第56話 本陣突入
僕ら四人は、ラクティのリーダーが根城としているであろう建造物を目指し、フェームの街中を疾走していた。住民の男性が言っていたように、道は入り組むことなくほぼ一本道で、労せずとも目指すべき居城の姿が露わとなっていった。
僕らは、高々と聳え立つ建築物の前に到着した。
その扉の入り口付近に、四人の人間が立ち塞がっていた。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第56話
アルサヒネ歴 八六六年二月一二日
月村蒼一は異世界で頂点に挑む
四人の内の前陣には、洋風の剣を携える長髪を靡かせたイケメン風の男と、重厚な大剣を背負う筋肉隆々とした男がいて、どちらも見た目は違えど、屈強な雰囲気を醸し出していた。
一方、その後陣には、槍を両手に構える西洋の尼さん風の格好をした女性と、杖を片手に持つ露出の激しい服装を纏った女性がいて、前方の男性達に比べると、見た目の迫力には欠けていた。しかし、秘めたるマナを探ると、その実力が相当なものであることは、すぐに分かった。
「貴様ら、ここに何の用だ?」
洋風の剣を携えた長髪の男が、問いかけてきた。
「あら、私たちの用件を考慮してくれるくらい、建設的な対応してくれるってことかしら?」
ハプスさんの口調は穏やかであったが、皮肉が存分に含まれていることは明白だった。彼女はこの四人との戦いを避けられないと、間違いなく思っているはず。
「内容次第だ。何を言わんとしているかは、大体わかっているがな」
長髪の男はハプスさんを睨めつけると、重心を低く身構えた。
「じゃあ一応言うけど、あなた達のリーダーに会わせて欲しい。そして、この街に対する圧政を止めるよう、交渉したいんだけど」
ハプスさんも同じように、台詞を発すると同時に構えを取った。
「無論、門前払いだ。ここで朽ち果てるがいい!」
長髪の男が叫ぶと、相手方は一斉に僕らへと向かってきた。
僕は、尼さん風の女性に目を付けられた。
彼女は持っている槍を突き刺してきたが、僕はその動きを即座に見切り、躱した。
「ふふ、なかなか良い動きをするじゃない、坊や。たっぷり可愛がってあげるからねっ!」
彼女は次々と突いてくるも、少量のマナを開放した僕の目には、十分に捉えられるものであった。スローモーションとはいかないものの、これが彼女の本気だとすれば、僕の敵ではない。
しかし、いちいち相手にしていると、多少なりともマナの消費は避けられない。この先にいるラクティのリーダーはどれだけ強いか分からないが、出来る限り体力を残して、彼との闘いに望みたい。
僕はそんなことを考えていると⋯⋯、
「きゃっ!」
僕を相手にしていた尼さん風の女性は、突然誰かに蹴られ、数メートルほど離れたところに飛ばされていた。
「ソーイチ、こいつらは俺とグラシューに任せろ! お前とハプスでアジトへ乗り込むんだ!」
僕と攻防していた女性を蹴り飛ばしたのは、強気な台詞を叫ぶリチャードさんであった。
「ありがとうございます!」
僕の意図との歯車がガッチリと噛み合うかのようなリチャードさんの行動に、僕は一層の頼もしさを覚えた。
僕はその場をリチャードさんに任せて離れ、ハプスさんを探した。
「何やってるのソーイチ、早く行くわよ」
「あ!」
既に、ハプスさんは根城の入り口に立っていた。
「ハプスさん、グラシューは!?」
僕は彼女の下に駆け寄りつつ、そう問いかけた。
「ええ、キッチリ引き立て役を買ってくれるそうよ」
ハプスさんが指差す方向を見ると、グラシューが長髪の剣士と露出の激しい魔法使いの相手をしていた。
「グラシュー! 大丈夫!?」
僕がグラシューに向かって叫ぶと、彼女は一瞬こちらを振り向いた。
「よけーな心配すんなバカ弟子っ! 早くリーダーをぶっ倒してこい!」
グラシューは二人を相手にしながら、僕の問いかけに対し、彼女らしい元気な声で答えてくれた。
「さて、行くわよ。準備はいい?」
「はいっ!」
僕はハプスさんに明瞭な返事をし、敵の居城の中へと入っていった。
◇
建物の中に入ったものの、エントランスフロアはもぬけの殻であり、人の気配はまるで感じられなかった。
「誰もいないみたいですけど⋯⋯」
「私たちの対応で、ほとんど人は出払ってるみたいね」
「本当に、リーダーはここにいるんでしょうか?」
「探してみるしかないわね。まずは一階から探っていきましょう」
僕らはひとまず、隈無く建物の中を散策することにした。
◇
ラクティの居城と思われる建物の中を、一階から三階まで手当たりしだい探ってみたが、人は全く見当たらなかった。
僕らは、四階へと続く階段を登っていた。
「見事に誰もいないですね」
「まだ上にもフロアはあるみたいだし、徹底的に洗い出しましょう。この建物の門にそれなりの使い手が待ち構えていたわけだし、ここにリーダーがいる可能性は極めて高い」
ハプスさんがそう言い終える頃には、僕らは四階のフロアへと到着していた。
「あ!」
僕はそのフロアに着いた途端、思わず叫んだ。
そこには、二人の男女が待ち構えるように、豪勢な椅子に腰をかけていた。
「よくぞここまで来られたな」
一九〇センチはあろうかという長身の男性が立ち上がり、僕らに声をかけてきた。 彼の手には長刀が携えられ、全身は重厚な鎧で固められていた。
「グラン様の大望を穢す者には制裁を」
連れて、僕と同じくらいの背丈があろうかと思われる、黒いローブを纏った女性が、その美しいスタイルを見せつけるかのように立ち上がった。
「あなた達が、ラクティのリーダーの両腕って感じかしら? リーダーはどこにいるの?」
一方、子供並みに小さなハプスさんは、彼らを見上げつつ問いかけていた。
「何ゆえ、グラン様への謁見を求められるのです? 答え様によっては、あなた方を凄絶なる死をもって償わせることも栓無きこと」
長身の女性は難しい言い回しで、僕らに語りかけてきた。
「この街への圧政を止めて、住民達に自由を返して欲しい。彼らに対する奴隷の様な扱いは、とても倫理に即した行動には思えない」
ハプスさんが厳粛な口調で言うと、長刀を持った男性は、一歩前へと出てきた。
「強い者が弱い者を支配すること、これのどこか倫理に反しているという? 強い者がより多くの富を得て、生存競争を勝ち抜き、優秀な種を残す。我らは至極真っ当な思想を持って行動していると、理解せざるを得ないのだが?」
続いて、長身の美女も一歩前に出てきて、立て続けに語り出す。
「察するに、あなた方はハプス派のクエスターとお見受け致しますが、如何でしょうか? 各人の優劣に関係なく、得られる実りは等しくあるべくとし、為すべき行為はその運命によって定められるという思想をお持ちの」
「あら、よく分かってるじゃない。光栄だわ」
ハプスさんが笑顔で返すと、長身の美女もまた、微笑を浮かべた。
「ええ、何とも哀れで、実に愚かな方達かと存じ上げております。先程、貴女が仰ったご依頼ですが、伺うに値しない何とも奇々怪々たる内容。そのような愚者をグラン様へ謁見させるなど笑止千万かと存じ上げる次第でございます」
その女性は、自身の見た目を投影するかのように、可憐な淑女の語り口で丁寧に喋るが、その内容は酷く僕らを否定するものであった。彼女は睨み付けるようにハプスさんを見つめ、今にも襲いかからんとする雰囲気を醸し出した。
「要するに、私達をここから先は通さないってことでいい? あと、その階段の向こうにリーダー、あなた達の言うグラン様が在わすと思ってるけど、間違ってないかしら?」
ハプスさんは喋り終えると、軽く身構えていた。
「ああ、お前の言う通り、この上のフロアにグラン様はいらっしゃる。そして、お前達のような愚劣な思考の持ち主は⋯⋯」
「この世から滅されるべき!」
長身の美女が叫ぶと、二人は僕らに襲ってきた。
僕は長刀を持った男のターゲットとされた。長く鋭い刃による斬撃が次々と僕に襲いかかるが、僕は冷静にその太刀筋を見極め、最後の一撃を盾で防いだ。激しい金属音が鳴り響いていた。
「なかなかの動きだな⋯⋯! さすが、ここまで登ってくるだけのことはあるっ!」
男は長刀を引き、間合いを取った。
どうにかこの闘いを避け、僕だけでも上のフロアに行きたいが、この二人がどれだけの力を持っているか、判然としない。リーダーの側近ということで、それなりの力を有しているはず。ハプスさんだけに任せたいところだが、彼女の手に負えず、やられてしまう恐れもある。
「どうした、かかってこんのか? ならば、遠慮なくいかせてもらうぞ!」
男は再び刃が届くとこまで間合いを詰め、その長刀を振るってきた。
--さっきよりも速くなってる。今までのは小手調べだったってわけか。
建物の入り口にいた四人の内の一人、尼さん風の女性と軽く手を合わせたが、この男の動きは彼女と比べて断然に速い。側近とは良く言ったもので、相当な手練れであることが多いに感じられた。
「どうした! 逃げ回ることしか出来んのか!?」
僕が刀の届く間合いから距離を置こうとすると、彼の熟練された動きはそれを許さず、すぐさま距離を詰められた。
--やっぱ、少しは攻撃しないとダメか
僕は攻撃に転じ、距離詰めようとするも、男の巧妙な動きは、僕の短剣が届く間合いに入れさせない。
僕は常に彼の間合いに置かれ、その斬撃を受けざるを得なかった。
--もう少しマナを強めるか。次のことを考えて温存しておきたかったけど、これじゃあラチがあかない。
僕は半分程のマナを開放した。
相手の男もそれを感じ取ったのか、目付きが変わる。
僕は重心を低くし、彼に向かって駆け出した。
瞬く間に彼との距離を詰めることに成功。
僕は、懐に潜り込んだ。
「何だと!? はや⋯⋯」
男は何か叫んでいるようだったが、僕はそれに気を取られることなく、彼の腹部の辺りを斬り裂いた。
「ぐあっ⋯⋯!」
男の悲痛な叫び声が響く。
しかし、僕はそれを聞く間も無く、すぐに距離を取った。
そして、リスヴァーグを放つ。
このコンボは、ハプスさんと闘った時にも使った記憶がある。最近お目にする機会が多く、僕の十八番になりつつある。
「うおおおおおおおおっ!」
放たれた光の筋は男を直撃し、吹き飛ばされたその身体は、壁に激突していた。
そして、男はそのまま地面に倒れ込んだ。
彼の背中がぶつかった壁には、大きなヒビが入っていた。
--ふうっ⋯⋯半分くらい開放すればここまでやれるか。ただ、これであっちがまだ本気じゃなかったら、ちょっとしんどいな⋯⋯。
「ネリアン様っ!」
女性の叫び声が耳に入ってきた。
すると即座に、男の側に長身の美女が駆け寄っているのが見えた。
「どう、ソーイチ? アイツは」
そしてまた、気付けば僕の横に、ハプスさんがいた。
「半分くらい力を出して、あんな感じです」
僕は彼女の問いかけに、敵二人が寄り添う所を指差しながら答え、続けて語る。
「勝てない相手ではないだろうけど、倒すとなると、それなりにマナを消費しちゃうでしょうね」
「なるほどね。私もあの女と闘ってみたけど、それなりに手強い相手。でも、本気を出せば難なく倒せることは間違いない」
「そうですか」
「たぶん、二人まとめて相手をしても、何とか勝てるとは思う。だからソーイチは先にリーダーの所へ行って頂戴」
彼女の好意はありがたいが、心配である。
「大丈夫ですか⋯⋯?」
「ええ。リーダーの力がどれほどのものかわからない以上、君の力を消費させる方が危険。ほら、アイツらが回復してる隙に、早く上に行って」
ハプスさんは、階段の方を指差した。
「わかりました! ハプスさんっ、どうかご無事で!」
僕は階段を目掛けて駆け出した。
しかし、次の瞬間⋯⋯、
「そうはさせますかっ!」
女性の叫び声が聞こえたかと思うと、僕の目の前に、サッカーボール五つ分程の大きさの火の玉が襲って来ていた。
完全に虚を突かれた僕に、それを避ける術はなく、直撃⋯⋯、
と、思ったその時⋯⋯、
その火の玉は、別の何かに弾き飛ばされていた。
「うおぉ⋯⋯あぶねぇ」
何事かと思った僕は、周囲を見渡した。
すると、右手の掌を前に掲げたハプスさんが、敵二人の方を見ていた。僕を火の玉の直撃から救ってくれたのが彼女なのは、間違いない。
「彼にはやることがあるの。暇だったら私が遊んであげるわよ」
ハプスさんは、彼らを挑発するような態度で言い放っていた。
「何ですって⋯⋯!」
「ほら、ソーイチ。何ボーっとしてるの? 早く行きなさい」
突然の出来事に僕は動揺を隠せず、思考が停止していることにようやく気付いた。
「あ⋯⋯すいません! それじゃあ、行きます!」
「ま、待ちなさい!」
長身の美女が僕を引き留める声がしたが、僕はそれに聞く耳を持たず、階段を駆け上って行った。