第66話 組み合わせ
キャリダットクエスターによる、代表闘技会。
年に一度のビッグイベントが日に日に近づく中、僕はひたすら鍛錬に励んでいた。
最早、僕を相手に出来るクエスターは、ハプス派に存在しない。
グラシューには稽古に付き合ってもらっているものの、それはマナを伴わない、純粋な短剣術勝負。凶悪なまでのゴルシさんの力を上回るには、小手先の短剣術だけでは、どうにもならない。
僕自身のマナの総量を高めることが、何よりも重要。
その為には、個人で鍛錬を重ねる他ない。
今日も限界までマナを引き出して疲弊し、ハプス派のアジトに戻ってきた僕は、椅子に座り込み、汗を拭っていた。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第66話
アルサヒネ歴 八六六年三月八日
月村蒼一は異世界で頂点に挑む
「お疲れ様、毎日精が出るわね」
息を切らす僕に対し、ハプスさんが声をかけてきてくれた。
「あ⋯⋯お疲れ様です。ありがとうございます」
僕は疲労に顔を歪めながらも、彼女に挨拶をした。
「闘技会の組み合わせ、出てるわね」
ハプスさんは、一枚ペラの紙を僕に見せてきた。
一回戦・第一試合
ゴルシ・ノリウッチ(一位)
VS
グラシュー・リィス(八位)
一回戦・第二試合
ソーイチ・ツキムラ(三位)
VS
ステルヴィ・ライン(六位)
一回戦・第三試合
ミルカ・カンターヴィレ(四位)
VS
リチャード・スアヴ(五位)
一回戦・第四試合
ハプス・ヒストリック(二位)
VS
ダルク・メルトル(七位)
「ソーイチは、準決勝でゴルシとあたるわね」
「なるほど。第一試合と第二試合の勝者が、やるわけですね」
僕がそう言った次の瞬間⋯⋯、
「ええーっ! 何これーっ!」
甲高い声が、アジトに響き渡った。
僕の近くに座っていたグラシューが、同じく一枚ペラの紙を見て叫んでいた。
「グラシュー、どうしたの?」
僕は食い入る様に紙を見つめるグラシューに、声をかけた。
「アタシ、いきなりゴルシと闘うことになってんだけど⋯⋯」
「ああ⋯⋯そういえばそうだね」
「最悪〜っ! せっかく晴れの代表闘技会デビューなのに! 何でいきなりあんなバケモノとやらなきゃいけないわけ~!?」
嘆くグラシューの側に、ハプスさんが歩み寄っていた。
「例年、組み合わせはランクに応じて、自動的に決まるからね。ランク上位の者同士が、一回戦でやり合うことがないように。出場クエスターの中でも、ランクの一番低いアンタがゴルシと闘うのは、残念ながら必然」
「ぐえぇぇ⋯⋯そういうこと?」
「強い相手に胸を借りられる良い機会だと思って、勉強してきなさい」
ハプスさんに諭されたグラシューは、天井を見上げ、しばらく黙り込んでいた。
「ご愁傷様です、師匠」
僕の揶揄うその声に反応した彼女は、こちらを向いてきた。
「お前、チョーウゼーわ。いっぺん死ぬ?」
「ゴルシさんの弱点を引き出せるよう、何卒お願いします」
おちゃらけながら頭を下げて僕は言うと、グラシューは大きく息を吹き出した。
「⋯⋯ふぅ、仕方ねっか。ここはバカ弟子の為にと思ってがんばるか。つっても、アイツの弱点は明白なんだけどね」
「えっ、そうなの?」
僕はグラシューの言葉に、軽く驚いた。
「まあ、その弱点をカバーするだけの長所があるって感じかしらね」
ハプスさんが、間を割ってくるように喋りかけてきた。
「ソーイチも、ゴルシの強さは肌で感じたと思うけど、とにかくアイツの身体は堅い。並外れた防御力を持っている。それに加えて持久力もあり、マナ切れを期待するのはほぼ皆無」
「なるほど、それは恐ろしい」
「弱点と言えるのは、動きが遅いこと。アイツの一撃は恐ろしいものがあるけど、躱すのはそう難しくない。こちらからの攻撃も、面白いくらいに当てることができる」
「ああ⋯⋯何となくわかってきました。動きが遅くて攻撃を当てるには当てられるけど、身体が堅すぎて全く効かないと」
ハプスさんは僕の見解に、コクリと頷いた。
「そういうことね。逆に仕掛けたこっちがスタミナ切れして、そこを強烈な一撃で仕留められてしまうと」
ハプスさんが言い終えると、僕らはしばらく沈黙してしまった。
「⋯⋯はあ。わかっててもどうにもならないんだよなぁ。ハプスさんの攻撃だって、今まで効いた試しがないし」
「ハプスさんの攻撃が⋯⋯効かない?」
グラシューのため息と共に漏れた声に、僕は震わせた声で反応した。
「私はどちらかというと、速さと手数で勝負するタイプだから、一発一発が軽いのよね。ゴルシみたいな防御の堅い相手との一対一の勝負は、すごく苦手」
「ハプスさんの攻撃が軽いとか言われると、アタシ悲しくなってくるんですけど⋯⋯。とにかく、ソーイチの攻撃力が、どれだけ増してるかが鍵になるってことっすよね?」
二人は、揃って僕の方を見て来た。
彼女達の期待と不安が入り混じったような視線に、僕は重圧を感じ、少し身体を仰け反った。
「まあ、頭の良いこのコだから、その辺は分かってトレーニングしてるんでしょうけど」
「ですよね〜。何たって精霊の使いだから、きっとあっさり倒してくれるんでしょうね〜」
彼女たちの嫌味な台詞と視線が、痛々しかった。
「そんな⋯⋯二人してプレッシャーをかけるのやめてくれます? そんなにメンタル強い方じゃないんで⋯⋯」
「ふふっ、冗談だって」
ハプスさんは仄かに笑っていた。
「アタシも、できる限りのことはやるからさっ!」
グラシューもいつもの朗らかな笑顔で、僕に言ってくれた。
兎にも角にも、勝負の時は近い。
この戦いは何の為か?
自分の力を試す為?
課された命令をこなす為?
いや何より、これまで共に戦ってきた仲間達の思いを実現する為、それが一番大きい。
僕は湧き上がる思いを胸に秘め、迫る戦いに向けて何秒たりとも時間を無駄にするまいと、決心した。