第90話 見上げた空に映るもの
--わかってた。言われなくても、わかってたのよ。自分に嘘をついてることくらい。
私は真っ白になった空間で、過去を振り返っていた。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第90話
アルサヒネ歴 八六六年五月一三日
一ノ瀬紅彩は異世界で再会を果たす
『いいか、クレア。キャリダットとフィレスが争うようになったのは、キャリダットを治める精霊、サフィローネが元凶だ』
フィレスのクエスターとして実績を上げ始めた時、アルディン様は私にこのようなことを仰った。
『サフィローネは利益優先の社会を容認し、キャリダット国内に欲に塗れたクエスターを次々と排出し始めた。そして、その流れは我がフィレスをも飲み込んだ。やがて両国は争うようになり、互いの治安を悪くしていった』
『そうなんですかっ!? キャリダットの精霊、サフィローネ様が⋯⋯?』
『あんな奴に『様』を付ける必要はないぞ。おかげで、我がフィレスもキャリダットに対抗する為、ただ強いだけのクエスターを容認せざるを得なかった』
『そんな⋯⋯』
『奴は悪だ。生粋の悪魔だ。フィレスだけではない。我らを屈服させた後、世界中をも自らの手中に収めんと企んでいる』
『許せない⋯⋯!』
『クレア、お前が最終的にやるべきことは、そんな邪悪なる精霊の側近を倒すことだ』
『側近⋯⋯とは?』
『お前がこの世界に来る直前、サフィローネと共にいた少年がいただろう?』
『!?』
--やっぱり、月村くんもこの世界のどこかにいるんだと、私は何だか嬉しくなった。その瞬間だけは。
『そのガキ⋯⋯ソーイチこそ、お前が倒すべき存在だ』
『え⋯⋯?』
--そうなるよね。そんなことだろうと思った。
『ソーイチは悪魔に魂を売った。今はサフィローネの悪しき野望を叶えんとする、欲に踊らせた卑劣なる外道。奴を倒さん限り、この世に平和は訪れぬ』
『⋯⋯⋯⋯』
--何も言えないし。そんなこと言われても。どうしたらいいのよ、私⋯⋯。
『ソーイチはとてつもない力を持ってしまった。しかし、俺は精霊。直接人間に手を出すことは出来ん。そんな奴を倒すことが出来るのは、同じく精霊の使いであるクレア、お前だけだ』
『私⋯⋯だけ⋯⋯』
『迷うなクレア! 悪を滅する為に、今こそお前の正義を燃やす時なのだ!』
『!?』
--そう、そんなアルディン様の目を見た瞬間⋯⋯、月村くんへの憎悪が込み上げてきたのよね。
『月村⋯⋯蒼一! 悪魔に魂を売った⋯⋯憎むべき存在⋯⋯!』
『そうだ! クレア、お前はそんな悪を滅す為、まだまだ精進せねばならぬ。厳しい修行は続くが、ついてきてくれるか?』
『勿論ですわ! アルディン様!』
ーーって、言っちゃったのよね⋯⋯私。でも私、月村くんへの思いも同時に忘れられれば、それで楽になるのかなって、ちょっと期待してた。でも⋯⋯やっぱり忘れられなくて。憎い⋯⋯憎いんだけど、やっぱり気になる存在⋯⋯。それ以来ずっと、私は自分に嘘をついて生きてきた。
◇
自分に嘘をつき続けた私。
そのツケが、この月村君から受けた一撃なんだと、今、改めて思った。
真っ白な空間から段々と朧気に、青々と晴れた景色に変わっていくのがわかった。私は仰向けになって倒れていて、上空を見上げていた。
お腹の辺りが、すごく痛い。
月村君から受けた一撃は、色んな意味で痛い。でも、その痛みも、何だか心地良い様に思える。よくわからないけど、涙がじんわりと出てきた。
傷が痛むから?
今までのことを否定されたから?
それとも、重い何かから解放されたから?
ぼんやりと空を見上げていると、私の顔を眺めてくる男の子の姿が現れた。
彼の顔は、とても申し訳なさそうな表情をしていた。
「ゴメン⋯⋯大丈夫? 痛かった?」
何を言い出すかと思えば。
私の瞳に映るその人は、私のことを心配するように、突然そんなことを言い出した。
--何よ⋯⋯それ。そんなの反則だし。ずるいよ、月村君⋯⋯。
そんな彼の表情や言動を見て、私は脳内でぼやいた。
私の瞳から、涙が一人でに溢れ出した。
それを止められる気は、全くしなかった。