第15話 歪んだ空間に揺られ
歪んだ空間の中は、青と黒の筋のようなものが複雑に入り組んでいた。
僕の隣には『サフィローネ』と呼ばれた女性がいて、お互い手を握り合っている。そして、僕らは奇妙な空間にプカプカと浮遊しつつ、前方に向かって移動しているようだった。
まだ夢の中にいるのだろうか。まったく整理がつかない。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第15話
グレゴリオ暦 二〇XX年七月四日
月村蒼一は異世界に飛ばされる
今日、僕は確かに部屋のベッドで目を覚ました。家には両親と姉がいて、姉とは喧嘩腰の会話をして、それを母に注意され、父はそれに全く目を向けずに新聞を読む⋯⋯、そんないつもの我が家の朝の様子を見ていた。紛れも無い現実を体験しつつ、僕は今のこの奇妙な空間を浮遊している。
僕らの後ろに、二人の人間がついてきているのが見えた。『アルディン』と呼ばれた男と、彼に抱きかかえられた一ノ瀬さんだ。
僕は『サフィローネ』と呼ばれた女性の方を見ると、彼女も後ろからからついてくる二人の方を見ていた。すると、彼女は右眼の下に人差し指を持ってきて顔の肉を引っ張り、同時に舌をペロリと出した。
いわゆる『あっかんべぇ』をアルディンという男にに向かって見せた。
それを見せつけられたアルディンと呼ばれた男は、ひどく眉間にシワを寄せ、明らかにイライラした様子だった。
さらに彼女は揶揄うように手を振った。その表情はアルディンという男に比べ、余裕が感じられる。
「ははっ! ねえ、見て。アイツの馬鹿ヅラ」
彼女は無邪気な笑顔を僕に見せた。
「えっと⋯⋯あの人は?」
「ああ、あれ? いいわよ、あんなの。説明する必要なし。そのうちわかるだろうし」
「はあ⋯⋯。じゃあ、一ノ瀬さんも何でここに?」
「イチノセ? ああ、あの女のコ? キミ、もしかしてあのコのこと気になってるの? よかったわね、こっちの世界にいっしょに来てくれて。異世界で気になるあのコと童貞卒業なんて、まあ、ロマンチック」
「いや⋯⋯そんなこと言ってないし⋯⋯。話を膨らませないでください」
「ふふ、冗談だって。まあ、あのコともいずれまた会うことになるんだろうね」
「いずれ⋯⋯? 何か『そのうち』とか『今は』とか多いですね⋯⋯」
「まあ、物事には順序っていうものがあるから。とりあえず、キミは私の指示通りやってくれればいいから」
「はあ⋯⋯そうですか」
「そうそう。とにかく来てくれてありがとね。あまり乗り気じゃなかったように見えたけど、何が決め手になったの?」
「決め手ですか? いや、それは特に⋯⋯」
「やっぱり、おっぱい? また触る?」
「それはないです!」
思わず僕は声を荒げた。
「ははっ、ウソウソ。まあ、異世界転移なんて夢かと思って確かめに来たら、実はホントだったと。それに、あのバカに殺されかけて、命の危険を感じたから私について来ざるを得なかった。そんな感じかな?」
「ですね⋯⋯その通りかもしれないです」
「そうよね。でも安心して。こっちの世界でのあなたの生活は保障する。でないと、私の立場も危ういって話なんだけど」
「え?」
「ああ、ゴメン。こっちの話。とにかく、これからよろしくね」
「あ⋯⋯、はい。お願いします。えっと⋯⋯サフィ⋯⋯ローネさん?」
そう僕が言うと、彼女は目を丸くして驚いていた。
「え? ああ⋯⋯そういえばあのバカ、さっき私の名前、声に出してたっけ?」
「⋯⋯僕にはそう聞こえました」
「そっか。うん、私、サフィローネ。便宜上ね」
「は⋯⋯? 便宜⋯⋯?」
「ああ、ゴメンゴメン、何でもないから。テキトーに呼んでくれていいわよ。そういえば、よくサフィーなんて呼ばれてるけど」
「サフィー⋯⋯さん、ですか。わかりました。いい名前ですね」
彼女はさらに目を見開いた。
「おいおい~、口説いてるつもり? やめてよ~、あなたとは結ばれない運命なんだからさ~。それにあなたには、あのコがいるじゃない、なんだっけ? 今、あのバカに抱えられてる⋯⋯クレアちゃん?」
「いやだから、一ノ瀬さんとは別に⋯⋯。喋ったこともないですし⋯⋯」
「ははっ! まあ、何にしても楽しくやっていきましょ! あ、そろそろね」
「え⋯⋯? うわっ!」
急に目の前が輝き出した。その後あたりが真っ白になり、サフィーさんも、後ろからついてきていた二人も消えた。
何となく真相を確かめに来ただけだったが、本当に異世界とやらに連れられてしまうようだ。目の前の現象に現実感は全くないが、僕の感覚は起きている時と同じものであることに違いない。
今後の僕の運命は、全くもって想像がつかない。