第35話 異常なるステップアップ

 このモラレ村に来て、四日目の日を迎えていた。

 村に来た初日に、僕らのターゲットとするアージェントウルフが現れたが、それ以来、彼はその姿を現していない。

 僕とグラシューは、いつウルフが現れてもいいように、村の入り口付近の農道脇の広場で特訓に励んでいた。

 

『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第35話

アルサヒネ歴 八六五年一〇月一六日
月村蒼一は異世界で仕事をする

「おしっ! 今日も稽古つけてやるっ!」

 グラシューは威勢良く言うと、僕の方を指差した。

「ありがとう! 今日こそは負けないからね!」

 僕は左手に持っていた盾を前にし、右手に短剣を携えた。

「ふんっ! デビューしたてのヒヨッコが、A級クエスターに勝とうなんざ、十年早いっ!」

 グラシューも同じように盾と短剣を手に持ち、重心を低くした。

 『A級クエスター』という言葉がグラシューから発せられたが、彼女から聞かされていたこの国のクエスター体制について、その内容をここで改めて整理したい。

 数日前の酒場のいざこざにて、グラシューはA級クエスターと呼ばれて畏怖されていたが、この国の二五〇名ほどいるクエスターは、以下のような要領でランク付けされているらしい。

S級 1位〜10位
A級 11位〜25位
B級 26位〜50位
C級 51位〜100位
D級 101位〜150位
E級 151位〜200位
F級 201位以下

 そして、一ヶ月の活動実績に応じて、そのランクの見直しが成されるとのこと。グラシューはランク十二位のクエスターで、A級でもトップクラスに該当する。

 彼女は言うには、S級への壁はなかなか厚いらしい。

 S級へ上がる為には、単に実績を上げるだけでなく、月末に行われる『入れ替え戦』に勝利するのが必要とのことである。S級の九位とA級の十二位、S級の十位とA級の十一位が戦い、A級の者が勝てばS級に昇格し、負けたS級の者はA級に降格するというものである。

 グラシューはA級になって二年くらい経ち、入れ替え戦に六ヶ月連続で挑んでいるらしい。しかし、毎度S級下位のクエスターの力に跳ね返され、苦杯を嘗めさせられているようだ。

 ただ十六歳でA級の上位にいるということ自体、相当な快挙であることを、グラシューは自慢気に語っていた。彼女がクエスターデビューしたのは十三歳の時で、それは最年少記録とのこと。

 マナの開放は、体と精神が完成する十八歳前後に行うのが一般的らしい。しかし、グラシューは自身が秘めるマナの大きさをハプスさんに見出され、例外的に洗礼を受けることができたようだ。

 ⋯⋯なぜこうも長々と、クエスターのランク、またはグラシュー自身のことを紹介したかったのは、それを踏まえて、今から交える彼女との一戦をご覧頂きたかったからである。

 構えたグラシューはじっと様子を窺うように僕を見ていた。僕も彼女の出方を見たかったので、彼女が仕掛けてくるのを待った。

 グラシューが息を軽く吹き出した瞬間、彼女は猛スピードで斬りかかってきた。

 僕は咄嗟に反応し、斬撃を盾で受けた。

 その後も彼女は攻撃の手を休めず、嵐の如く剣を振るい続けてきたが、僕はその斬撃の一つ一つを確認することができ、全て盾で受けることができた。グラシューの手が緩むのを見て、その間隙を縫うが如く、右手に持っていた短剣を素早く振り抜いた。

「うわ!」

 グラシューは、紙一重のところで僕の攻撃を躱した。

 空振りした際の風圧は、辺りの雑草を激しく揺らす。

「ったく⋯⋯! そんな脇の甘い太刀筋で何でそんな威力が出せるんだかっ⋯⋯!」

 彼女はイラつきながら叫ぶと、素早く僕から距離を取った。

「これならどうだっ!」

 グラシューはリスヴァーグを大量に放ってきた。彼女が剣を振るうと、無数の白い光が僕に襲ってきた。

 避けることは不可能だと直感した僕は、盾を構え、防御に集中した。

「ぐうぅぅぅっ⋯⋯!」

 放たれた光の衝撃一つ一つが大きく、それを受けた瞬間、僕は端無く声を漏らした。

 気付けば、目の前にグラシューがいない。

 しかし、彼女の行動を読んでいた僕は慌てなかった。

「そこだ!」

 後ろを振り向くと、グラシューがいた。

 そして、彼女は今にも剣を振り下ろそうとしている。

 僕はその斬撃を躱した。

「なにっ!?」

 そう叫ぶグラシューは完全に無防備な状態になった。隙を突いたはずの彼女に隙が生まれ、僕は彼女の体に向かって短剣を横へ薙ぎ払った。

「いたっ!」

 彼女は軽く顔を歪め、声をあげた。

 僕も同時に鈍い衝撃を手先から感じた。どうやら先ほどの薙ぎ払いの一撃は、上手くマナが込められておらず、マナに覆われたグラシューの体に傷を付けるには至らなかったようだ。

「よしっ! 今の一本取ったんじゃないの!?」

 とはいえ、綺麗に攻撃を当てられた僕は、ある程度の手応えを感じ、グラシューに言い放つよう、軽快に声を上げていた。

「むうっ! チョーシに乗るなよっ!」

 ⋯⋯と、ご覧の通り。

 僕はこの数日で、グラシューと互角に渡り合えるまでの実力を身に付けたわけである。

 『身に付けた』というより、元々備わっていたと表現するのが正しい。

 僕自身が精霊の使いで、世界を救えと命じられた立場であり、さらに、この村に来る前のゴブリンとの一件を鑑みれば、想像に難くない。

 グラシューに指摘されていたマナ開放までの時間だが、開放までに一分程かかっていたそれも、ほんの数秒でこなせるようになっていた。また同じく、マナを利用した高速移動時に移動距離がコントロールできなかったり、リスヴァーグをはじめとする攻撃技を適当な威力で当てられないなど、欠陥だらけだったマナ開放後の技も、意のままに操ることが出来ていた。

 この二点、つまりマナ開放までの時間、そして、マナ開放後の技の制御は、デビュー直後のクエスターなら誰もがぶち当たる壁とのこと。しかし、だいたい遅くとも一週間あれば、克服できるものらしい。

 つまるところ、僕はクエスターの『お作法的な成長』としては一般的な水準で推移しているが、詰められた中身は規格外であることに気付かされた。この国では天才と呼ばれるグラシューでさえ、A級になるまで三年かかっている。

 だが、僕は三日近くでその領域に追いついてしまった。

 全く、精霊の使いとは良く言ったものである。チート好きな僕にとって、たまらない展開であることは、繰り返し述べておく。

 気付けば、グラシューは闘志を燃やすような目で僕を見て、再び攻撃をしかけんと、構えていた。

 僕もまた、心踊らせながら身構え、彼女からの仕掛けを心待ちにしていた。

 それから二〇分ほど、僕とグラシューは激しく攻防を続けていた。

 しかし、僕が優勢なのは判然としていた。

 明らかに僕の方が手数が優っており、攻撃の当たる回数も多い。それに彼女の攻撃が手に取るように分かり、僕がすんなりと躱す場面が多くなっていた。

「ぐっ⋯⋯!」

 グラシューは僕の斬撃を盾で受け、明らかに嫌そうな顔をし、距離を取ろうと僕から素早く身を離した。

 グラシューが僕から離れた瞬間、僕は彼女がフッと息を入れる瞬間を逃さなかった。

「もらった!」

 僕はここが勝負どころと、さらに力を込めて彼女に迫った。

「あれっ!?」

 急に脚が止まった。

 目の前がフラつき始め、僕は崩れるように膝をついた。

「くそっ⋯⋯! どうなってんだ!」

 僕は訳が分からず叫びながら、顔を上げた。

 するとそこには、僕に短剣の先端を向けるグラシューの姿があった。

「うぅっ⋯⋯!」

 鋭く尖った刃先が視界に入ると、僕は幾許かの恐怖を感じ、慄くような声を漏らした。

「ハイっ⋯⋯マナ切れを起こしましたね⋯⋯!」

 グラシューは息を切らしながら、僕をしたり顔で見つめていた。

「マ、マナ切れ⋯⋯?」

「マナは全ての物質の根源。どの人間も少なからず持っていて、生命を維持する側面を持ってる。アタシ達みたいなクエスターは、無理矢理開放したマナを使って超人な力を発揮する。でも、開放したマナは身体から次々と消費されていくもので、調子に乗って開放し過ぎると、生命維持として使われるマナまで削られてくる⋯⋯」

「な、何だって⋯⋯?」

「つまり、ソーイチはマナを使い過ぎて生命維持にすら影響が出ている状態⋯⋯!」

「いてっ!」

 グラシューは短剣の峰の部分で、軽く僕の頭を叩いた。

「ふうっ⋯⋯これ以上やったらソーイチ死んじゃうから、アタシのTKO勝ちということで」

「マジかよ⋯⋯」

 力の抜けた僕の身体は、その場の芝生の上に倒れ込み、仰向けになっていた。

「ハイっ! きゅーけーい!」

 グラシューも、僕の隣で寝転んだ。

「あー、もう⋯⋯チョー疲れた⋯⋯」

 気だるそうなグラシューの声が、耳に入ってきた。

「グラシューは、俺のマナが切れるのを計算に入れて闘ってたの⋯⋯?」

「まあね⋯⋯教えとかなきゃいけないと思ってたし」

「何だ⋯⋯結局手玉に取られてたってことか⋯⋯。くそ、圧してると思ってたのに」

「いや、実はアタシのマナも切れそうだったんだよね⋯⋯。だから最後はひたすら防御に徹して、ソーイチのマナ切れを待つしかなかった感じ⋯⋯」

「お⋯⋯マジか⋯⋯」

 グラシューのその台詞を聞いて、僕は軽く右手を握り締めた。

「っていうか、やる気なくすよね〜。ほんの数日でアタシと対等に闘えるなんて、今までのアタシの三年間は何だったのって感じ!」

「うーん、それは⋯⋯何ていうか⋯⋯」

 怒気を強めてグラシューに言われると、僕は言葉に詰まり、次に発するべき台詞がなかなか思い浮かばなかった。

「まー、仕方ねっか。『精霊の使い』だなんて名乗る奴に、アタシが敵うわけないってことね」

「何か⋯⋯ゴメン。恐縮です⋯⋯」

「あやまらなくてもいいよ〜。『個々の器に応じて、成すべき仕事と運命が定められる』ってハプスさんがよく言ってたけど、改めてそれが思い知らされた気がする」

「個々の器に応じて⋯⋯か」

「でも、ソーイチはそれだけ強いから、課せられた運命も大きいってことなんだよね。うわ〜、大変そう〜」

「そういうことだよね⋯⋯」

 僕はグラシューの言葉を聞くと、改めてサフィーさんに言われた『世界を救う』という一端が脳内を浮遊し始めた。

「まー、アタシはアタシなりに、課せられた仕事を頑張れってことだよね」

「つっても、グラシューだってすごい方なんじゃないか? クエスター最年少デビューなんでしょ?」

「それ、アンタに言われても褒められた気がしないしっ!」

「ご、ごめん⋯⋯」

 なぜか謝ってばかりの自分自身がいた。

 気の強さでは、グラシューに勝てる気がしない。

 僕らはしばらく、疲弊した身体を癒すべく、青々と広がる空に浮かぶ白い雲を見つめていた。

 

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