第91話 崩れぬ余裕と満ちた焦燥感
「バ、バカな⋯⋯!?」
フィレスの精霊・アルディンはガラスの窓に張り付き、青ざめた顔をして闘技場の戦況を見つめていた。
「うーん⋯⋯七〇点。女のコに手を出して解決するようじゃ、ダメよねぇ」
一方、キャリダットの精霊・サフィローネは顎に手を当てながら、豪華な椅子に堂々と腰掛け、下の様子を窺っていた。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第91話
アルサヒネ歴 八六六年五月一三日
とある両国の友好イベントの一幕
「おい、サフィローネ⋯⋯」
アルディンは、俯きながら声を震わせた。
「はい? 何でしょう?」
「随分と余裕だな⋯⋯。まるで、こうなることが分かっていたかのようなその態度⋯⋯」
「はあ⋯⋯」
「貴様⋯⋯何を仕組んだ!?」
アルディンは相変わらず俯きながら、声を荒げた。
「全く人聞きの悪い。私は何もしてないわよ。何、その仕組んだって? わけわかんねえです」
「とぼけるなっ! クレアがあんなガキに負けるわけがないっ! クレアに何か仕込んだな!? そうか、次鋒の女か!? 奴がクレアに何か細工を⋯⋯!」
「⋯⋯ハプスは、色々とソーちゃんが闘い易いようにしてくれたみたいだけど、私は彼女に何も言ってませぬが」
サフィローネは小馬鹿にしたような口調で、アルディンに声をかけた。
「嘘を付け! そうでなければ、あんな巧妙な⋯⋯!」
「はあ。じゃあ、別にそういうことにしといてもいいけど。ところで、精霊という身でありながら、人間にベッタリご指導なさっていた方は、どこのどなただったかしら?」
「!?」
「精霊は人間と直接干渉してはならないという掟を破るようなバカは⋯⋯うーん、どこの誰だったかなぁ〜? そんなバカに比べたら、チョロっと人間に絡んだと思われる行為をした私なんか、全然許されると思うんですけどぉ〜? まあ、実際には絡んでませぬけども」
「ぐっ⋯⋯!」
アルディンは歯をむき出しにし、今にも爆発しそうな表情を見せた。
「っていうか、ぶっちゃけるけど、こんな結果になるなんて思ってなかったわよ」
「なにっ⋯⋯!?」
アルディンは、顔だけサフィローネの方へと振り向かせた。
「七割くらい、ソーちゃんはクレアちゃんに殺されるだろうなって思ってた」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「だってそうでしょ? 一ヶ月前にはあんなにボロクソに打ちのめされて、しかも天下の精霊様のご指導を直々に受けていたって言うんだもの。しかも、それが認められちゃうって言うんだもの。そんなの認められるんだったら、私も最初からやってるっつの」
アルディンは再び前を向き、黙り込んだ。
「まあ、結果的には何処ぞやの神様が見ていてくれたって感じですかね〜? 悪いことはするもんじゃないですなぁ、ご主人」
「くそっ!」
「!?」
アルディンは、ガラス張りの窓を叩き始めた。
「くそっ! くそっ! くそおおぉっ!」
「ちょっとー、壊さないでよ?」
「こんなことが認められるかっ! 俺は⋯⋯俺は負けるわけにはいかないっ!」
アルディンは必死な叫び声をあげると、その場から消え去った。
「はあっ!?」
憮然と構えて座っていたサフィローネは、端無く立ち上がった。
彼女は、闘技場の中を見た。
そこには、舞台の真ん中で倒れた少女の側に立つアルディンの姿があった。
「あのバカっ⋯⋯! 何やってんの!?」
その様子を見たサフィローネは、声を荒げた。