第58話 精霊の威を借る人間

 それから五分程度、僕とグランさんは剣を交えていた。

 僕は半分くらいのマナを開放し、攻撃を仕掛けていたが、彼にダメージを与えることは全く出来ないでいた。

 そんな彼は相変わらず消極的で、まったく攻撃を仕掛けず、ジリ貧な展開にならざるを得なかった。僕の手の内を見ているのだろうか。それとも、僕を倒す気など、さらさら無いのであろうか。

 たしかに、彼が僕を倒す理由はない。

 僕を引き入れたいと思っているくらい、彼は僕を評価している。出来ることなら僕を仲間にしたいという彼の言葉に、嘘偽りはないだろう。

 ただ、僕はこんな卑劣な集団に手を貸す気は毛頭ない。僕が自身の思いを、バリーの故郷であるこのフェームを救うことを実現するには、彼を何らかの形で屈服させなければならない。

 僕は距離を取り、次の一手をどうするべきか、少しの間考えた。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第58話

アルサヒネ歴 八六六年二月一二日
月村蒼一は異世界で頂点に挑む

「どうした? かかってこないのか?」

 グランさんは構えを解き、両手に持つ短剣をブラりと下ろした。

「そっちこそ、守ってばかりで俺を倒す気はないんですか?」

 一方の僕は警戒を解くことなく、重心を低くし、構えを崩さずにいた。

「そりゃあそうだ。さっきも言った通り、オレはお前を評価している。出来ることなら仲間に入れてやりたいという思いは変わらんよ」

「そうですか。では、この街から手を引くということについては、いかがです?」

「それは無いね。理念ってもんは、そう簡単に変わらんさ」

 グランさんの表情は、笑顔だった。

 そこから、彼の絶対的な自信と余裕を窺わせる。

 彼はただの強欲な悪党ではない。合理的に考える冷静さを兼ね備えている。彼がかつて英雄と呼ばれていた所以が、わかった気がした。

 恐らく、彼は僕が本気を出すのを待っている。一対一の闘いにおいて、いや、どんな事項においてもそうだと思うが、重要なのは『情報』である。

 相手がどれ程の強さなのか、どういった技を持っているのか、それを分かった上で、攻撃方法を組み立てていくことが闘いの基本だと、僕はこれまでの経験で感じていたし、ハプスさんを始め、諸先輩の方々が教えてくれた。

 つまり、手の内を先に見せてしまうことは、圧倒的に不利な状況に晒される。タイマン勝負というのは、受け身でいる方が有利であることが多い。相手を倒そう、倒そうと思うほど、仕掛けた側は手の内を見せることになり、受けた側はその後の作戦を組み立て易くなる。圧倒的に力量差がある場合は別だが、拮抗した相手と闘う場合、その傾向は顕著となる。

「そうですか。ただ、そうやって富を追い求めた先にあるものは何なんですかね? 俺は生きるだけで十分幸せだと思う方が、大事だと思いますけど」

「それはな、お前が幸せな環境で育ったからだよ。生きることが当たり前だなんて、世の中そんなに甘くはない。お前が独り立ちするようになれば、その内わかってくるだろうよ」

 グランさんは悟っているかのように、僕の問い掛けに対して持論を展開した。やはり、彼を言葉だけで説得するのは、なかなか厳しいものがある。

「なるほど。たしかに俺はまだ、子供ですしね。ただ、そんなギスギスした世の中を変えたいって夢見るのもいいんじゃないですか? そういうことが出来るのって、今だけだと思うし」

「ふん、いいよな、ガキんちょは気楽で」

 グランさんが吐き捨てるように言うと、僕らは沈黙した。

 その無言の空間は、精神的な体力を削り取るには、十分な重々しさを含んでいた。

「こんなボーッとしてていいんですか? ここに来るまで、あなたの配下の方々と会ってきましたけど、手を合わせた感じ、ウチらのクエスターだったら、全滅させるのは余裕ですよ」

「かもしれねえな」

 僕はその空気に耐えかねて脅してみたが、彼は全く動じることは無かった。

 何か、彼を突き動かすものはないか。僕はしばらく頭を巡らせた。

「じゃあ、俺もあなたの最初の質問に答えるべきですね。たくさん喋ってもらったし、少しは俺のことも知ってもらわないと」

「そうかい。まあ、勝手にすればいいさ」

「そう言わずに聞いてくださいよ。俺って実は、精霊の使いなんですよ」

「何だと⋯⋯?」

 精霊の使いという言葉を含めた僕の声に、若干だが、グランさんの顔つきが変わったように見えた。

「この国の精霊であるサフィローネによって、異世界から連れてこられた存在。この世界を救うべく、精霊の命を受けて降り立ったわけです」

「ふん⋯⋯何を言い出すかと思えば、そんなデタラメを」

「まあ、証拠を見せろと言われても困りますけど、強いて言うなら、俺みたいな一七歳のガキんちょが、こうしてあなたと互角に渡り合うなんて、異常なことではありませんか?」

 僕の冷静な口調に対し、グランさんは鋭い目付きを浴びせてきた。何となくだが、彼の警戒心を高めることが出来たように思える。

「あなた達、若しくはこの国の横暴な振る舞いに、我が主であるサフィローネも、目に余るものと思っていたんでしょうね。そこで、俺みたいな存在を浮世に寄越し、歪んだ世を元に戻そうと思ったわけです」

 半分くらいはハッタリだが、グランさんを惑わせるには十分効果があったようだ。彼の表情から余裕の笑顔が消えていた。

「欲深き者には粛清を。俺はそう言われて、この地に降り立ちました。なぜこのタイミングで、ハプス派があなた達の殲滅に乗り出したのかと問われれば、精霊の使いとしての俺の力が整い始めたからです」

 僕の発し続ける言葉に、グランさんは俯いていた。

「強者が弱者を支配する、これをあなたは摂理と仰いましたが、確かにその通り。そしてまた、強者の欲は際限がなく、彼らは膨れ上がった欲に押し潰され、自らを破滅に追い込むのも摂理。いわば、あなたが目指しているものは、他でもない、負の摂理なんですよ」

 グランさんは再び、鋭い眼光を向けてきた。

「そりゃあ、俺だって贅沢したいですよ。ただ、我が主はそれを負の摂理だと言うんです。この世を司る精霊がそう言うんだから、その通りにするのが賢い生き方だと、思いません?」

 僕はサフィーさんの存在を良い様に使い、それらしい話をでっち上げた。虎の威を借る狐になった気分で、多少、情けない気持ちに陥るのはやむを得ない。

「⋯⋯なるほど。つまりオレがお前を倒すことが出来れば、オレは精霊の意思さえも超越したことが証明されるわけだな⋯⋯!」

 グランさんは怒気を孕んだように言葉を紡ぐと、全身からマナと思しき光を大量に発生させた。

 すると、彼の持つ短剣に変化が現れた。

 右手の剣は炎を纏い、左手の剣には電流が走っていた。

「オレは武器を通じて超常現象を引き起こす、言わば『魔法剣』の使い手。この技を持って、オレは一時クエスターの頂点に立ち、英雄の名を欲しいままにした」

 グランさんの放つ圧力に、僕は少し押され気味になっていた。

「正直、お前が精霊の使いかどうかなんて、どうでも良い。そんな子供騙しのような話でもって、このオレに説教を垂れるお前の言動が⋯⋯」

 次の瞬間、グランさんは大きく目を見開き、僕を見てきた。

「実に気に障るっ!」

 グランさんは、僕に向かって突進し、僕はあっという間に懐に入られた。

「ぐあっ!」

 すると、僕の胸元から腹回りにかけて、異様な痛みが走った。

 尋常でない速さで、グランさんから攻撃を受けたのは間違いない。

 身体が焼かれ、

 痺れを起こし、

 そして、斬られる⋯⋯

 そんな三つの痛みを、同時に味わわされた。

 僕はグランさんの攻撃に怯み、身体を後退させるも、彼はその手を緩めることなく、再び距離を詰めてきた。

「大人しく聞いてりゃ調子に乗りやがって。オレはそんなに気の長い方じゃねえんだよ!」

「うああああっ!」

 グランさんの一撃は僕の胸元を斬り裂くと同時に、爆発を起こした。

 僕の身体はその勢いで広々とした部屋の端まで吹き飛ばされた。壁に激突し、地面に叩きつけられた僕は、うつ伏せになって倒れた。

「ぐうううっ⋯⋯斬られると同時に爆発なんて⋯⋯これが、英雄と呼ばれたクエスターの力⋯⋯」

 僕は何とか体を起こすも、脚が震え、身体が言うことを聞かないでいた。正面を見ると、グランさんが歩きながら僕に近付いて来ていた。

「離れてりゃ安心だと思うなよ」

 グランさんは、離れた位置で短剣を振るった。

「いてっ!」

 すると、僕の二の腕のあたりから、斬られたような痛みが走った。

「オレもお前と同じく、飛び道具くらい使えるんだわ」

 再び彼は短剣を振るった。

 今度は幾度か連続で、その動作を見せた。

「うがあっ!」

 僕は身体の至る所に走る激痛に、叫び声をあげた。

 彼の放った技は何だろうか。

 ダメージの元となる存在が、目に見えないのは確かである。

「オイオイ、ボケっとしてたら蜂の巣になるぜ」

「!?」

 僕は咄嗟に盾を構えた。

「うぐっ⋯⋯!」

 お留守になっていた脚元の複数箇所に、激痛が走った。

 恐らく、彼が剣を振るうことで、リスヴァーグと同じような剣圧が放たれている。だが、放たれた直後の物質的な現象が全く見られない為、リスヴァーグに比べると大分タチが悪い。

 このままでは彼の言う通り、見えない斬撃によって僕は斬り刻まれてしまう。

 僕は痛む身体に鞭を打ち、グランさんに接近した。

 そして再び、短剣同士が絡み合う音がこだまする。

「何だ? だいぶ効いちまったか? 動きが鈍ってるぜ、精霊の使いさんよっ!」

 グランさんは悠々と僕の攻撃を捌き、僅かな隙を突いては僕にダメージをジワジワと加えていた。手数は明らかに僕の方が多いのだが、彼へのダメージはほぼ皆無。

 僕は少しずつ、劣勢に立たされていった。

 

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