第94話 戦いの果てに得たもの
僕は、キャリダット側の選手控室に戻った。
ハプスさんが静かに眠っているだけの、寂しい空間が広がっている⋯⋯はずだったのだが。
『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』第94話
アルサヒネ歴 八六六年五月一三日
月村蒼一は異世界で再会を果たす
「お疲れさん!」
「ナイスファイト!」
大勢の人々が、僕をスタンディングオベーションで迎え入れてくれた。
そこに立つ人々は、みんな見覚えのある顔だった。
ハプス派のクエスター達、またはヌヴォレのスタッフ達など、僕と親しい人達が、温かい拍手と労いの言葉を、勿体ない程にかけてくれた。
「え、えっと⋯⋯、みなさん、どうしてここに?」
「どうしてもこうもねえだろ!? オレたちの仲間が大仕事をやってのけたんだ。みんな、お前さんの帰りを待ってたんだよ」
集団の中でも、一際大きい身体を持つジャスタさんが、陽気な口調で答えてくれた。
「俺の⋯⋯帰りを?」
「お前さんが精霊の使いだろうがなんだろうが、オレたちの家族であることには変わりねえ! ホレ、とっとと帰ってこい!」
「え、ええっ!?」
ジャスタさんは強引に僕の腕を引っ張り、集団の中心に押しやった。
「このやろう! 心配かけやがって!」
「お前はどこまで凄くなれば気がすむんだよっ!」
ひたすら頭を叩かれた。
大量の水をかけられた。
僕の痛め付けられた身体が集団に抱えられ、何度も宙を舞った。
所謂、胴上げ。
そんなサヨナラヒットを打ったヒーローの如く、僕はひたすら手荒い祝福を受けた。
◇
ようやく、仲間達の溜飲は下がったようで、僕に対する手荒い祝福は止んだ。
「で、体は大丈夫なんかよ、ソーイチ?」
心配そうに声をかけてきたのは、バリーだった。
「こんな暴力紛いの祝福をしといて、今さらそんなこと言う⋯⋯?」
「あっ、それもそうだよなっ!」
彼がそう言うと、周囲から笑いが起こった。
「そういえば⋯⋯」
僕はある人のことが気になり、周囲を見渡した。
「どうした?」
バリーが僕の振る舞いに反応した。
「ハプスさんは⋯⋯大丈夫なのかな?」
僕がそういうと、みんなは一斉にひとつの方向に目をやった。
「あっ⋯⋯!」
その方向の先には、ベンチに静かに座るハプスさんの姿があった。
僕は彼女に向かって、歩き出した。
「ハプスさん、大丈夫なんですか!? 横になってなくても⋯⋯」
「こんなにうるさく騒がれて、寝ていられると思う?」
「そ、それもそうですね」
僕は軽く頭を掻いた。
「私は別に平気だから。君の方が重傷なんだから、少しは自分の心配をしたら?」
「いや⋯⋯俺は別に⋯⋯」
「それに、私の心配なんかしてる場合?」
「え⋯⋯?」
僕は彼女のふとした問いに、目を丸くした。
「もっと心配かけた人がいるんじゃない? きっと怒ってるわよ、君の大事な師匠は」
ハプスさんは僕の顔とは別のところに視線を向け、微笑を浮かべていた。
彼女の視線の先⋯⋯、
そこには、腕を組んで僕を睨みつける少女がいた。
「な、何かご機嫌がよろしくないようで⋯⋯」
「謝ってきたら?」
「⋯⋯怒らせるようなことをした覚えはないんですが⋯⋯そうします」
僕はなぜか不機嫌な、いや、いつも僕に対して不機嫌な師匠の下へ歩き出した。
◇
僕はグラシューの目の前まで来ると、彼女の膨れ上がった顔をじっと見つめた。
しばらく、僕らは見つめ合った。
「⋯⋯あのさ、心配かけんなって、アタシいつも言ってるよね?」
彼女の方から、沈黙を切り裂いた。
「⋯⋯ゴメン。心配かけたつもりは、なかったんだけど⋯⋯」
「そういうこと言っちゃう? あのクレアってコに抵抗もせずにボコボコに殴られて、足もフラフラになって、最後は首を絞められて」
「あ⋯⋯いや⋯⋯そうだけどさ⋯⋯」
「しかも、アタシの買ってやった剣と盾、ボロボロにしやがったな。けっこう高かったんだぞ」
「それは⋯⋯ホントにゴメン。今日の賞金で新しいの買います⋯⋯」
「ダメだね。プラス、心配かけた慰謝料込みで、最近、シンセーロの近くに出来たオシャレな高級レストランのディナーに連れてくこと」
「うぅ⋯⋯マジか。他に欲しいものあったのに⋯⋯」
僕は項垂れる素振りを見せるも、内心はホッとしていた。
こうしてグラシューにどやされる日々が、ようやく戻ってきたのかと。
「全く、愛情の照れ隠しなんて言うが、お前はホントに素直じゃないな、グラシュー」
僕とグラシューの間を割るように、リチャードさんが声をかけてきた。
「ソーイチがタコ殴りにされてる間、コイツ、今にも泣きそうな顔をしてな」
「ち、ちょっと! リチャードさん、何言って⋯⋯」
「首絞められた時なんか、コイツ試合場に飛び出しそうになって、止めるの大変だったんだぜ?」
「やめてよーっ!」
グラシューは顔を赤らめて、リチャードさんの服を引っ張っていた。
リチャードさんは小馬鹿にするような笑顔を見せ、それにつられて周囲からも大きな笑い声が起こっていた。
ここ一ヶ月間、僕は精霊の使いという立場を全うしようと、孤独な戦いを続けていた。
今後、僕はそんな日々が続くものかと思っていた。
しかし、彼らの笑い声がそれを忘れさせてくれた。
僕には帰る場所がある。
落ち着ける居場所がある。
しかもそれは、不変的なものである。
己を信じ、世の平穏の為に戦い続けた結果得たものは、かけがえのない人達との繋がりだった。
彼らさえいれば、きっと僕は戦い続けられる。
そう確信した僕は、彼らに合わせて笑い声を上げた。