第65話 費やされた時間

 僕は馬車に揺られ、また綺麗に舗装された道を歩き、キャリダットの城へと案内された。

 僕は兵士達のされるがままについて行くと、王の間らしき部屋に到着した。五、六段程の段差の上に備えられた奢侈な椅子に、煌びやかな衣装を着た中年の男性が腰掛けていた。

「陛下、ソーイチ殿をお連れ致しました」

「ご苦労」

 兵士を労った王と思しき男性は、椅子から立ち上がって僕の顔を見た。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第65話

アルサヒネ歴 八六六年二月一七日
月村蒼一は異世界で頂点に挑む

「よくぞ参った。我こそがキャリダットの王、ノビルタである」

 王は僕を見下ろし、堂々とその名を名乗った。

「あ⋯⋯どうも、はじめまして」

 僕は頭を掻きながら、飄々と挨拶をした。

「おい、その者! 王の御前であるぞ! それに相応しき言動を心掛けよ!」

 後ろから諫言する声が聞こえ、僕は振り向いた。

「す、すいません⋯⋯えと、どうすればいいんだ? 育ちが悪いから、御作法的なものはどうも苦手で⋯⋯」

 僕は慣れない場に、慌てふためいた。

「まあよい。せっかくの客人に、無理な態度を強要するものではない」

「ははっ! ご無礼を!」

 僕を注意した兵士は深々と頭を下げ、歯切れの良い声で言った。

「ところでソーイチよ」

「は、はいっ!」

 僕は再び王の方を振り向き、叫ぶように返事をした。

「よくぞラクティからフェームを救ってくれた。何でもラクティの統括であるグランを直接屈服させたのは、御主だという話を聞いてな」

「は、はあ⋯⋯それは間違いないですが」

「クエスターデビューから驚異的なスピードで出世し、今やランクも三位と聞いている。シャテンの英雄だったグランを倒してしまうのだから、その地位に見合った実力を持っていることも、間違いなさそうだな」

 僕は王に謝辞を頂いているようだが、国はラクティがフェームから搾取した物を裏で納めているという話ではなかったか?

 彼の言動に、僕はひたすら違和感を覚えた。

「光栄でございます」

 僕は蟠りを抱きつつも、上っ面な台詞を吐いておいた。

「そこで、そなたの目覚ましい活躍に、何か褒美を与えんと思ってな」

「はあ⋯⋯それは有り難いお言葉ですが」

 笑顔を見せながら語る彼だが、ハプス派を厄介者と思っている国の王である。僕は何か裏があると思い、素直に嬉しい気持ちを表に出せなかった。

「ソーイチよ、私の息子になる気はないか?」

 王が何気なく放ったその言葉に、誰も反応を示さなかった。

 その場が一瞬、凍るように静まり返った。

「はいいいいいいっ!?」

 我に返った僕は、図らずも叫んだ。

 周りの兵士も動揺が隠せず、騒めきが起きていた。

「私の後継者として求める者は、とにかく強くて、賢き者。それであれば、どんな身分の者であれ、咎めはせん。私には若き五人の娘がいるが、そなたの目に留まった者を選ぶが良い。そして、そなたを婿として迎え入れようと存ずる」

「え、えっと⋯⋯」

「おい、姫達をここへ」

「ははーっ!」

 あまりの急な展開に狼狽する僕を尻目に、王は兵士たちに命令した。

 彼らも突然の展開だったのか、せわしなく動いているように見えた。

 しばらくすると、五人の若い女性達がこの部屋に入ってきた。年齢は、上は二五歳前後から、下は一五歳前後といったところか。とにかく皆、華麗なドレスを纏い、よくめかし込んでいた。

「どうだ? 皆、美しかろう? これほどの美女を一堂に会するのも、そうそう無かろう」

 たしかに、みんな綺麗で可愛らしいが⋯⋯、

 いや、そんな問題ではない。

 一世一代の判断を急に迫られ、僕としては困る一方である。

「いや⋯⋯その、ありがたいんですけど、僕⋯⋯まだやらなきゃいけないことがあるし、そんな、この年でまだ結婚なんて⋯⋯」

 僕は、歯切れの悪いテンポで答えた。

「むう、将来は一国の宰相になれるかもしれぬ、千載一遇の機会であるぞ? 迷うことがあるのか?」

 王は興奮気味に語り、僕を説得していた。

 しかし、僕は人の上に立つことに、全く興味が湧かない。

 それよりも何よりも、考えの合わないであろう男の後など、とても継ぐ気にはなれない。

「いや、そういうの苦手なんで⋯⋯。僕は、生きているだけで十分幸せですので」

 細々と答える僕の様子を見た王は、気持ちを落ち着かせるように息を吹き出し、再び玉座に腰を下ろした。

「なるほど⋯⋯御主に植え付けられたハプス派の触手は、根深いところまで侵攻してしまっているようだな」

「は⋯⋯触手?」

 僕は苛つきを覚えつつ、反応した。

「姫たちよ、下がってよいぞ。時間をもらって済まなかった」

 王がそう言うと、五人の女性たちは兵士に連れられ、部屋を後にした。

--こんなことの為に呼び出されたのか⋯⋯。何か可哀想だな。

 僕は憐れむような目で、彼女たちの後姿を追った。

「ところで今、キャリダットは隣国のフィレスと敵対関係にあることは、そなたも良く知っていることであろう」

「え? あ、ああ⋯⋯そうみたいですね」

 唐突に話題を変えてきた王の言葉に、僕は戸惑いながら、返事をした。

「我らはフィレスと敵対しているが、目指すべき道は同じなのだ。互いに争いつつ高みを目指し合う、言わばライバル関係を意図的に作り上げている」

「はあ⋯⋯」

「互いに目指すべき道とは、自由な競争社会。素質を備えた者、また努力を重ねた者には、相応の富を与えんとする理想郷である」

「理想郷⋯⋯ですか」

 僕は疑心暗鬼な目で、王を見つめた。

「城下の繁栄ぶりを見たであろう? 美しく高々と聳え立つ建造物の数々と、活気溢れる民の声。自由な競争社会が生み出したモデルとなる姿が、まさにそれというわけだ」

 僕は相変わらず睨み付けるような目で、王の顔を見ていた。

「世界には優れた知恵を持つ賢者、強大な力を持つ戦士がいるが、口惜しいことに、彼らの得る富は平凡な民と変わらず、同じ屋根の下で生活を送るも同然。それがこの世界の現実なのだ」

「⋯⋯陛下はそんな不公平な世界を変えたいと、仰るわけですね」

「その通りだ。まずはフィレスとの闘争、言わば友好闘技会に勝利し、フィレスを我が国の傘下に入れる。そうすることで、我が国が得る富は何倍にもなる。自由な競争社会をアルサヒネから、私はそのスローガンを元に、世界の理不尽な構造を変えようというわけだ」

「おお! さすがはノビルタ王!」

「その偉大なるお望み、いつ聞いても素晴らしい!」

 王が胸を張って語ると、周りにいた臣下や兵士達は、その言葉に湧き上がっていた。

 一方の僕は、冷ややかな目で王を見ていた。

「⋯⋯言っていることが、ラクティのリーダーと一緒ですね。そんな陛下が、ラクティ壊滅を喜ばしいと思われることに、矛盾を感じざるを得ないのですが」

「世界を説得するには、世界の倫理に即さねばならぬ。ラクティのやり方はあまりに強引で非人道的。真の理想郷とは、富だけではなく、倫理も兼ね備えたもの。野蛮なる集団と一緒にされては困る」

 それらしいことを言う王に、僕はさらに苛つきを覚えた。

 裏でラクティが搾取した利益を、国が徴収しているという話を聞いている僕は、恨めしい目で見ざるを得ない。その証拠があるものなら、それを世界に見せつけ、この国を貶めてやりたいと強く思う。

 僕は王の揺るぎ無い自信を秘めた瞳を、変わらず冷徹な眼差しを持って睨み付けた。

「⋯⋯それで、僕にそんな話をして何だっていうんですか? 僕は陛下の一族に婿入りするつもりは無いし、弱者を虐げ、紛争の絶えない競争社会なるものを肯定する気は、毛頭ありませんが。ご指摘の通り、僕はハプス派の『触手』に侵されてますので」

 僕が嫌味を込めて言うと、王は表情を変えずに喋りかけてくる。

「それについてはひとつ、大きな疑問があってな。そなたが精霊の使いという話を、風の噂で聞いたのだが、それは本当か?」

「⋯⋯陛下のお耳にまで入っていたというわけですか。ええ、証拠はないですけど、その通りです」

「ふむ、そなたのこれまでの偉業を思えば、それもあながち、単なるの噂ということも無かろう。それを本当だと仮定して、確認したいことがあるのだが」

 それを聞き、僕は悟ったように語り出す。

「陛下は恐らく、ひとつの矛盾を感じていらっしゃるのでしょう。我が主、サフィローネは強欲な者をクエスターとして認めた。それはつまり、精霊が陛下の仰る『競争社会』を承認したことに等しい。それにも関わらず、僕のような直属の部下とも言える存在が、競争を嫌うハプス派に力を貸しているのは何故かと」

「ほう、そこまで分かっているとはな」

「ええ、一度疑われたことがありますから」

 僕は冷たい眼を持って王を見て、ハプスさんとリチャードさんに迫られ、苦い思いをしたことを振り返っていた。

「ならば話は早い。私は精霊の真意を信じ、自身の思い、即ち、力ある者には富をという思想を実現してきたまで。ただ、それが間違いだったとなれば、私はこの世を牛耳る者を否定することになる。そなたには他でもない、その精霊の真意を尋ねたかったのだ」

 僕は彼の目を見て、一呼吸置いた。

 そして、嘲笑を見せて口を開く。

「⋯⋯陛下、それをお尋ねになるのは、あまりに愚かと存じ上げますが」

「貴様! 陛下に向かって何を申す!」

「少しは口を慎め!」

 僕は兵士達に詰め寄られ、彼らが持っていた槍を向けられた。

「⋯⋯陛下、僕がラクティのリーダーを倒した事実はご存知ですよね? あなた諸共、彼ら臣下の方々も同時に葬るのは、僕にとっては造作も無いことですが」

「き、貴様⋯⋯いい加減に⋯⋯!」

「その者達よ、彼は私の大事な客人と言ったであろう。それ以上の無礼は、重罪を与えかねんぞ」

 兵士達は王の方に目をやった。

「し、しかし陛下⋯⋯、この者はあまりにも⋯⋯!」

「私の声が聞こえなかったのか?」

 王の脅迫するようなその言葉を聞いた兵士達は、すぐさま僕から武器を遠ざけた。

「は、ははーっ! 失礼致しました!」

 兵士達は膝をつき、深々と頭を下げていた。

「ソーイチよ、度重なる我が臣下の無礼、失礼した」

「いえいえ」

「さて、御主が左様に私を愚弄する理由を、お聞かせ願おうか」

「ええ、陛下は大変強いお気持ちで、競争社会なるものを実現したいと、お見受け致しておりました。ならば、我が主の真意など関係なく、御自身の思いを貫ぬかれてはと存じ上げる次第。精霊のご機嫌を伺う程度のお気持ちで、そのような大志をお言葉にする陛下に失望し、先程の非礼に至ったわけであります」

 王は黙って僕の方を見ていた。

 格好付けた言い回しで僕は言ったが、要するに⋯⋯、

 この王は、サフィーさんにビビっているだけである。

 自由な競争社会を作りたいと大口を叩く割に、精霊の怒りに触れるのではなどと、この男は縮こまったことを言う。そんな彼に対し、僕は嘲笑うという選択に至るしか無かったわけである。

「正直なところ、僕もサフィローネ様の真意は掴みかねるところでして。何しろ配下の僕にでさえ、多くを語らない人ですから。僕が彼女から言われていることは、アルサヒネで一番強いことを示せ、ただこれだけです」

「一番強いことを示せ⋯⋯だと?」

「ええ、僕はそれに従うしかないので、それが何を意図しているかは、さっぱりなわけです。その結果、この国の未来がどうなるかなど、僕には分かりません。競争社会が促進され、人は富に溺れることを良しとするのか。それとも、以前のように全ての民が平等に、平穏に暮らすのを良しとするのか。僕個人としては、後者になることを願ってますがね」

 僕が堂々と言い終えると、王は俯いた。

「兎にも角にも、僕がハプス派に傾いていることに、サフィローネ様の意思は無いということです。繰り返しになりますが、陛下はそれをお気に留めることなく、御自身の理想実現に邁進されてはと、恐れながらご意見を申し上げる次第です」

「⋯⋯結論、そなたも精霊の真意は分からぬという答えで、よろしいか?」

 王は僅かに顔を上げ、睨み付けるように僕を見てきた。

「はい、左様で」

「そして、私の思想に傾倒することは、決してないと」

「仰せの通りです」

 僕は間髪入れずに答えた。

「そうか⋯⋯」

 再び彼は下を向くと、暫くの静寂が訪れた。

 考えの相入れない王との謁見。

 半ば強引に連れて来られることが決まった時点で、僕はこの場で有益な時間を過ごすことはないことを、覚悟していた。

 案の定、僕にとっては何の面白味もないお誘いと、明確な答えを出せない尋問に耐え忍ばねばならなかった。

 僕はとにかく、早くこの場から離れたかった。

「あの⋯⋯もういいですか? 友達との祝勝会の途中だったんで、早く戻らないと⋯⋯」

 王は不機嫌そうな顔で、僕を見た。

「ふん⋯⋯一国の王の誘いより、市井の友情を優先するとは、全く精霊の使いとは底が知れぬものよ」

「ええ、どうも貧乏人には、この高貴な雰囲気は合わなくて」

 僕は皮肉られたようだが、しっぺ返しをお見舞いするような台詞を吐いてやった。

「あくまでも我らを敵に回すというわけだな。国という巨大な組織を相手にするとは、もう少し頭の切れる奴だと思っていたが」

「その御言葉、そっくりそのままお返し致しましょう。精霊という人智を大きく超越した存在を敵に回すとは。一国を束ねる方でありながら、もう少しご賢明な思考をお持ちかと、存じ上げていたのですが」

 僕は嘲笑いながら語ると、王の顔はさらに険しくなった。

「⋯⋯その態度、高くつくぞ。いいだろう、そなたの気持ちしかと受け止めた。その愚蒙な思考を持ったこと、永遠に後悔することであろう」

「貴重なご助言、感謝申し上げます」

 僕はしたり顔で言うと、王の表情から明らかな苛つきを感じた。

 そんな彼を見て、僕は入り乱れる皮肉合戦に勝利したことを、確信した。

「貴重な時間をもらい、済まなかった。ところで、一ヶ月後の代表闘技会、そなたも出場するのであろう? 健闘を期待しているぞ」

「実に嬉しい限りでございます。ご期待に添えられるよう、精進いたします」

 僕は上辺だけの謝礼を述べて振り返り、兵士達の群れを掻き分け、部屋を後にした。

 実に不毛なひと時だったが、相対する者達は救いようのない愚者であることが、改めて分かった。それによって敵対心を燃やし、マナを高める要因が出来たのは収穫だった。

 あと一ヶ月弱、ひたすら己を高めることに集中しようと、僕は決意を固めた。

 

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