第61話 精霊の使いの悟り

 僕が精霊の使いという立場を利用し、グランさんの思想を否定するような言葉をかけると、その感情が刺激されたのか、彼は頑なに閉ざしていた手の内を見せ始めた。

 彼は『魔法剣』という引き出しを見せた。たしかにそれは、英雄が使うに恥じない威力があったが、世界を御する精霊の手の者を倒すに及ばなかった。

 僕は攻撃を受けているように見せかけ、インパクトの瞬間にマナを急激に高め、身体を固めていた。防御の態勢をとらずとも、致命傷にならない程度の威力だということが露呈した時点で、僕の優位は確定した。

 僕との心理戦に敗れ、彼が焦らされて先に仕掛けた時点で、勝負は付いていたのかもしれない。

 僕はグランさんの本気を測ると、一気に勝負を決めることにした。

 この日の為に、僕は新技を開発していた。

 その名も『高貴なる金剛石ノブレス・ダイヤモンド』。

 僕のネーミングセンスに欠如している点は、ご容赦願いたい。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第61話

アルサヒネ歴 八六六年二月一二日
月村蒼一は異世界で頂点に挑む

 ⋯⋯兎にも角にも、

 この技は、飛び上がって下降した勢いで剣を地面に突き刺し、その衝撃と剣に込められたマナによって、広範囲の爆発を起こす。どちらかといえば、雑魚敵を一掃する技として開発を進めていたが、仲間達がラクティの下っ端の人達との戦いを買って出てくれた為、お披露目する機会を逸していた。

 タイマン勝負のフィニッシュブローとしては、本気のリスヴァーグが適当なのだが、せっかくこの日の為に開発したこの技を、懐に眠らせておくのも忍びないので、最後の最後で放ってみることを決めた。

 出来るだけ広範囲の爆発を起こすよう、鍛錬していたが、相手は一人。ぶっつけ本番になるが、狭い範囲で猛烈な衝撃を与えられるよう、練習とは違うイメージをもって放ってみた。

 すると、予想以上の爆発が剣先から発生し、込み上げてきた爆煙は部屋中に充満していた。技を放った僕自身も、目を開けるのに苦労するほどであった。

 どうやら、タイマン勝負のフィニッシュブローとしても、新技は良い効果を発揮したようである。

 しかしそれより、技を喰らったグランさんの様子が心配である。予想以上の威力であった為、いくら元英雄とはいえ、無事かどうかは疑わしい。

 煙が収まってくると、グランさんの姿が見えてきた。彼が短剣を手放し、大の字になって倒れているのを確認できた。

 僕は彼に歩み寄り、その安否を確認した。

「やべ⋯⋯やりすぎちゃったかな⋯⋯」

 僕は不安げな声を発した。

 脈を確認しようと、グランさんの手を取ろうしたその時⋯⋯、

「うぅ⋯⋯」

 グランさんは声を発し、僅かにその身体が動き出した。

「よかった、さすがは元英雄」

 僕は顔を歪ませるグランさんの顔に、焦点を合わせた。彼もまた、僕の顔を見てきた。

「くそ⋯⋯この化け物が⋯⋯」

 グランさんは、絞り出すように声を発した。

「ああ⋯⋯それ、よく言われます。特に同い年のお喋りな同僚の女子に」

 僕は、頭を掻きながら答えた。

「精霊の使いか⋯⋯どうやら嘘じゃなさそうだな。世界はオレの考え方を認めないということか」

 彼は僕から目線を逸らし、天井を見上げていた。

「信じてもらえて幸いです。あと、これも信じてもらえるかどうか、分からない話なんですがね⋯⋯」

 僕は膝をつき、変わらず彼の顔を見ながら、語り続ける。

「俺の生まれた世界では、あなたのような考え方が正義でした。みんながそんな考えを持って富を得ようとし、この世界に比べて文明も格段に発展していました」

 僕が真剣な口調で説明すると、グランさんは再び僕の顔を見てきた。その表情から、興味あり気な様子が窺えた。

「例えばですね、手のひらサイズの鉄の板のような機械を世界中の人が持っていて、それがあればマナなんか無くても、世界中の人と話ができるし、世界で起こっているありとあらゆる情報を手に入れることが出来るんです。ああ、そういえば今持ってたかな、スマホ⋯⋯」

 僕は懐やらポケットやらを探り出した。

「スマホ⋯⋯?」

 グランさんから不思議そうに呟く声が聞こえた。

 僕はスマホを持ち歩いていないか、微かに期待していたが、さすがにその『依存症』は四カ月の時を経て回復していたようだ。この世界に来た当初は、癖が染み付いていたのか、なぜか懐にスマホを持っていた時があったのだが。

「ああ、さすがに無かった。まあ、電波が無けりゃただの鉄の塊だしな⋯⋯。あと、ウチらはシンセーロからここまで一日近くかけて馬車で来ましたけど、俺の生まれた世界の文明なら、おそらく半日足らずで来られるでしょうね」

「⋯⋯何がいいたい? オレの考えが浸透した結果、文明に優れた世界が待っているという話にしか聞こえんのだが」

 グランさんは鋭い目付きで僕を見て、小声で問い掛けてきた。

「うーん、何て言うんですかね。富とか利益って、際限の無いものだなって思うんです。その快感を得る為に、次から次へと求めざるを得ない。欲しがるが故にその結果、己を破滅に導くみたいな結果も多くあったみたいですし」

 僕は首を傾げながら、思いつく限りの考えを述べた。

「この世界に比べれば、争いも絶えない世の中でしたしね。朝起きたら、何かと戦争やら紛争だなんて話題が持ち上がってるし。そんな世界に嫌気がさしていたから、俺はこの世界の居心地がいいと感じてるのかもしれないですね」

 僕が言い終えると、グランさんはまた天井を見上げ、沈黙した。彼が何を考えているか分からないが、頭の中を整理しているのは間違いなさそうであった。

「あの、グランさん。俺、どうしても気になることがあるんです」

 立て続けに僕は喋り、グランさんに質問を投げ掛けると、彼は萎れた目でこちらを見てきた。

「あなたが我欲の赴くままに生きようと思ったきっかけ、教えてくれませんか?」

 僕は実直な雰囲気を伴って問うと、グランさんは溜息交じりに、僕から目を逸らした。

「まったく⋯⋯お前はまたそれか⋯⋯」

 彼は呆れ顔で呟いた。

「すみません⋯⋯。無理にとは言いませんので」

 僕が申し訳なさそうに言うと、しばらくその場が沈黙した。

 グランさんは仰向けになったまま、天井のどこか一点を見つめていた。

「人間なんてのはな、ワガママな生き物なんだよ」

 彼はふと、意味深な言葉を吐き、静寂を打ち破った。

「⋯⋯俺も、そう思います」

 僕は大人しめな口調で答えた。

「英雄と呼ばれていた頃のオレに、挫折や失敗などという言葉は無かった。どんな案件だろうが、確実に成功させていた。オレの実力からすれば、全てのことが簡単に思えた」

「それは、すごく分かります」

「ふん⋯⋯お前に言われたら、嫌味にしか聞こえんわ」

「す、すみません⋯⋯」

「⋯⋯まあいい。オレをこうしてぶっ倒した褒美に、聞かせてやる。とにかく、そんな怖いもの知らずのオレだったが、ある化け物の集団に襲われている村を救えって案件で、凡ミスを犯してな」

「凡ミス⋯⋯ですか」

「不注意で取り逃がした化け物の一匹が、村を襲い、小さな娘の命が奪われた」

「それはなんとも⋯⋯」

 僕は思わず、憐れみの声を発した。

 グランさんは相変わらず天井を見つめ、語り続ける。

「オレは遺族やら村民、または国民からも批判を受けた。ただ、オレがいなけりゃ、その村は確実に壊滅していた。英雄とされるオレでなければ、太刀打ちできないくらい、その化け物共は手強かった」

「え⋯⋯」

「そのオレが拠点としていた『シャテン』⋯⋯、オレにとって、今は名前を聞くだけでも吐き気がする国の名前だが、そこでは、オレの存在が当たり前になっていてな」

「存在が当たり前⋯⋯?」

「オレがいればどんな脅威からも守られる、グランはこの国を守って当たり前、そんな考えが国民に根付いていた気がする」

 グランさんの遣る瀬無い目は、僕を硬直させた。

 彼のどうしようもない怒りや悲しみやらが、伝わってくる。

「オレはちょっとの失敗も許されない立場になっていたことに、その時初めて気づいたよ。自分の力を調子に乗ってひけらかし、名声を得続けた罰って話かもしれねえが」

 淡々と語る彼の言葉を前にし、僕は何も言えずにいた。

「まあ、どっちにしろ、オレはやってられなくなってな。都合よく扱われる『英雄』である自分自身に。その一件以降、オレは自分の受ける案件対し、高額な報酬を求め始めた。そして、贅の限りを尽くした。その後は、さっきお前に言った通りだ。批判を一手に浴びたオレは国を追放され、原始人みてえな生活から這い上がり、今に至る」

 グランさんは、僕の方を見た。

「強者は弱者を支配するのは負の摂理と、お前は言ってたが、オレを道具のように見ていたシャテンの奴らはどうなんだ? 実質、オレは奴らに支配されていた。何があってもグランが助けてくれるとかいう、身勝手な思いに。負の摂理とやらで滅ぶ道にあるのは、そんな脅威でもって、オレの心を締め付けたシャテンとかいう大国だと思うんだが」

 徐々に、グランさんの目付きが鋭くなっていく。

「精霊の使いさんは、どう思うよ?」

 問い掛ける彼の表情はしたり顔で、仄かに笑っていた。

「⋯⋯あなた立場は、身に染みて分かりました。あなたの祖国は、滅んで然るべきかもしれません」

 俯きながら、僕は語り続ける。

「しかし、あなたの言う『名声を得続けた』ということが全てだと、俺は思います。己の力を誇示し、讃えられることは、人々に対し『甘え』を植えつけた。その『甘え』こそ、あなたをどんな時でも頼っていい存在へと、昇華させたのではないでしょうか」

「⋯⋯なるほどな」

 グランさんは呟くと、再び僕から顔を逸らした。

 彼は天井を見上げ、さらに口を開く。

「結局、オレ自身の欲深さが招いた災難というわけか。精霊の使い様は、厳しいことを言うねえ」

「ええ。容赦はしませんよ。ただ、グランさん、俺はもう一度、あなたに英雄と呼ばれた頃のご自身へと、戻って欲しい。世の平穏を保つ為のクエスター像を今一度貫けば、祖国の人々もあなたを見直すかもしれませんし、世界はあなたの力を必要としていることに、間違いありません」

 僕は真摯に言葉を重ねて提案するも、グランさんは嘲笑うかのような表情を見せた。

「さあ⋯⋯どうかね。ご察しの通り、オレは実に心の弱い人間だからねえ」

 僕に打ちのめされて倒れる彼だが、妙に勝ち誇った態度で語っていた。そんな彼を見て、僕は胸騒ぎを覚え始めた。

 

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