第70話 強者を示す方法
どうやら、予想以上に強くなり過ぎてしまったようだ。
目の前の怒り狂う巨大な悪魔の攻撃も、僕は軽々と避けることが出来た。恐らく、ゴルシさんは本気だろう。でなければ、こんな狂ったような叫び声は出せないはず。
いや、避けられるだけではない。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第70話
アルサヒネ歴 八六六年三月一五日
月村蒼一は異世界で頂点に挑む
「ぐぅがあああああっ!」
僕の放つ攻撃は全て、ゴルシさんの堅牢な身体を傷付けていた。その度に、品性のない叫び声が会場に響き渡っていた。
そんな僕もエンジン全開であるかというと、そうではない。本気の一歩手前、六〇~七〇パーセントといったところであろうか。
ゴルシさんは酷い怪我を負っていたが、彼の動きは鈍ることがなかった。鉄壁の防御力だけでなく、無尽蔵の体力もまた、彼の強みであることが改めて分かった。
「くそがあぁぁぁっ!」
彼の攻撃の力強さは、更に増す。
しかし、単調さもそれに比例する。
その大振りな攻撃は、僕にカウンターを当てて下さいと、宣言しているようなもの。僕は致命傷を与えんとする攻撃を次々に与え、ゴルシさんの身体にダメージが蓄積していくのは、目に見えて分かった。
それでも尚、彼は狂ったように僕に向かってくる。
--さすがにしつこいな。こいつで黙らせてやるか。
ゴルシさんのとりわけ大振りな一撃を躱し、僕は距離を取った。そして、短剣を持つ右手に力を込めた。
「愚劣なる魂、ここに浄化せん!」
僕はそれらしいことを叫び、本気モードのリスヴァーグを放った。
青白い輝きを放つ一筋が、ゴルシさんの身体に突き刺さった。
その巨体は、宙を舞った。
そして、激しい音共にその身体は地面に墜落し、会場が軽く揺れた。
「あ⋯⋯やべ⋯⋯やり過ぎたかな?」
僕は急いで、ゴルシさんの下に駆け寄った。
「ぐぅぅぅ⋯⋯」
大の字になって倒れる彼は、唸り声をあげ、顔を歪ませていた。
「ああ、よかった。さすがに鋼の身体の持ち主⋯⋯って」
僕がそう言いかけると、ゴルシさんは再び立ち上がった。
「おおおおおおおおっ!」
彼の目は血走っており、身体のそこら中から激しく流血していた。
「ま、まだやる気ですか?」
ゴルシさんは僕の問い掛けに応じることなく、再び巨大なハンマーを手にした。
「死ねやああああぁあぁっ!」
僕に向かって、懲りずにハンマーが振り下ろされた。
相変わらずの力強さだが、動きは明らかに鈍っていた。それよりも、彼はこのまま動き続けたら、死んでしまうのではないだろうか。
僕は審判席の方を見た。
彼らもいつ飛び出して試合を止めようか、見計らっているようだった。
--いや、早く止めようって⋯⋯! この人、死んじゃうって!
ゴルシさんはフラフラになりながらも、強烈な攻撃を放ち続けてきた。僕は相変わらず躱し続けるが、とにかく、彼の安否が気になる。
「ゴルシさん、もうやめましょう! 死んじゃいますって!」
「うるせえっ⋯⋯! オレが⋯⋯オレが負けるかあっ!」
僕の提案に、ゴルシさんは全く聞く耳を持たなかった。叫びながらハンマーを振り回すゴルシさんの脚は、ガクガクに震えていた。
彼を支えているものは、一体何なのか。
--審判団も、ゴルシさんが手を出し続けているから、止めようにも止められないってことか⋯⋯。だからって、これ以上攻撃したら、いくらゴルシさんとはいえ、死ぬかもしれないし⋯⋯。くそ、厄介なことになったな。
僕が頭を悩ませていると、観客席から歓声が響き渡り始めた。
「ゴルシ! あきらめるな!」
「まだやれるぞ!」
「負けないで! ゴルシ様!」
--これって⋯⋯?
会場全体が、ゴルシさんを励ます声援に包まれていた。
その声に後押しされるように、ゴルシさんの攻撃は、また鋭さを取り戻してきたように思えた。
「ゴールーシッ!」
「ゴールーシッ!」
「ゴールーシッ!」
ゴルシ・コールが天高く響き渡る。
試合前から僕に味方する声も、半分くらいあったはずだが、その発信源でさえ、ゴルシさんに傾倒してしまっていた。
--何だよ⋯⋯! これじゃ、俺が悪役みたいじゃないかっ!
心の中で僕は愚痴りながらも、攻撃を躱し続けた。
--諦めずに攻め続けるゴルシさんの姿に、みんなが心打たれてるってわけか。人間ってそういうの好きだもんな⋯⋯。
歓声を味方につけたゴルシさんの攻撃は、相変わらず続く。
しかし、その軌道は酷く単調。
「だからって⋯⋯俺も負けてられない!」
僕は、上空に飛び上がった。
そして、ゴルシさん目前の地面で短剣を突き刺し、ノブレス・ダイヤモンドを放った。
地表から発せられた爆発によって、彼の巨体は再び宙を舞った。
そしてそれは、激しい音と共に落下した。
その瞬間、響き渡る歓声が止んだ。
--頼む、生きててくれ⋯⋯!
僕は倒れるゴルシさんに近付き、祈るような目で見つめた。
「ごふっ⋯⋯!」
ゴルシさんは吐血しながらも、何とか呼吸をしているようだった。
「よかった⋯⋯!」
僕は思わず声を上げると、審判団の方を見た。
「早く担架を呼んでくださいっ!」
僕が手招きしながら叫ぶと、数名の人たちが、控え室から飛び出すように走ってきた。
「早くっ!」
僕の叫び声に応えるように、審判や救護班が、颯爽と到着した。
彼らがゴルシさんの様子を窺った、その時⋯⋯、
「うおおおおおおおおっ!」
血塗れの巨体は再び地に足を付け、立ち上がった。
「ひいいいいいいっ!」
それを見た救護班の人たちが、悲鳴をあげた。
「はあっ⋯⋯はあっ⋯⋯! な、なんだテメエら⋯⋯試合はまだ終わってねえぞ!」
ゴルシさんは枯らした声で、必死に叫んでいた。
「や、やれるのか? ゴルシ?」
審判の人は声を震わせながら、ゴルシさんを見上げていた。
「あ、あたりめえだ! こうしてオレは立ってんだろうがっ!」
ゴルシは興奮した様子で言うと、僕の方を見てきた。
--マジかよ⋯⋯! 何なんだよ、この人!
僕は再び構えた。
「で、では試合再開っ! 救護班撤収! でも、次倒れたら、今度こそ止めるからな!」
審判と救護班は、再び控え室に戻っていった。
「いいぞゴルシ! やれーっ!」
「そんなガキに、お前が負けるわけねえんだっ!」
「ゴールーシッ!」
「ゴールーシッ!」
「ゴールーシッ!」
静まり返った観客が、再び湧き上がった。
それと共に、ゴルシさんの鈍くも力強い攻撃が、再開された。
--まったく、人ひとり死ぬかもしれないってのに⋯⋯。何て無責任な応援だよ!
ゴルシさんの攻撃の切れが落ちているのは、明らかである。僕の攻撃は、確実に彼の身体へとダメージを与えている。そして、彼の体が限界に近いことは、間違いない。
「ゴールーシッ!」
「ゴールーシッ!」
観客の心無い応援は、鳴り止むことがなかった。
--いや、待てよ。そもそも試合に勝つことが、ゴルシさんを超えたことの証明になるのか?
ゴルシさんは、狂気に満ちた目で僕を睨み、襲ってくる。
そんな攻撃を躱しながら、僕は考えた。
--倒せる。俺は絶対にゴルシさんを倒せる。もう俺の実力がゴルシさんを上回っているのは、明らかだ。『一番強いことを示す』ためにやるべきことは『一番強い人』を一方的に打ちのめしたり、命を奪うことなのか?
僕は、動きを止めた。
「いや、そんなはずはない!」
僕は叫んで歯を食いしばり、ありったけのマナを集中させた。
鈍くも恐るべき勢いで振り上げられたハンマーが、僕の側頭部に直撃した。
その衝撃で、僕の体は吹き飛ばされた。
僕は浮遊しながら、だんだんと自分の意識が遠のいた。
そして、目の前が真っ暗になった。