第46話 代表闘技会と友好闘技会
僕らの目の前にマグカップが三つ置かれ、頭が冴えわたるような良い香りが充満していた。
「さてと⋯⋯ひとつ確認しておきたいんだけど、たしか、ソーイチはサフィローネ様から世界を救ってほしいようなことをお願いされてたのよね? それって詳しくはどういうことなの?」
ハプスさんが問い掛けてきたその内容に対して、僕の返す答えは一つしか無く、すんなりと喉を通る。
「すみません、詳しいことは全然教えてくれなくて⋯⋯。ただ、言われているのは、それに向けて、アルサヒネで一番強いことを示せと」
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第46話
アルサヒネ歴 八六五年一〇月二三日
月村蒼一は異世界で仕事をする
「い、一番強いこと⋯⋯!?」
グラシューが僕の言葉に反応していた。
「ってことはさ、ハプスさん⋯⋯」
「そうね。アイツはきっと越えなきゃいけない壁ってことね」
二人は顔を見合わせていた。
「アイツって言うのは⋯⋯?」
僕は彼女たちの間を裂くよう、問い掛けた。
「うん、ゴルシ派のリーダーのことね」
ハプスさんは再び僕の方に顔を向け、真剣な表情で言った。
「ゴルシさんか⋯⋯。どれだけ強い人なんだろう」
「強いってモンじゃないよ! バケモノだから、アイツ!」
グラシューは僕に向かって声を上げ、僕は軽くたじろいだ。
「そ、そうなんだ⋯⋯」
「キャリダットのクエスター代表闘技会で、ハプスさんですら傷一つ付けられらないだからっ! おまけにフィレスとの友好闘技会で先鋒に出たら、あっという間に相手の選手を全滅させちゃうの!」
「え、えーっと⋯⋯」
知らない用語が多数出てくるグラシューの説明に、僕は言葉に詰まるしか無かった。
「ゴメンね、ソーイチ。キミにとっては何のことか、サッパリのはずよね」
「ええ⋯⋯お恥ずかしながら」
僕はすかさずフォローを入れてくれたハプスさんの顔を見て、申し訳ない気持ちを込めて言った。
「まず、各クエスターにはランク付けがされてるんだけど⋯⋯」
「あ、それは知ってます。グラシューから聞きました」
「そうなのね、なら話が早いわ。そのランク上位八名のクエスターは、年に一度の代表闘技会に出る資格がありますよと」
「へえ⋯⋯代表闘技会ですか」
「うん。さらにその勝ち抜きトーナメントで三位以内に入った者は、これも年に一度行われる、隣国のフィレスとの友好闘技会の代表として、闘う権利が与えられる。その闘技会は両国の代表クエスターが、三名同士で勝ち抜き戦を行い、選手が残った方の国が勝ちってルール」
「友好闘技会⋯⋯」
「ゴルシはキャリダットの代表闘技会では圧倒的な力で二年連続優勝中。フィレスとの友好闘技会でも、先鋒を買って出ては、相手方のクエスターをまるで寄せ付けない強さで、三人抜きを二年連続で達成してる」
「なるほど、そういうことですか」
僕は何か確信めいたものを感じ、ハッキリとした口調で言った。
「それでね、もっと大事なことがあるんだけど、その友好闘技会、もはやその名前の意味が完全になくなりつつある」
「名前の意味⋯⋯とは?」
「その名の通り、二国間の友好を深める為に行われてる闘技会なんだけど、ここ四年間は両国の争いの受け皿になってる」
「争いの受け皿⋯⋯キャリダットはフィレスと対立してるんですか?」
「そんな感じね。五年前にこの国の王が変わって、利益偏重の社会になった話は覚えてる?」
「あ、はい。そのおかげで、贅沢な暮らしに憧れるゴルシ派が多数を占めるようになったってことですよね?」
「そうそう。今のキャリダットの王は、フィレスの王と仲が悪くてね。実はフィレスの王も、ちょうど同じ五年前に就任したんだけど、二人とも物欲の強い気質で、その頃から両国間で利益を求めた揉め事が絶えなくなったの」
「へえ⋯⋯何でまたそんな二人が国の頂点に⋯⋯」
「まあ、そこは私たち平民の知る由はないけどね。で、その古くから両国の間で親しまれた友好闘技会だけど、二人の王はそれを戦争の道具のように変えてしまった」
「戦争の道具?」
「両国の王は、その年に一度行われる闘技会で、五年以内に三勝した方が、負けた方を植民地として支配するという約束を交わしたの」
「え⋯⋯!? 何ですかそれ⋯⋯」
「今のところ両国の成績は、二勝二敗の五分。半年後に行われる友好闘技会が、両国にとって運命の一戦ってわけ」
僕はこれまでの話を聞き、下を向いてしばらく考え込んだ。
「何だかな⋯⋯何でそこまでして争うのか⋯⋯物欲が強いといえばそれまでだけど⋯⋯。まあ、結果がどうであれ、ろくでもない社会になるのは間違いなさそうですね」
「それは、個人個人で考え方が違うんでしょうけどね。でも、ソーイチがそう思ってくれるのは、私たちにとっては喜ばしいこと。ちなみに下馬評では、ゴルシがいるキャリダットが勝つっていう見方が優勢。それで、キャリダットがフィレスを従属国にするだろうって話だけど、ソーイチの言う通り、私たちにとって、ろくでもない社会になるっていうことに変わりはないわね」
ハプスさんが悔し気に言うと、この場の三人は沈黙した。
気まずくなった僕は、コーヒーを口にした。
「あ! そうか、ソーイチがゴルシを倒しちゃえばいいんじゃん!」
静かになっていたグラシューが、突然大声で言い、僕の持っていたマグカップが忙しく揺れた。
「た、倒しちゃうって⋯⋯強いんでしょ? その人って」
「何を言うか! 一週間そこらでアタシに追いつくようなアンタも、相当なバケモンだっ! バケモンにはバケモンをぶつけようって、そういうことっすよね!? ハプスさん!?」
「何か酷い言われ様⋯⋯それって褒められてるのか?」
僕は力無く言った。
「⋯⋯グラシュー、少しは言葉を選びなさいね。ただ、確かにソーイチが半年後にはゴルシを打ち負かすだけの力を身に付けている可能性は、十分にある。ソーイチがゴルシを破るようなことになれば、私たちが国に与える影響力は強くなるでしょうね。王に対する進言も、ある程度可能になるかもしれない」
ハプスさんは淡々と語った。
「ほらーっ! さっすが精霊の使い! スケールが違うな〜っ!」
「い、痛いって⋯⋯」
グラシューは僕の肩を、強く何度も叩いていた。
「ソーイチ、私からもグラシューと同じ提案をしたいわ。代表闘技会でゴルシを倒すこと、これを当面の目標としてみない?」
そう喋りかけてくるハプスさんは、仄かに笑っていた。
「ゴルシを超えることは即ち、アルサヒネで一番強いことを意味する。それがサフィローネ様から指示された本意とは違うかもしれないけど、一つの指標になると思う」
「たしかに、そうかもしれないですね」
「ただ、それは結局、ソーイチに苦労をかけて、私たちはキミに頼るだけってことになるかもしれない。無理にとは言わないわ」
申し訳なさそうに語るハプスさんだったが、僕はそんな彼女に対して笑顔を返した。
「そんな、俺に対して遠慮しなくていいですよ。利害が一致してるからこそ、俺はハプス派のクエスターになったわけで。それに、アルサヒネで一番強くなることも、通過点だって思ってますから」
「ひえぇ〜、通過点とか言ってるし! アタシ、ついて行けないわ〜」
僕は、おちゃらけたように語るグラシューを見た。
「えっ? 俺はグラシューについて行くつもりだけど」
「やめろ〜! アンタみたいなバケモノ、手に負えるかぁ〜!」
「そんなあ⋯⋯お願いしますよ、師匠」
「うるせーっ!」
そんな僕らの軽妙だか滑稽だか分からないやりとりを、ハプスさんは微笑を浮かべながら見ていた。
「ふふっ、キミらはいいコンビになりそうね。ソーイチがゴルシに勝つには、マナに頼らない短剣術のスキルを磨くのも大事になってくる。責任重大ね、グラシュー」
グラシューは軽快な口振りで語るハプスさんの方を一瞥すると、再び僕の方を見た。
「⋯⋯というわけなんで、師匠。リーダーからのお墨付きも頂きましたので」
「わ、わかってるし〜! さっきのは冗談に決まってるじゃん!」
そういう彼女の顔は、若干赤らんでいた。
「それじゃあ、やるべきことも見えてきたところで、アンタ達にはそれを踏まえて仕事をしてもらうからね。特にソーイチは大変だろうけど、その実力を見込んで、ハイペースでランクを上げていってもらうつもりだから」
「ええ! 望むところです!」
僕は強気に語るハプスさんの方を見て、明瞭な声をその場に響き渡らせた。