第86話 受けるべくは彼女の思い
目の前に立つ、狂気に囚われるが如く叫ぶ少女は、僕に人差し指を向けた。
そして、数えるに絶えない光熱線が放たれてきた。
その光は、常軌を逸した速さで飛んでくる。
時間を止めるでもしない限り、これを避けることは不可能に近い。
僕はマナを集中させ、構えた盾にそれを伝わらせ、完全なる防御態勢を取った。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第86話
アルサヒネ歴 八六六年五月一三日
月村蒼一は異世界で再会を果たす
「ぐうううっ!」
彼女から放たれた光熱線が、僕の盾にヒットすると、激しい爆発が起こった。
身体に凄まじい衝撃が走る。
--でも、全く耐えられないわけじゃない⋯⋯!
僕は、ある程度の手応えを感じた。
もし、これが一ノ瀬さんの全力なら、防御に徹すれば凌ぎ切れる算段が立つ。
「アンタに⋯⋯アンタに何がわかんのよおぉぉぉぉっ!」
さらなる光熱線の嵐が、僕を襲ってきた。
僕の目の前で、爆発音が絶え間なく鳴り響いている。
「いいわよねっ! 成績優秀で爽やかスポーツマンのイケメンのアンタには、悩みなんか全くないんだろうねっ!」
一ノ瀬さんは何か叫び声を上げているようだが、爆発音でよく聞こえない。
また、爆発によって発生した煙で視界が悪くなっていて、彼女の姿が霞んでいた。
「ぐあっ!」
さらに強い衝撃が襲った。
これは、光熱線の類ではない。
わずかな視界から見えるその先には、球体の光を手に持つ一ノ瀬さんの姿があった。
「私には⋯⋯私には、ただ、大人しくしてることしかできなかった⋯⋯! また、嫌われるのが恐かった⋯⋯!」
バスケットボール並みの光の球体が、彼女の手から次々と放たれ、僕の構える盾に激突した。超絶的な爆発が次々と起こり、僕の意識を奪っていった。
--これは⋯⋯ヤバイかも。
一ノ瀬さんの光熱線攻撃は、マナを溜めることなく瞬時に放たれ、放たれた後の速度も尋常でない。
きっと彼女にとって、その技は牽制にすぎないのであろう。
今放たれた光の球体は、多少溜めが必要な上、向かってくる速度も、光熱線よりは劣っていたが、その分、威力は格段に上がっている。
一ノ瀬さんは、再び両手に力を込めている。
「でも⋯⋯アルディン様は⋯⋯私の眠ってた正義感を蘇らせてくれた⋯⋯! この世界に来て、私は生き生きとした自分自身を、取り戻すことができた!」
再び、夥しい数の光の球体が、僕に向かって放たれてきた。
--無理だ⋯⋯! こいつは耐えられない!
僕は右方向に向かって飛び込み、何とか球体を避けた。
無人の地面に叩きつけられた球体は、凄絶な爆発を起こした。
「うおおおおおおっ!」
僕はその爆風に煽られ、身体が吹き飛ばされていた。
爆発した方向に目をやると、甚だしく抉られている地面があった。
「げぇっ⋯⋯なんつー威力だよ⋯⋯」
僕は思わず、感想を漏らしていた。
「だから⋯⋯私はアルディン様の言うことだったら、何でも聞く! アルディン様の言うことが、全ての真実だと信じてる!」
一ノ瀬さんは、懲りずに両手に力を込めていた。
--くそッ⋯⋯また来る!
同じように放たれた球体を、僕は這いずり回るように何とか避けた。
「それがたとえ⋯⋯あなたを殺せという命令だとしてもね⋯⋯!」
よろける僕を他所に、彼女はまた両手にマナを込めると、離していたその手を合わせた。
彼女の身体からは、溢れんばかりの紅い光が放たれていた。
彼女の周りから爆風が発生し、僕はそれに煽られる。
「ぐうっ⋯⋯! 今度は何をしようってんだ⋯⋯!?」
この技は、ハプスさんとの闘いでも見せていない。
全身全霊を込めた、彼女の秘技だと思われる。
--今、めっちゃ隙だらけだけど⋯⋯これを正面から耐えないと、一ノ瀬さんの思いを受け止めたことにならない気がする⋯⋯!
僕は気合を入れ直し、短剣と盾をクロスさせ、構えを取る。
そして大きく息を吸い込み、ありったけのマナを放出する覚悟を決めた。
一ノ瀬さんの両手がますます大きく輝き始め、今にも想像を絶する何が放たれようとしていた。
「ははっ! バカなの!? これをマトモに受ける気?」
「俺は、君の思いを全部受けると決めた! 君を助ける為に、あらゆる覚悟を決めてきた!」
「はあっ!? わけわかんないし!」
一ノ瀬さんは首を傾げていたが、僕は関係なくマナを放出し始めた。
「いいから撃ってこいよ! 俺を殺したいんだろっ!? それとも実は、俺が死ぬのを怖がってんのか!?」
僕は彼女を挑発するが如く、激しく叫んだ。
それに対し、彼女は動揺しているように映る。
「バ、バカにしないでよっ! いいわよっ! 撃ってやるわよ! これで終わりにしてやるからっっ!」
一ノ瀬さんは両手を合わせた。
すると、膨れ上がった光が、徐々に縮小していく。
それは、勢いが弱まっていることを示しているわけではない。
今にも放たれんとする勢いが、明白に感じられた。
「あああああああああっ!」
「あああああああああっ!」
一ノ瀬さんは雄叫びを上げた。
僕もそれに同調した。
傍から見れば、僕ら二人は明らかに狂っていることだろう。
一ノ瀬さんの両手から光が放たれた瞬間、僕の目の前は白く激しい輝きに満ちた。