第50話 削り取られた集中力
気付けば、僕はフラフラの状態で立ち尽くしていた。
ハプスさんの猛攻に為す術が無く、彼女の巻き起こす超常現象の数々を、サンドバッグのように受ける他なかった。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第50話
アルサヒネ歴 八六六年二月六日
月村蒼一は異世界で頂点に挑む
「はあっ⋯⋯はあ⋯⋯くそ、何でよけられないんだ⋯⋯?」
僕は力無く言葉を吐いた。
僕はハプスさんの顔に目をやったが、彼女の平然とした表情に、全く変わる気配が無い。彼女がずっと変わらない力で攻撃を放っているという言葉は、嘘ではないようだ。
--我慢強さというか、しつこさというか、その辺は一丁前みたいね。
相変わらずハプスさんは口を開こうとせず、僕の心に語りかけてきた。
--その無駄な我慢強さに免じて、この術の秘密を教えてあげるわ。
僕に対して否定的な言葉を並べ続けるハプスさんだが、その一つ一つに反応し、感情を動かす余力すら、僕には無かった。
--今、ソーイチは辺りが薄暗く見えたり、妙なメロディが聞こえてると思うけど、それは私が君の五感を刺激して起こしている幻覚やら幻聴。要は、君の優れた集中力を奪ってるってわけ。
--お⋯⋯俺の⋯⋯集中力?
--さらに、ソーイチの甘っちょろい考え方を否定してあげることで、動揺を誘い、集中力をさらに削る。私の攻撃が速く見えてたのは、単に君の集中力が削がれただけの話。
僕自身、そんな感覚は全くなかったが、ハプスさんが息を切らさず平然とした様子でいる以上、それらの言葉を信じる他ないようだ。
--幻覚と幻聴にはあまり効果が無かったみたいだけど、考え方を否定されたことは、だいぶ効いたみたいね。もう立つのもやっとって感じだし、どう、降参する?
--こ、降参⋯⋯?
--少しは改まったかしら? 形振り構わず友達を助けたいだなんて勝手な思いで、自分自身だけじゃなく、私たちの組織まで潰そうとした君の子供染みた考え方。
それを聞いた僕は、我を取り戻した。
改めて自分自身が酷く否定され、屈辱を味わい、胸の辺りがむず痒くなっている感覚を得ていた。ハプスさんの冷徹な言葉に対し、素直に首を縦に振るわけにはいかなかった。
--な、何と言われようと、俺は⋯⋯俺は友達を⋯⋯バリーのことは放っておけない! 俺は機械じゃない⋯⋯、人して当たり前のことをしてると思ってます!
僕は強く投げ掛けると、ハプスさんの無表情は、やや鋭い目付きに変わり始めた。
--あ、そう。じゃあ、ソーイチはクエスターとして、生きる価値なんてないわね。
「え⋯⋯?」
次の瞬間、ハプスさんから白く輝く光弾が無数に放たれ、僕の身体に直撃すると、その一つ一つは激しい爆発を起こした。
「ああああああっ!」
僕は激痛に叫び声を上げた。
--何か勘違いしてるみたいだけど、ソーイチ、クエスターに人の心なんて必要ないのよ。さっき君が言った通り、機械のような存在であるべき。
--き、機械のような⋯⋯だって?
--世の平穏を保つ為に全てを注ぎ、目の前のこなせる仕事をひたすらこなす。そこに人としての感情を持ち込むなんて、以ての外。
--そんなこと⋯⋯できるわけ⋯⋯。俺は人間なんです⋯⋯!
--だからそれ、生きる価値がないって言ってるの。
「ぐああああっ!」
僕が何か反論する度に、ハプスさんは激しく攻撃を繰り返してきた。もはや、痛みを感じない程、全ての感覚が奪われつつあった。
それでも、僕は立っていた。
負けたくなかった。
膝を付けたら、もう立ち上がれない。
そんな覚悟を持って、気持ちを奮い立たせていた。
--ハ、ハプスさん⋯⋯冗談ですよね? 本気でそんなこと⋯⋯思ってないですよね? 俺との勝負に勝つ為に、わざと言ってるだけですよね?
そう問い掛けると、ハプスさんはしばらく間を置いた。
--ははっ、何言ってるんだか。私が冗談なんて言えないタイプだってこと、ソーイチもよく知ってるでしょ? 君のあまりのお目出度さに、何か笑えてきたわ。
心に語りかけてくるハプスさんの口調は朗らかだったが、彼女の目付きはさらに鋭くなっていた。僕はその視線に、恐怖を感じ始めた。
--もし、君はこの場から逃れられたとしたら、どうせ一人でラクティのところへ挑む気でしょ? 子供染みた友情ごっこの為に。それで結局ラクティに殺されるんだったら、私がこの場で君を葬ってあげる。
彼女の非情な台詞が頭に突き刺さったと思うと、僕の脚元から炎と竜巻、または電撃のような筋が同時に舞い上がった。
「うおああああああああっ!」
僕はその奇怪な現象に飲み込まれ、宙を彷徨った。
火に焼かれ、
身体に痺れが走り、
吹き荒ぶ強風に身動きがとれず⋯⋯、
未曽有の三重苦に、僕はひたすら悶えた。
その複雑怪奇な竜巻が止むと、僕は地面に打ち付けられた。
立とうと思っても、立ち上がれない。
気持ちで立ち続けた僕であったが、意図せず倒れてしまうと、身体を再び起こすことは、やはり厳しいものがあった。
薄っすらと目は開けられている。
視界は相変わらず暗いままで、癒し系のメロディも聞こえる。その旋律一つ一つが、死後の世界へと誘っているように思えてきた。
ただし、生きている感覚は辛うじてある。
ボヤけてきた視界に、ハプスさんの姿が入ってきた。
彼女は僕を見下ろしていた。