⋯えっとね。私とソーイチさんは、同じ学校に通ってたの」

「ガッコー?」

 少し、会話が途切れた。

 グラシューに伝わるだろうか。

 この世界には、少なくともアルサヒネ地方には、義務教育という概念はなく、子供は学校に通うという文化もない。

 ただ、専門的な知識や技術を教える施設があるのは、知っている。それを前の世界の学校に置き換えることが、適切かどうかは分からないが。

「ふーん、とにかく、何か学びたいことが、お互いあったってことね。それで?」

 何とか、辻褄は合ったようだ。

「うん⋯⋯。その学校の同じクラスだったってだけで、話したことはないけど、顔はお互い知ってる⋯⋯くらいの関係」

「ふーん、そういうこと。で、クレアはソーイチのこと、どう思ってたの?」

「ええーっ⋯⋯」

 グラシューは、核心をイヤというほど突いてくる。

 ただ、ここは吐き出さなければ前に進めない。

「んんと⋯⋯私、いつの頃だったか⋯⋯ソーイチさんが⋯⋯気になり始めて⋯⋯」

 異様な熱が、顔に集中する。

「気付いたら⋯⋯彼のこと、目で追うようになってて⋯⋯その⋯⋯」

 私が力無く吐露すると、グラシューはまた私の顔を覗き込み、揶揄うような笑顔を見せた。

「それってつまりぃ⋯⋯」

 彼女のニヤけた顔は、止まらない。

「つ、つまりって⋯⋯?」

「好きってこと?」

 私の頭の中が、沸騰し始めた。

「わ、わからないっ⋯⋯! 尊敬してるのは間違いないけど、それが好きかどうかなんて、私には⋯⋯」

 私は必死に、言葉を紡いだ。

「うひゃー、クレアまじ可愛いわー。純情すぎー。チョー応援したくなる」

 グラシューの言葉に、私はひたすら苦笑いするしかなかった。

「でもわかるわー、クレアの気持ち」

「え?」

 私は、グラシューの方を見た。

 揶揄うような笑顔は鳴りを潜め、引き締まった表情に変わっていた。

「ソーイチは完璧すぎるからなぁ。アイツを好きにならない女の方が、珍しいと思う」

 グラシューは少し寂しそうな口調で言うと、私から視線を逸らした。

「顔も良いし、背も高いし、スラッとしてて。あと、仕事も出来て、性格も優しい。おまけに時折見せる男らしさもあって、ホント、どこを取っても良い男だよね」

 彼女は相変わらず寂しそうに、淡々と語った。

「ねえ⋯⋯グラシューも、もしかして⋯⋯」

 私は細々と言うと、少し間が生まれた。

「ソーイチさんのこと⋯⋯?」

 その場に、緊張が走ったような気がした。

「ふふっ⋯⋯」

 すると、グラシューは仄かに笑みを浮かべた。

「まあ、アタシは、振られちまったけどね」

「ええっ!?」

 私は思わず、両手で口を覆った。

「最近、流れで、アタシと付き合う気はない的なことを言われて、その時は、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけどさ。それでも、アイツはアタシに気を使って、後腐れないように、絶妙な言葉をかけてさ」

 私は、返す言葉が思いつかなった。

「対応が何もかも神すぎて、シラケちゃうよね。笑うしかないって感じ」

 グラシューは笑っていたが、やはり何か寂しそうだった。

「友好闘技会の前に、ソーイチが言ってたんだけどさ。俺はクレアを絶対救うんだ、みたいなことをアタシに熱く語ってきたんだよね」

「私を⋯⋯救う?」

「何のことかサッパリわかんなかったけど、ただ、クレアはソーイチにとって大事な存在なんだってのは、伝わってきた」

 私は閉口するも、体温はひたすら上昇していた。

「ぶっちゃけ言うと、クレアのことが憎かったよ。絶対アンタには、ソーイチを渡さないとか思ってたけど⋯⋯」

 グラシューは、私から目を逸らしながら語り続ける。

「ただ、実際クレアに会ってみると、諦めがついた。顔が整ってて、スタイルが良くて。しかもお淑やかで、気遣いが出来て。こりゃ、アタシなんかが、勝てる相手じゃないなって」

 彼女は再び私の方を見て、柔らかな笑顔を見せていた。

「そんなこと⋯⋯」

 執拗に褒められる私は、大いに戸惑った。

「しかもお互い両思いだなんて、もうお手上げって感じ。それに、ソーイチのことで、真剣にアタシに謝ってくれるクレアの人柄を見てたら、逆に何か応援したくなっちゃって」

 私は申し訳無さが込み上げてきて、下を向いた。

「ゴメンね⋯⋯グラシュー」

 私が声を絞り出して言うと、グラシューは私の肩に軽く手を置いてきた。

「いいって! 自分の気持ちには素直になりなって! アタシに遠慮することないから、何でも相談して。アタシ、半年間ほぼソーイチと一緒にいて、アイツの性格とか、だいたいつかんでるから」

「⋯⋯ホントにありがとう。何か優しい人ばっかりで、感動しちゃう⋯⋯」

 私は込み上げてくる涙が流れるのを、必死で堪えていた。

「じゃあ⋯⋯さっそく聞いてもいい? ソーイチさんのこと」

「おう! 何でもこい!」

 グラシューは、強めに私の肩を数回叩いてきた。

「何か今日のソーイチさん、元気がなかったっていうか、昨日会った時より、私に対してよそよそしかった気がしてさ⋯⋯」

「そうなの?」

「うん⋯⋯。だから色々考えちゃった。いきなり会いに来てやっぱり迷惑だったのかなとか、大人しめの服装の方が好みだったのかなとか、胸の大きい人は好きじゃなかったのかなとか⋯⋯」

「うんうん」

 グラシューは真剣な目で私を見て、私の一言一言に頷いてくれている。

「さっき⋯⋯その、ワンスインナムーンを見た時、ソーイチさんと二人きりになったけど、あんまり喋ってくれなくて⋯⋯」

「あらあら」

「闘技会の時にね、ソーイチさんは『君だけは俺が絶対に助ける』とか『君の思いを全て受け止める』とか、私に言ってくれたんだけど⋯⋯」

「えーっ、何それ! 既に口説かれてんじゃん! やべー、嘘でもそんなこと言われてー」

「あ⋯⋯いや、それはたぶん、口説いてるとかじゃなくて⋯⋯。私、アルディン様に洗脳されてたっていうか、いい様に操られてたの。ソーイチさんを殺すよう、仕向けるために」

「ふーん。なるほどね、そういうことか。クレアを救うって」

「うん⋯⋯。だから、私の呪縛を解き放つ為というか、そういう意味で、彼は言ってくれたんだと思う」

「ふむふむ。あー、でもわかるわー。アイツ真面目だからなぁ。困ってる人見ると放って置けないから、そういう時に限って、クサいこと平気で言うんだよね〜」

 少し、私は間を置いた。

「⋯⋯やっぱり、そういう台詞、さっき二人きりになった時にも⋯⋯ロマンチックな場面でも言って欲しかったかなって⋯⋯。すごいワガママだけど⋯⋯」

「そら、そうだよね。ワガママじゃないよ。アタシも同じ立場だったら、そう思うし」

「⋯⋯だから、ソーイチさん⋯⋯私のこと異性として見てないんじゃないかって。何ていうか、私をただ、助けなきゃいけない存在としか見てないのかなって⋯⋯」

 私は細々しく言い切ると、また俯いた。

「まー、なんつーかさ。あのバカ弟子は、ヘタレというかクソ真面目というか、そういうことだと思うよ」

「え⋯⋯?」

 再び、私はグラシューの目を見た。

「アイツが素っ気なかったのは、気にしなくていいよ。アイツもアイツで好きな人の前で緊張してたんだよ。で、うまく喋れなくて、そう見えただけだよ」

「ほんとに⋯⋯?」

 グラシューの表情は、この上なく明るかった。

「そうそう。ソーイチって好きな人の前だと、あんなにたどたどしくなるんだって、アタシも思ったもん。普段はムカツクくらい、堂々と落ち着いた感じで喋るけどさ」

「そうなんだ⋯⋯。でも、いつも一緒にいるグラシューが言うんだから、きっとそうなんだよね」

「おう! だから気にすんなって! だから、深く考えないで、明るく接してあげて。クレアが考え過ぎて素っ気ない態度取っちゃうと、アイツのことだから、ますます喋らなくなって、どんどん離れていく気がする」

「そっか⋯⋯」

「クレアもソーイチも、お堅いところがあるから、きっと、距離を詰めるのは時間がかかるだろうね。でも、時間かけて苦労した分、絶対に幸せになれると思う!」

「⋯⋯ありがとう。嬉しい。私、がんばれる気がしてきたよ」

 私の口角は、自然と上がっていた。

 本当の友達って、こういう存在を指すのだろうなと、私はグラシューの顔を見て強く感じていた。

 生まれてこの方、兼ねてから足りなかったものが、漸く手に入った気がする。

 私は異世界の地で出会ったかけがえのない存在と、長い夜をひたすら語り合うことで過ごした。

 

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