第67話 古豪を退けて
キャリダットのトップ八名のクエスターがしのぎを削る代表闘技会、この日は既にその幕が切って落とされていた。
観客の熱気あふれる歓声が湧き上がるコロシアム。僕はその選手控え室にいて、中央で繰り広げられる一回戦第一試合の様子を見ていた。
そこには、グラシューがランク一位のクエスターであるゴルシさんに、堂々と挑む姿があった。彼女は次々と攻撃を仕掛け、嵐の如き猛勢を見せていたが、ゴルシさんはそれに全く動じることなく受け止めていた。
そして、彼女の動きが鈍ってきたその時⋯⋯、
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第67話
アルサヒネ歴 八六六年三月一五日
月村蒼一は異世界で頂点に挑む
「うわっ⋯⋯やられたか!?」
ゴルシさんの素手による一撃が、グラシューに突き刺さり、僕は思わず声を漏らした。
グラシューは、試合場の端まで吹き飛ばされた。
地に伏せる彼女は、そのまま立ち上がることなく、試合は終わってしまった。
「うおおおおっ! やっぱ強いぜ!」
「ゴルシ最強!」
「ゴーールーーシッ! ゴーールーーシッ!」
ゴルシさんを讃える観客の声が、耳に入ってきた。強さと富こそが価値観の中心にあるこの国にとって、ゴルシさんが英雄的な存在であることは間違いない。
そんな民衆からの後押しと共に、ゴルシさんは控え室に向って歩いていた。
僕らの敵は限りなく多いと、改めて思った。
◇
控え室に戻ってきたゴルシさんは、僕の前に立った。
「よう、調子はどうだ?」
彼は陽気な感じで、僕に声を掛けてきた。
「ええ、悪くはないですよ」
僕は笑顔で返答した。
「楽しみに待っててやるから、必ず勝ち上がって来いよ」
「はい、ありがとうございます」
僕が快活な声で挨拶すると、彼は僕から遠ざかって行った。
一見、爽やかなやり取りであったが、僕の気分は憎しみに溢れていた。一ヶ月前のラクティとの戦いで、リチャードさんを意識を奪うまで痛め付け、彼の師匠であるグランさん、そしてハプス派の同志三人を殺めた彼の残忍な背中を、僕は忘れられるはずがない。
そんな後ろ向きな思いに駆られていると、コロシアムのスタッフに肩を支えられ、控え室に入ってくるグラシューの姿を確認した。
「あ、お疲れ⋯⋯大丈夫?」
僕は彼女に目線を合わせ、声をかけた。
「いてててて⋯⋯ダメだ、全然歯が立たなかった。何やってもアイツには通じなかったし⋯⋯」
グラシューは力無く喋った。
「そっか⋯⋯」
悔しさに満ちた彼女に対し、僕はそんな慰めにもならない一言をかける他なかった。
「⋯⋯カタキ、取ってくれるよね?」
グラシューは顔を上げると、いつもの彼女とは違う、優しさを感じる笑顔を見せていた。
「うん、もちろん。見ててよ」
僕も笑いながら返事をすると、彼女はスタッフに連れられて、医務室と思われる小部屋へと消えて行った。
「おい」
品の無い声と共に、僕は肩を叩かれる感触を覚えた。
肩を叩かれた方向を見ると、僕より少し背の高い男性が、僕を見下ろしていた。
「お前、既に一回戦を勝ち上がった気でいるみてえだが、調子に乗るんじゃねえぞ」
その台詞から察するに、彼は次に僕と闘う相手であろう。
たしか名前は、ステルヴィといったか。
「すみません、聞こえてましたか。そんなつもりで言ったわけでは、なかったんですけど」
一応、申し訳なさそうな表情を作って、僕は彼に謝罪した。
「ランクがクエスターの強さを表しているわけじゃねえってことを、証明してやるよ。ポッと出のガキとは違う、年季の違いってモノを見せてやる」
「へえ、それは楽しみですね。勉強させて下さい」
僕は嘲笑するかのような表情を見せ、そう言ってやった。
「ちっ⋯⋯生意気な奴。いいか、テメエみてえなガキが、ゴルシさんと闘うなんて一〇年早い。首を洗って待ってろ」
彼は脅しを掛けるように言い放つと、コロシアムの中央へと足を運んで行った。
「さて⋯⋯俺もそろそろ気合い入れていきますか」
僕もステルヴィさんの後について行くように、一歩一歩闘いの場へと歩を進めて行った。
◇
英雄的な強さを誇る戦士の闘いぶりを見た聴衆の興奮が、コロシアムの中央に冷めずに残っていた。そんな熱気に包まれた舞台に僕は立ち、相手であるステルヴィさんと対峙した。
側にいた審判の人が、僕らに最低限の注意事項を伝えていた。相手を殺してはならない、倒れた相手への攻撃は認めないなど、要は相手を敬い、倫理に反した行為はするなとの趣旨であったが、彼はそれを言い終えると、その場から立ち去った。
そして、試合開始を告げる鐘が鳴った。
「よくもさっきは、オレに舐め腐ったことを言ってくれたな」
ステルヴィさんは、肩にかけていた大剣を両手に持った。
「このオレをコケにしたこと、後悔させてやる!」
怒りに燃える彼の目を見て、僕は少し間を置いた。
「⋯⋯俺、そんなに気に障るようなこと言いましたっけ?」
僕があっさりとした口調で言うと、彼は眉間にシワを寄せた。
「それがコケにしてるってんだ!」
ステルヴィさんは大きな剣を振りかぶり、襲いかかってきた。
僕は、ほんの少しばかりのマナを集中させた。
すると、彼の動きは、あっという間にスローモーションと化した。
--なんだ、全然言うほど大したことないじゃないか。
長居は無用。
次のゴルシさんとの勝負に向け、少しでも集中を高めたかった僕は、さっさと試合を終わらせることにした。
僕は腰に短剣を納めたまま、ステルヴィさんの懐へ入り込み、短剣を抜刀しつつ、彼の腹回りを斬り裂いた。
「な⋯⋯なん⋯⋯だと」
ステルヴィさんは膝をつき、そのまま前のめりになって倒れた。
審判の人が彼に駆け寄ると、すぐさま手をクロスさせ、試合終了の合図を示した。
コロシアムに再び鐘が鳴り響き、会場は歓声に湧く。
「すげーぞ、少年!」
「ホントに一七歳かっ!?」
「次も期待してっぞ!」
僕は興奮した聴衆の声を耳にしつつ、控え室に戻っていった。
「す、すみません、あぁ、すみません、ありがとうございます⋯⋯」
褒め称えてくれる観客の声に、僕は申し訳なさそうな声を漏らし、頭をペコペコと下げていた。
◇
その後、試合は滞りなく消化されていった。
第三試合でリチャードさんが登場したが、一ヶ月前、ゴルシさんにやられた怪我の影響が残っているせいか、精彩を欠いていた。本来の動きを見せることなく、リチャードさんは敗れ去ってしまった。
続く第四試合では、ハプスさんが貫禄を見せつけた。相手に全く体を触れさせることなく、五分ばかりでケリを付けていた。
一回戦の全試合が終わり、大会は準決勝まで、小一時間程の休憩時間に入っていた。
僕は出場したハプス派のメンバー達、ハプスさん、リチャードさん、グラシューの三人と談笑を交わしていた。
「ソーイチは難なく一回戦は突破って感じね。リチャードとグラシューは残念だったけど」
ハプスさんは僕らの顔を見ながら、労いと励ましの言葉をかけてくれた。
「ゴルシにやられた怪我のせいで、調整不足だったからな。ただ、相手の『ミルカ』って女、調子が良さそうだったな。俺が万全だったとしても、勝つのは厳しかったかもしれない」
リチャードさんの表情は、特に悔しさが滲み出ていたわけではなく、清々とした感情が窺えた。
「次に私がやる相手ね。一回くらい対戦したことはあったかと思うけど、警戒しておこうかしら。ゴルシには勝てなくとも、三位以内入って、友好闘技会への出場の権利は得たいところだし」
「その人、俺とも闘う可能性があるわけですよね?」
僕はハプスさんの方を見て、問い掛けた。
「そうね、三位決定戦で。ただ、君はゴルシに勝つつもりでいてくれないと、困るからね」
「わかってます」
ハプスさんは厳しい目で僕の方を見てきたので、僕はそれに応えるよう、真剣な眼差しを持って言った。
「で、どーなの、ソーイチ。ゴルシには勝てそう?」
グラシューが無垢な表情で、僕に問い掛けてきた。
「やってみないとわからないけど、それなりに自信はあるよ」
「お、マジか。珍しく強気じゃん」
グラシューは、笑顔で声を発していた。
「確かに、ステルヴィを一撃で仕留めたからな。奴も長らくS級の座につく古豪。そんなヤツを全く相手にせんとは、お前も末恐ろしい男になったもんだ」
リチャードさんも笑顔を見せながら、僕に喋りかけてきた。
「あ⋯⋯そうだったんですね。そんなにスゴい人だったんだ、あの人。人間としては褒められたもんじゃないけど⋯⋯」
僕は思わず、本音を付け加えた。
「とにかく、今後の私たちの命運は、次の試合が全てを握っている。ソーイチにはプレッシャーを感じさせて悪いけど、いい結果を期待してるから。ごめんなさいね、もう頑張ってというくらいしか、掛ける言葉がないけど」
「いいですよ、十分です。必ずやってやりますから」
三人の言葉を貰い、僕はさらに闘志を漲らせた。
絶対に負けられない戦いがそこにあり、運命の一戦が待ち受けるとも言える時が迫っていたが、緊張感はなかった。自然体で臨める、非常に良い精神状態であった。僕はその時が来るのを、心待ちにしていた。