第59話 情状酌量の余地

 かつては栄華を誇る国の英雄でありながら、今はアウトローに手を染め、とある武装集団を率いて非道な行為を繰り返す男がいた。

 その名を、グラン・シュヴァリエ。

 そんな彼は、今この瞬間、実に心湧き上がるひとときを過ごしていた。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第59話

アルサヒネ歴 八六六年二月一二日
元英雄は抵抗勢力と対峙する

 その秀でた戦闘力のあまり、この世界に彼とまともに勝負できる者は、皆無に等しかった。そんな彼は今、自らの実力に迫ろうかという者と剣を交えている。好戦的な彼にとって、強い者と闘えることは一つの喜びでもあった。

 グランと相見えているのは、自らを精霊の使いと称す少年であった。恐らく一六歳前後だと思われるその少年は、その歳にしては異様なほど高い戦闘能力を誇り、グランに奥の手とされる『魔法剣』を披露させた。

 グランがその秘技を戦闘で見せたのは、実に遠い過去の話である。それを受けた相手は、確実にこの世から亡き者と化していったが、彼と対峙する少年は、それを何度受けても立ち上がってきていた。

 グランは、そんな強い相手と闘えていることに、喜びを感じていることは間違いないが、若干の焦りも感じていた。自身の勝利は揺るがないものと思ってはいるが、どうにもその少年の得体が知れず、グランは疑念を拭えずにいた。

「オレにこの技を出させるだけでも大したモンだが、これだけ喰らっても立ち上がってくるとはな。お前のタフさだけは、最高レベルに賞賛してやるぜ」

 フラフラになりながらも立ち続ける少年に、グランは余裕の笑みを浮かべて言った。

「⋯⋯そいつはどうも」

 返答する少年の目は生き生きとしており、闘う意志表示は十分に感じられるものであった。

「ちっ⋯⋯お前はそれしか言えないのかよっ!」

 グランは少年の懐に飛び込み、まずは左手に持つ炎を纏った短剣で彼を斬り裂くと、続いて利き腕である右手の短剣を振り上げた。すると、とてつもない爆発が発生し、少年は炎上しながら宙に高々と舞い上がった。

 少年は受け身を取ることなく、背中から地面に叩きつけられた。そして彼は目を瞑ったまま、しばらくその身体を動かすことは無かった。

「しまった、勢い余って殺しちまったか」

 グランは少年の側に歩み寄り、彼の身体を見下ろした。

「⋯⋯あいててて。そんなに簡単に死にませんから、安心して下さいよ」

「!?」

 少年は目を開け、重そうに腰を上げた。

「本当にしつこいガキだな⋯⋯!」

 立ち上がる少年の姿を見て、グランは再び構えをとった。

「やっぱり、俺を殺すのは惜しいんですか?」

 少年は脚を震わせながら立つも、その顔には笑みがあった。

「何⋯⋯?」

 グランの顔は少し強張っていた。

「それとも、さすがに元英雄と呼ばれるだけあって、無下に命を取ろうとはしない良心が働くわけですか?」

「クソガキが⋯⋯黙れや!」

 グランは再び少年を斬りつけた。右手を振り抜いたグランの太刀筋は、彼の上半身の大部分を斬り裂き、先程よりも激しい爆発が生じた。

 少年は爆発によって吹き飛ばされ、部屋の壁に激突し、地面に倒れ込んだ。

 少年はそのまま、うつ伏せになったまま、動かずにいた。

「全く不愉快なガキだぜ⋯⋯」

 グランは地に伏せる少年の姿を、しばらく眺めていた。

「本当は生かして手下に引き込みたいところだったが、あの若さであれだけの強さ。将来、裏切られでもしたら、それはそれで大変なリスクだ。危険な芽は早めに摘んでおいたということで、良しとするか」

 彼はブツブツと呟きながら、部屋の入り口の方を向いた。

「さて⋯⋯下の奴らの加勢にでも行ってやるか」

 グランは部屋を出ようと、歩き出した。

「⋯⋯ちょっとひどいなあ。置いてかないで下さいよ⋯⋯」

「!?」

 グランは掠れた声を耳にすると、それが聞こえた方へ振り向いた。そこには、覚束ない足取りで前へと進む少年の姿があった。

「こいつは⋯⋯俺を置いてけぼりにしようとした罰です!」

 少年は持っていた短剣を振るった。

 すると、一筋の光がグランの方へ向かっていく。

「ぐううっ!」

 グランは短剣を重ね合わせ、少年が放った光を防いだ。彼はその後、少年の方を睨み付けた。

「まだそんな力があったとはな」

 グランは淡々と声を発し、少年に近付いていった。

「グランさん、やっぱり俺にはどうしても解せないことがあるんですよ」

「ああ?」

 グランの声は、あからさまに苛つきを含んでいた。

「英雄と呼ばれるだけあって、あなたはきっと国民から慕われた存在だったんでしょう? あなたは元々、己の欲望に溺れる外道な人間ではなかったと思うんです」

 少年は先程までの掠れ声が嘘のように、実に明快な口調で喋っていた。

 一方、それを聞いていたグランは、相変わらず少年を睨み付けながら、一歩一歩前へと進んでいた。

「グランさんが今みたいな考え方を持つようになったのは、何がきっかけだったんですか?」

 少年に問われたグランは、歩みを止め、その場で立ち止まった。

「お前がそれを知って何になる?」

 グランはそう答えると、短剣を前に構え、臨戦態勢を整えていた。

「ああ⋯⋯というのはですね、その返答次第で、あなたへの処罰を決めようかと思って」

「処罰だと⋯⋯?」

 グランは怒気を強めた声を発した。

「くははははっ⋯⋯何を言い出すのかと思えば⋯⋯まったく」

 彼が呆れたような笑い声を発した次の瞬間、

「どこまで人をイラつかせれば気が済むんだ!」

 グランは叫び声を上げ、少年に猛スピードで向かっていった。

 彼は燃え盛る炎を纏った短剣を少年に向かって振るったが、少年はその斬撃をいとも簡単に受け止めた。

「何っ!?」

 その後、グランは次々と攻撃を繰り出すが、少年はそれらを全て捌いていった。

「どうやら、あなたの本気はこれくらいと見て間違いなさそうですね」

「ああっ!?」

「さっき俺が吹っ飛ばされた一撃に比べて、圧力も速さも変わらない。それだけムキになりながら繰り出す一撃が、さっきと変わらないということは⋯⋯」

 少年はグランの攻撃を受け止めつつ、冷静に語っていた。

「あなたの底が見えた⋯⋯というわけですっ!」

「ぐあああっ!」

 少年の放った斬撃が、グランの腹部を襲い、彼の悶える叫び声が木霊した。

 グランは攻撃を受けた部分を手で押さえ、膝を付いた。

「ふうっ⋯⋯まあ、どっちにしろ、この街の住民から非道な搾取をするような人は、それなりの罰を受けてもらうつもりなんですけどね」

 少年は蹲るグランを見下ろした。

「あなたが外道に走るきっかけを語らない以上、俺も情状酌量のさじ加減を調整できませんので⋯⋯」

 そう言うと、少年はグランから数メートルばかりの距離を取った。

「俺の新技の実験台になって頂きましょう!」

 少年は短剣の刃先を下向きに構えた。

「な、何をするつもりだ⋯⋯!?」

 グランは顔を歪めつつ、少年に向かって声を絞り出した。

「実戦でこれを使うのは初めてなんで、やり過ぎたら謝りますっ!」

 少年は叫び声を上げ、高く飛び上がった。

「私欲に飲まれし御心みこころ、この地に沈め!」

 仰々しい台詞を放つ少年は、重力によって下降する力を利用し、短剣をグランの足下の地面に思い切り突き刺した。

高貴なる金剛石ノブレス・ダイヤモンド!」

 技名と思われる言葉が、少年の口から発せられた。

 地面に突き刺された短剣の刃先に、白い光が凝縮される。

 そして、凄絶な爆発が起こった。

 

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