第60話 忍び寄る巨大な影

 かつて、国内最大の商業都市であったフェーム。

 それを制圧した、武装集団のラクティ。

 その悪事を挫かんとする、ハプス派クエスター達。

 両軍の壮絶な戦闘が、フェームにおいて繰り広げていた。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第60話

アルサヒネ歴 八六六年二月一二日
ハプス派は武装集団の駆逐に挑む

 その戦況は、人員は少ないものの、各人の質に勝るハプス派クエスター達が、終始押し気味に戦いを進めていた。戦地において、倒れ込むラクティ構成員の数が、目立ち始めてきた。

 街の中心に、ラクティの居城とされる一際大きな建造物がある。

 その入り口付近において、他とは一線を画す凄絶極まる戦いが展開されていたが、それにも一幕が降りようとしていた。

「こいつで終わりだーっ! こんちくしょおぉぉぉ!」

 ハプス派クエスターが一人、グラシュー。派閥でも五本の指に入る実力の持ち主。

 彼女の甲高く威勢の良い声が響き渡った。彼女が短剣を振るうことで放たれた白い光は、彼女の相手をしている顔立ちの整った剣士に直撃した。

「ぐぅあああああっ!」

 その剣士の身体は吹き飛び、建造物の壁に激突した。彼の身体は微かに動いていたものの、立ち上がることはなかった。彼の他にも、ラクティの構成員と思しき三名が、倒れ込んでいた。

 今、その場で立っているのは、先ほど剣士を倒したグラシューと、ハプス派の副リーダー的な立ち位置にいるリチャードであった。これはつまり、彼らがその場におけるラクティ構成員達との抗争に、勝利したことを意味する。

「よっしゃーっ! ぶっ倒しましたよ、リチャードさんっ!」

「お疲れさん。やはり腕を上げたな、グラシュー」

「へへーん! そうでしょ?」

 グラシューは腰に手を当て、胸を張るポーズを見せた。

「さて、この場は片付いたな。ハプス達の加勢に行くか⋯⋯いや、他の仲間も気になるところだな」

「ですね〜、二手に分かれますか!」

「それが良さそうだな」

 リチャードはグラシューの提案に首を縦に振ると、彼はその場に歩いてくる一つの大きな人影を確認していた。

 その人影が、二人の目の前にその姿を鮮明に現した。

 二メートルは軽々と越えよう、雄大な立ち姿。

 リチャードはその姿を見て、驚愕の表情を見せた。

「お前は⋯⋯ゴルシ!?」

 彼は目の前の大男を目にして、端無くその名を叫んだ。

「げっ! 何でここに⋯⋯!?」

 同じく驚愕の声を上げるグラシューの身体は、一歩一歩、後ずさっていた。

 その場に現れたゴルシという名の男は、巨大な鉄製のハンマーを携え、二人を見下ろしていた。

「何だ何だ? やられちまってるじゃねえか。情けねえ奴らだぜ」

 周囲に倒れ込むラクティの構成員達を見て、ゴルシは落胆の声を発した。

「貴様⋯⋯ここへ何の用だ!?」

 リチャードはゴルシに向かい、声を荒げて問い質した。

「ああん? まあ、ちょっと運動がてら、お前らをぶっ潰そうと思ってな」

「ぶ、ぶっ潰す⋯⋯?」

 ゴルシのその台詞に、グラシューは声を震わせていた。

「お前らが消耗してるところを、このオレがトドメを刺してやろうと思ってたんだが、お前らはなかなか頑張ってるみたいでな。あっちの方にいるお前らの仲間がたくさん残ってて、片付けるのにけっこう苦労したぜ」

「片付けただと!?」

 リチャードはさらに声量を上げ、低く体勢を身構えた。

「オレがお前らを直接ぶっ潰したら、他の国から倫理違反ってことで、キャリダットは世界から孤立しちまうわけよ。ただ、評判の悪いラクティに潰されたってことにすれば、咎められることもないわけだな」

「な、何それ⋯⋯モラレ村の時といっしょじゃん!」

 ゴルシの説明に、グラシューは怒気を孕ませて叫んだ。

「貴様⋯⋯何て卑怯な!」

 リチャードはゴルシを睨み付け、秘めた怒りを爆発させるよう、言い放った。

「卑怯ねえ。そうかもしんねえが、オレも早くお前らとの抗争なんて、やめたいわけよ。仲良く自由な競争社会を築こうってのが、本音でな。それだったらオレも、こんなハイエナみたいなマネはしねえさ」

「自由な競争社会だと⋯⋯? バカな! それを目指しているこの国で、何が起こっているかわかっているのか? 社会的弱者の餓死が増え、利益を求めた紛争が絶えない⋯⋯そんな惨状受け入れろというのか!?」

 強く言い返すリチャードの言葉を聞いて、ゴルシは目を瞑ってため息をついた。

「はあ⋯⋯毎度思うがその思考回路、どうかしてねえか? まあいい、結局口で言っても伝わらねえ連中なのは、百も承知だ」

 ゴルシは巨大なハンマーを掲げた。

「ここをお前らの墓場にしてやる。感謝しな。土葬だか火葬だかは、選ばせてやるからよ」

 一歩一歩近付いてくるゴルシを見て、リチャードはグラシューの前に庇うように立った。

「グラシュー、お前はハプス達のところへ行け! ゴルシが来たことを奴らに伝えるんだ!」

「え⋯⋯だってリチャードさんは?」

「オレのことはいい! コイツを止めるならソーイチとハプスを交えて戦うしかない!」

「で、でもっ! 二人が無事じゃなかったら⋯⋯!」

「お前には、まだ将来さきがある。少なくとも、大きな可能性を秘めたお前を、ここで失うわけにはいかない。いいから行け!」

「う⋯⋯」

 リチャードの激しい形相に圧し負けたグラシューは、ラクティのアジトへと走って行った。

「ほお、さすがはクエスターランク五位、そして、ハプス派の副リーダーであるリチャード・スアヴといったところか。未来ある若手の為に犠牲になろうとは、出来た人間だねえ」

「ふん⋯⋯そう簡単に俺を倒せると思うなよ!」

 リチャードは、ゴルシに向かって駆け出して行った。

 そして、彼を迎え撃とうと構えるゴルシの表情には、実に余裕があった。

 

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