第69話 破られた装甲
キャリダットのナンバーワンクエスターであるゴルシ・ノリウッチは、ここ近年感じたことのない喜びに満ちていた。
八人のトップクエスターが集結する、キャリダットに於ける代表闘技会。その準決勝で、彼は自分自身を満足させ得る相手と闘っているからだ。
その相手、ソーイチ・ツキムラは、試合開始から三〇分近くゴルシの相手をしていた。ゴルシが国内で無双の強さを見せるようになって以来、彼がこれだけ長い時間、闘技会で闘っているのは初めてである。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第69話
アルサヒネ歴 八六六年三月一五日
王者は悦楽に浸る
「いいぞ、ソーイチ。ここまでオレとやり合えるとは。期待して待っていた甲斐があったぜ!」
「そいつはどうも⋯⋯」
満足そうな笑顔で話すゴルシを他所に、ソーイチは睨み付けるような目で彼を見て、開口していた。
「それだけの速さで三〇分近く動き回れるとは、スタミナも相当あるんだな」
「⋯⋯まあ、自分にとっちゃジョギングみたいな速さですからね」
「何⋯⋯?」
ソーイチの言葉を聞いたゴルシから、笑顔が消えた。
「だってゴルシさん、あなた本気出してないでしょう? ナンバーワンとされる実力、その程度の訳がない。手を抜く相手には、相応の力で臨むのが礼儀ではないかと」
ソーイチは、淡々と言葉を紡いでいた。
「それとも、あなたの求める刺激とは、ご自身の本気すら出さず、こんなダラダラと退屈な勝負を続けるような、生温いものだったんですか?」
彼が嘲笑うかのような表情で言い終えると、ゴルシの顔が若干引き攣った。
「ほう⋯⋯言ってくれるな。すぐに試合を終わらせちまうのも面白くねえから、いつも通り手を抜いてたんだが⋯⋯」
次の瞬間、ゴルシの目付きが変わった。
「いいだろう! そんなにオレとの勝負が退屈だったら、すぐに終わらせてやるよ!」
高らかに言い放たれた台詞と共に、ゴルシの身体の周りが白く輝きだした。
「ふんっ!」
彼が良く叫ぶと、彼の周囲から爆風が発せられ、ソーイチはその勢いに煽られた。ゴルシの筋肉は先ほどよりも隆起しており、チラホラと血管が軽く浮き上がっていた。
「おおっ⋯⋯さすがですね。そうこなくては」
ソーイチは嬉しそうに笑いながら、再び低く構えを取った。
「勢い余って殺しちまったら、許してくれよっ!」
ゴルシは両手にハンマーを掲げ、ソーイチに向かって次々に振り下ろした。
ソーイチは飄々とした表情で、軽々とその攻撃を躱し、空を切るハンマーが地面に打ち付けられる度、試合会場に地響きが起こった。
「おおおっ⋯⋯! 揺れてるぜ!」
「あんなゴルシ初めて見るな⋯⋯」
「今まで、本気じゃなかったのか?」
観客席からは、興奮気味な声が会場に響き渡っていたが、ゴルシのあまりの攻撃の激しさに、恐れ慄く声が目立ち始めていた。
一方、ゴルシの猛攻を目の前にするソーイチは、落ち着きを払い、それを避け続けていた。
「どうした! 逃げ回ることしかできねえのかよっ!」
ゴルシは脅しを掛けるような声で叫びながら、巨大なハンマーを振るい続けていた。
「そうですね、攻撃してみますか」
ソーイチはそっと口にすると、目にも止まらぬ速さでゴルシとの距離を詰め、彼の手元を斬り付けた。
その軌道は、ゴルシの左手の甲を捉えた。
そして、鈍い金属音が鳴り響く。
「ううっ!」
ゴルシは顔を歪め、悶えるような声をあげた。
彼はハンマーを持っていた左手を離し、腰の辺りでぶらつかせた。
「あれ、どうしました?」
ソーイチは、小馬鹿にしたような口調で声を発した。
「ぐうっ⋯⋯左手が痺れやがる⋯⋯! てめえ、まさか本当に力を隠して⋯⋯!?」
ゴルシは鋭い目付きで、ソーイチを見た。
「そんな⋯⋯ウソを言ってどうするんですか。そんなの、ナンバーワンのあなたに失礼ですよ」
ソーイチは微笑を浮かべながら言うと、再びゴルシとの距離を詰め、今度は脇腹辺りを短剣を横に薙ぎ払った。
「ぐぅおおおおおっ!」
苦痛に耐えられず、叫ぶゴルシ。
彼の脇腹付近から、ジワリと血が流れていた。
「ご、ゴルシが流血!?」
「まさかっ、そんなことがっ⋯⋯!」
会場から、ゴルシの様子を憂慮する声が漏れ始めた。
「イケる、イケるぞ! ソーイチ!」
「そのままのしちまえ! お前が新しいナンバーワンだっ!」
そして、ソーイチを贔屓する観客からは、興奮する声が力強く発せられていた。
悲鳴と歓喜。
会場は二分されたコントラストに包まれた。
「このクソガキが⋯⋯このオレに傷を負わせるとは⋯⋯!」
怒気を孕むゴルシの言葉に、ソーイチは瞠目して首を傾げた。
「あれ? どうも穏やかじゃないですね。刺激が欲しいって仰っていたから、傷付くくらいの勝負がしたいのかと」
「黙れ! 人を小馬鹿にしやがって! ぶっ殺してやらあ!」
狂ったように叫び出すゴルシの身体から、さらに眩しい白い光が発せられ、彼の身体はさらに盛り上がり、赤みを帯びてきた。浮き上がっていた血管も、さらに目立っていた。
「ああああああああっ!」
ゴルシは雄叫びを上げ、ソーイチに襲いかかった。
全てを亡き者とせん、驚異の一撃。
しかし、そんな巨人の猛攻は、ソーイチの身体に全く触れることがなかった。
涼しい顔をしたソーイチの目の前で、ゴルシのハンマーの軌道は、空を切り続けていた。