第57話 英雄に認められた力

 僕は階段を駆け上り、五階に到着した。

 廊下をしばらく進むと、頑丈そうな鉄の扉があり、僕はその扉を力強く押し開けた。

 その先には、広々とした空間があった。

 五〇メートルはある奥行きに、柱や壁は金銀輝く煌びやかな装飾が施され、贅の限りが尽くされている印象を受ける。入口から向って奥の方は、上段の間ように高くなっていて、この部屋がいわゆる玉座の間の性質であることは、容易に窺い知れる。

 僕は向って奥の方にある豪華絢爛な椅子に、踏ん反り返って座る一人の男性の姿を確認した。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第57話

アルサヒネ歴 八六六年二月一二日
月村蒼一は異世界で頂点に挑む

 僕はその男性の下へ歩いて近づき、彼の顔が判然とする所まで距離を詰めた。

 ミディアムヘアーの金髪は、彼の白い素肌によくマッチしていた。目鼻立ちが高く、薄色の瞳は、前の世界の白人を思わせる。この世界において、彼は僕と同じ人種である知人族、所謂アトミカリアンだと推測できる。また、彼の雰囲気は若々しく、少なくとも二〇代であることは間違いない。

 ただどういうわけか、彼の表情はニヤついていて、せっかくの端正な顔立ちが台無しと思えるくらい、気味が悪かった。

「あなたがラクティのリーダー、グラン様ですか?」

 僕は溌剌たる口調で問い掛けたが、彼は僕の顔を見たまま、気味悪く笑う表情を崩さなかった。

「クックックッ⋯⋯」

 笑い声を漏らす彼の顔を見て、僕は少し苛立ちを覚え始めた。

「さっきから、何が可笑しいんですか?」

 僕は何とか平静を保ち、改めて彼を問い質した。

「お前らみたいなバカを見てたら、笑いが止まらないのも無理はないと思わないか?」

「何だって⋯⋯?」

 僕は彼の言葉を聞いて、意図せず怒気に満ちた声を溢した。

「まあいい、最初の質問に答えてやろう。お前の言う通り、オレがラクティのトップであるグランだ」

 男は明快な声で名乗った。

「やはりそうでしたか。お会いできて光栄です。早速ですが、お願いがあります」

「ああ、別にいい。喋るな。お前が言いたいことくらい、大体わかる。この街の住民を解放しろ、みたいな類だろ?」

 僕はグランさんの台詞を耳にして、少し間を置いた。

「⋯⋯残念。そうではないですね」

 僕は彼を睨み付け、呟いた。

「ほう、何だってんだ?」

「どうせ住民の支配なんてやめないだろうから、この剣の前に屈し、その罪を悔い改めて下さいと、言うつもりでした⋯⋯!」

 僕は力強く言い終えた後、短剣を引き抜いた。

「クハハハハハハッ! 面白えことを言う小僧だな!」

 グランさんは高らかに笑うと、椅子の後ろの辺りから二刀の短剣を取り出し、それらを両手に持ってこちらに歩いてきた。

「随分と自信があるようだが、お前、オレが誰だかわかってんのか?」

「何処ぞの国の元クエスターで、英雄的な強さを誇っていたと聞いてますけど。あと、いつしか欲望にかられ、国を追放されたとも」

「ほお、そこまで知っててオレに喧嘩を売ろうってのか?」

 グランさんは、僕の目の前まで来た。

「オレはお前を、狂った自殺志願者だと思っていいか?」

 ほぼ僕と変わらない身長のグランさんは、その目線を僕に合わせてきた。

「はい、結構です。よく言われます」

 僕はあっさりと言い放つと、彼に斬りかかった。

「おっと」

 彼は溢れ落とすように声を発し、少し驚いていたようだが、悠々と僕の攻撃を捌いていた。

 短剣同士が交わる音が、忙しなく鳴り響く。

「なかなか良い動きだな。大口叩くのも分かる気がするぜ」

「そいつはどうも⋯⋯!」

 僕はいったん距離を置き、リスヴァーグを放った。

 白く輝く光の中の筋が、グランさんへ一直線に向かっていく。

 しかしその光は、彼の横薙ぎの剣の一振りによって儚く消え去った。

「これならどうだっ!」

 僕はその後も間髪入れず、リスヴァーグを放つ。

 今度は三発連続で繰り出した。

 それでもグランさんは冷静な表情を崩さず、僕の放った光の群をあっという間に剣圧で消し去った。

「ふうっ⋯⋯なかなか手厚いもてなしをしてくれるじゃねえか。たしかにこれだけの攻撃、オレの手下共じゃあ耐えきれないシロモノだな」

「⋯⋯そいつはどうも」

 僕はさっき言った台詞を、もう一度被せてみた。

「ハプス派に、お前みたいな使い手がいるとは知らなかった。しかもその若さで。お前、何者だ?」

「⋯⋯それを教えたところで、あなたに何の利益があるんです?」

 僕はグランさんを睨み付けつつ、細々と言葉を紡いだ。

「ふん、面倒くさいガキだな。せっかく人が褒めてやってるというのに。まあいい、とにかく、お前ほどの強さを持つ奴を殺しちまうのも、勿体ない話って思ったわけだ」

「そいつはどうも」

 僕はしつこくその言葉を重ねた。

 聞く耳を持たない、という意思表示なのだが。

「で、どうだ? 俺と組まねえか? お前ほどの力があれば、今と比べられない程いい暮らしを保証するぜ」

「へえ⋯⋯」

 僕は呟きながら、変わらず彼を凝視していた。

「オレはな、理不尽な世界を変えたいと思ってるんだよ。『力』ほど単純で分かりやすい概念はこの世にないだろう? 強ければ強いほど、努力すれば努力するほど、それに見合った報酬や贅沢を得ることが出来るのが筋ってもんだ」

 グランさんは堂々とした態度で語り出した。僕は黙って彼の言葉に耳を傾ける。

「強い種こそが後世にその血を残すことが許され、弱き種は淘汰されていく。そして人間、ひいては生物は進化を遂げていく。なぜ世界はこの摂理に抗おうとするのか、オレにはさっぱり理解できん」

「摂理⋯⋯ねえ」

 僕は彼の偏った思考に、呆れながら小声を漏らす他なかった。

「オレは国に追放されて以降、浮浪者のように転々と各国を彷徨った。俺が追放者という話は各国々で広まっていて、俺を受け入れてくれる国、若しくは宿すらもなかった」

 グランさんはしみじみとした雰囲気で、自分の過去を語り出していた。

「そんなオレは、しばらく自給自足の生活を余儀なくされた。ジャングルの奥地で猪を追い、河原に出ては魚を素手で取り、そんな原始人のような暮らしをしていた時期もあった」

「⋯⋯それはお気の毒に」

 僕は皮肉をたっぷり込めて言ってやった。

「しかし、人生我慢すれば転機ってものはやってくるんだな。今から四~五年前だったろうか、オレが追放者達の身を寄せる集落にいた時、とある国の王がそこを訪れた。それは何を隠そう、当時この国の王として就任したばかりのノビルタだった」

「何⋯⋯?」

 僕はそれを聞き、さらに眉間にシワを寄せた。

「当時国内で最大の商業都市だったこのフェームだが、国に税金を収めることなく、また援助を求めることなく、自治区として十分に機能しており、キャリダットからの独立という話もあった。しかし、儲かってる商業都市から税金が取れないなんて、国の王であるノビルタにとってみたら、実に面白くないってわけだ」

「⋯⋯なるほど。そこで王はあなた達のようなアウトローを裏で援助し、フェームを支配させた。そして、あなた達が住民を奴隷のように働かせて得た利益は、国に流れると。さらに、フェームを武装集団に占拠された街ということにすれば、国外からの批判も免れつつ、利益を貪れるってわけですね」

 僕は冷静に喋ったが、込み上げてくる怒りや憎悪といった不易な思いを、必死で抑えていた。

「ほお、物分りの良い小僧だな。そこまで分かってくれりゃ話は早い。まったく、一国の主と理念が合致する時が来るとは、天はオレを見放さなかったと思ったね」

 グランさんは腕を組み、僕を見下すような目で見てきた。

「この国は今、ゴルシ派なんてクエスターの派閥が勢いを増しているようだが、そりゃあそうだよな。自然の摂理に則れば、至極当然。そもそも、ゴルシは俺の弟子だ」

「は⋯⋯何だって?」

 彼のその言葉に、僕は思わず声を発した。

「並みのクエスターだった奴があれだけ強くなれたのも、強くなりたい、支配したい、贅沢したいという思いを、オレが植え付けたからこそ。蓋を開けてみれば、アイツはオレなんかとは比べられないほど、強欲な奴だった。今となっちゃ手がつけられない程、恐ろしいヤツになっちまったが」

「そういうことかよ⋯⋯」

 僕は小声を漏らすと、短剣を持つ手に力が入り、強く奥歯を噛み締めた。

「それでも、奴がオレの弟子であることに変わりはない。味方としては、実に頼もしい存在。で、悪かったな、長々と語っちまって。結局、何が言いたいかというとな⋯⋯」

 グランさんは少し間を置き、僕の目をじっと見てきた。

「お前たちが俺に挑むということはつまり、国というとんでもなく強大な組織を敵に回していることに等しい。勝ち目のない戦いなんか辞めて、お前だけでもオレたちに引き込んでやろうって話だ。頭の良いお前なら、その答えに苦しむことはねえだろ?」

 僕は彼の提案を聞き、下を向いた。

 いや、別に悩んでいるわけではない。

 そんなことは、大体わかっている。

 この俯きは、改めて決意を固める為である。

「そうでしょうね。頭の良い人なら、はいお願いします、と答えるでしょうね」

 僕は顔を上げ、改めてグランさんの目を睨み付けた。

「ただ、俺はバカなんで⋯⋯!」

 僕は再び、彼に向かって攻撃を仕掛けた。

「ふん、交渉決裂ってわけかい。物分りの良い小僧かと思っていたのにな⋯⋯!」

 短剣同士が激しくぶつかり合い、その際に生じる金属音は、さらに激しくなっていた。

 ただ、グランさんは妙に消極的で、攻撃を全く仕掛けてこない。

 僕が一方的に剣を振るう状況が、しばらく続く。

 それでも、彼は息を切らさぬことなく、僕の攻撃を捌いていた。

 

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