第103話 裸の付き合い
僕とバリーとグラシュー、そして一ノ瀬さんの同い年四人は、ワンスインナムーンを観賞後、それぞれの家路に散った。
僕とバリーはヌヴォレに帰り、帰りの馬車がなく、宿を探すつもりだったという一ノ瀬さんは、グラシューの家に泊まらせてもらう流れになった。
出来ることなら、一ノ瀬さんにはヌヴォレに来て欲しかったが、同性であり、しかも妙に気が合ってしまったグラシューと一緒にいた方が、彼女も安心するだろう。
それに、僕は一ノ瀬さんに不快な思いをさせてしまったし、彼女も今は、僕と距離を置いておきたいはず。
そんなヌヴォレに帰った僕とバリーは、すぐさま大浴場へと足を運び、湯船に浸かりながら、今日の出来事の追思に耽っていた。
その内容は取り分け、突如として僕の目の前に現れた天使の話題に、集中していた。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第103話
アルサヒネ歴 八六六年五月二七日
月村蒼一は異世界で恋に落ちる
「いやー、メチャクチャ可愛いかったなー、クレア」
「そ、そうかい⋯⋯?」
「あの笑顔はマジやばいわー。しかも胸デカイし。っていうか、あの巨乳を見せつけるかのようなファッションは何なんだ? ズルくねえ?」
「かもね⋯⋯」
「その割にはお淑やかで、何でも尽くしてくれそうな雰囲気だし、ギャップがたまんねーよな。あんなん、惚れるなっていう方が無理だわ」
「そうですか⋯⋯」
興奮気味に話すバリーに、僕はひたすら一言だけ返すしか出来なかった。
「そーいやお前、クレアと友好闘技会で闘ってたよな?」
「うん⋯⋯」
「素人目に見ても、すげー試合してたってのは分かる。クレアも相当強いんだろ?」
「まあね⋯⋯」
僕が相変わらず力無く一言を返すと、バリーは僕の方を鋭い目で見てきた。
「ソーイチとクレアって何者なんだ? オレと同じアトミカリアンなのは分かるけど、異様な強さだよな? そもそも、アトミカリアンでクエスターになるってだけでも珍しいのに」
バリーに問われると、僕は彼から目を逸らし、下を向いた。
「オレらヌヴォレの家族同士、過去には触れてはいけない約束があるのは、分かってるんだけどさ⋯⋯」
僕は黙って、彼の話に耳を傾けた。
僕らヌヴォレに住む者たちは、身寄りの無い少年少女たちが中心で、管理人のジャスタさんに手を差し伸べられ、今に至っている。
そして僕らには、互いの過去には触れず、将来だけに目を向けていこうという約束事がある。
「いや、悪りぃ。無理に話してくれなくていいんだ。あまりに気になってたんで、思わず口すべらしちまったよ」
謝るバリーに対し、僕は再び顔を向けた。
「いや、俺はバリーの過去を知っちゃってるし、不公平だよね」
僕は口角を上げて言い、さらに続ける。
「バリーには話すよ。俺が何者なのか。あと、俺とクレアさんとの関係も」
「マジか⋯⋯でも、いいのか?」
「うん。ただ、ここだけの話にしておいてよ。ちょうど今、風呂に入ってるの、俺たちだけだし」
「ああ、わかってる」
僕はバリーの真剣な眼差しを確認し、話を始めた。
◇
僕はここに至るまでの経緯を、バリーに話した。
この世界で、僕の正体を知っている人間は、かなり限られているはずだが、この国の王にまで知れ渡っていることを考えると、どこからともなく漏れ出してしまっていることが想像される。
遅かれ早かれ、僕の正体は国中に知れ渡ってしまうだろうから、バリーに口止めをお願いしたところで、大した効果がないのは想像に難くない。
兎にも角にも、バリーには僕の本当のことを知ってもらいたい。
そしてその上で、僕の悩みの一角を崩して欲しいのだ。
「異世界からやって来た、精霊の使い⋯⋯? マジかよそれ⋯⋯。半端ねえな」
「信じてもらえるとは、思えないけどさ」
「いや、むしろお前の功績を考えると、その方がしっくりくるよ」
話が長くなり、長風呂になってしまったせいか、バリーは上半身を浴槽から出し、身を涼めていた。
「⋯⋯っていうか、オレ、そんな奴とこうやって気軽に話していいのかよ。いつも思ってたけど、その話を聞くとさすがにな⋯⋯」
「気にしないでって。本当のことが知れたことで、君との関係が壊れるの、嫌だからさ。これからも、よろしく頼むよ」
「お、おう。お前がそう言うなら⋯⋯」
バリーは少し戸惑いながらも、そう言ってくれた。
「でもさ、クレアもお前と同じ精霊の使いってことだろ? そんなん反則じゃねーか」
「え⋯⋯?」
「同類でないと、手の届かない存在じゃん。オレみたいな下々の民が、精霊の使い様に手を出そうなんか、畏れ多すぎるぜ」
「いや、それは別に関係ないと⋯⋯」
「ん? じゃあオレ、クレアに手を出してもいいの?」
「え!?」
僕は思わず、大声を響き渡らせてしまった。
「ははははっ! 冗談だよ。お前らどっからどう見ても両思いだし、お似合いの美男美女。今さら手出しできねーって」
威勢良く声を出すバリーの前に、僕はひたすら苦笑いした。
「っていうか、何でお前ら付き合わねーの? お互い気になってんだろ?」
「そ、それは⋯⋯そうなんだけどさ」
僕は歯切れ悪く呟き、さらに続ける。
「いざ口説こうと思っても、なかなか勇気が出なくて⋯⋯。さっき、二人きりになったけど、まさかあんな場面が来るとは、思ってなくて⋯⋯」
僕は情け無さに襲われ、下を向いた。
「はははははっ! 精霊の使い様も、恋にゃ奥手ってわけかい!?」
バリーは高らかに笑いながら、僕の肩を叩いた。
「せっかくのチャンスをくれたのに、本当にゴメン⋯⋯」
「はははっ! オレも悪かったよ。まだ、お前には早かったみてーだな」
「うぅ⋯⋯」
僕は相変わらず項垂れながら、声を漏らした。
「⋯⋯ねえ、あの場面、口説いてもよかったのかな?」
「ん? それはお前次第だと思うけど」
「そうだよね⋯⋯」
「まー、ただ、気になる相手と絶景が見えるところで二人きり。そんな場面で甘い言葉でも一つや二つかければ、女はイチコロじゃね?」
「そっかぁ⋯⋯」
僕は、大きな溜息をついた。
「まー、焦ることはないんじゃね? クレアもけっこうお堅そうだし、これからはじっくり攻めた方がいいかもな」
「そ、そうなの⋯⋯?」
「まあ、そういうお悩みなら、いつでも聞いてやっからよ。オレの故郷を救ってくれた精霊の使い様に、そんなんで恩返しできんなら、安いもんだぜ」
バリーは軽快に語ると、立ち上がった。
「おっしゃ、オレはそろそろ上がるかなっ! 思わず長風呂になっちまったし、のぼせそうだぜ」
「あっ、そうだね⋯⋯。俺もなんか、ボーッとしてきたよ」
僕も立ち上がり、浴槽から身を出した。
「お前がボーッとしてんのは、長風呂のせいじゃねーだろ?」
バリーは、にやけ顔で僕の方を見てきた。
「⋯⋯ちょっと、怒るよ」
「はははははっ!」
笑い声を浴場に響かせたバリーの背中が、やけに大きく見えた。