第81話 笑顔に隠された狂気

 闘技会で出番が回ってきて以来、私は虫酸の走る思いにひたすら駆られていた。

 相手側の先鋒選手で、いかにも品の無さそうな大男に、私はいやらしい目で身体全体を見られた。おまけにその人は『俺の身体に傷の一つでも付けられたら、俺の女の一人にしてやるよ』などと、有り得ない提案をしてきた。

 その男が、アルサヒネ区域で無双を誇る強さの持ち主であることは知っていた。また、己の欲を満たす為に、ありとあらゆる利益を、クエスターという地位を利用して強奪してきたクズだということも知っていた。

 そんなクズの手篭めになることは以ての外、余裕の表情で私を上から目線で眺め、下衆な提案を持ちかけたことに、私の苛つきは募るばかりで、今にも怒りが爆発しそうであった。

 

『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第81話

アルサヒネ歴 八六六年五月一三日
一ノ瀬紅彩は異世界で再会を果たす

 それでも、私は礼儀正しく可憐な少女を演じる必要があった。

 人前に出た時は、何があっても良い子で居ろと、アルディン様から教えられていた。私に希望と生き甲斐を蘇らせてくれたアルディン様は、決して裏切ることの出来ない、絶対的な存在である。

 私は朗らかな笑顔を崩さず、礼儀正しく言葉を返し、目の前のクズ男を調子に乗らせた。遠慮なくかかってこいとその男は言うので、私はその言葉通り、得意のスカーレット・ストリーク、略して『スカスト』を右手人差し指から放ってやった。

 少しイライラしていたせいか、ちょっと強めに放ってしまったようだ。

 私の放った光は、男の頭を貫いていった。

 そして、男は大の字になって倒れた。

 助かる余地はないだろうが、別に構わないだろう。欲に駆られた迷惑極まりないこのクズに、生きる価値など無い。

 するとすぐに、倒れた男の下へ一人の少年が現れた。

 彼は紛れもなく、元の世界のクラスメートであり、私のかつての憧れの存在、月村蒼一だった。

 そして今は、世界を恐怖に陥れんとする邪悪なる精霊・サフィローネに魂を売った人間。邪神の使い魔に成り果てた彼に、かつて私の目を虜にした輝きは感じられなかった。

 月村君は倒れた大男の身を案じていた。こんなクズの為に一生懸命になる彼の姿を見て、私は改めて悲壮感を覚えた。

 ただ、それは逆に私を安堵させた。

 月村君が少しでも正義感を持っていることを感じ得たならば、私は彼と一戦を交えるのを躊躇ったかもしれない。クズを擁護する彼の姿から、それは全く感じられない。もう何の躊躇いも無く、何の未練も感じること無く、彼を殺めることが出来る。

 そんなことを思っていると、私の顔は自然とにやけていた。

 倒れた男の前に、何人かの人達が群がっていた。

--どうせ助からないだろうけど、せいぜい足掻いてみれば?

 ⋯⋯と言ってやりたいところだが、この場では良い子で居なければいけない。私はそれとなく、その群がりに近づいて行った。

「あ、あの⋯⋯お相手の方の具合は⋯⋯?」

 私は一応、男の容体を心配するよう、細々と声を出してみた。

「見ての通りさ! わかるだろう!?」

 月村君が、声を荒げて私に言い放った。

 ホントに腹が立つ。

 どうして、あなたはこんなゴミみたいな奴の為に本気になるのか。

 憎い、あまりに憎い。

 早くその狂った脳天に、私の『スカスト』をぶち込んでやりたい。

「ごめんなさい⋯⋯私⋯⋯」

 私はひとまず泣きそうな表情を見せ、声を震わせて言ってやった。

「これは勝負事の結果。あなたが悪いわけじゃない。油断していたか、若しくはあなたの攻撃に耐えられないくらい脆かった、この木偶の坊が悪い」

 月村君からやや遅れて出てきた小柄な女性が、私を諭してくれた。

 この人は悪しきキャリダットの中でも、良識ある人物だという認識がある。あの倒れているクズが台頭するまでは、彼女がアルサヒネの中心となるクエスターだったと聞いている。そんな彼女を私の被った仮面で騙すのは、何だか忍びない。

 その後も、彼女からそれなりに有難いと思われる言葉を頂戴したので、お礼を言っておいた。

「さあ、ソーイチは控え室に戻りなさい」

「⋯⋯そうですね」

 月村君は彼女に促され、相手側の控え室に歩き始めていった。せっかく早めに出てきてくれたのだから、宣戦布告でもしておいてあげようと思った。

『月村くん』

 月村君に声をかけたが、彼は私の方を振り向いてくれなかった。

 どうやら、何となく嫌われてしまったようである。

 まあ、今となっちゃ構わないけど。

 とりあえず、彼を安心させてあげなければ。

『次は、あなたがこうなる番だから』

 私は周りに言葉の意味を悟られないよう、日本語で言うと、彼は振り向いてくれた。

 彼は私の顔を見ると、青ざめたような表情を見せ、怯えているようだった。そんな彼の様子を見ていると、何だか滑稽に思え、快感だった。

--そんなに怖がらなくてもいいのに。痛く無いように、一瞬で殺してあげるから。

 私は彼に、ニッコリと笑顔を見せてあげた。すると、彼は私を睨め付けるような目で見て、再び後ろを振り向いて歩いて行った。

 目の前の試合を終わらせないことには、月村君を地獄に送ってあげることは出来ないが、彼をどう料理してあげようか、既に私の頭は、そのことで一杯になっていた。

 

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