最終話 その笑顔、振り向かせるために

 一夜明け、僕はヌヴォレのクエストボードの前にいた。

 いつもの通り、案件を求めるクエスターたちが群がっており、朝からヌヴォレは賑やかな雰囲気に包まれていた。

 

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『 一ノ瀬さんって、こんなに可愛かったっけ!?』最終話

アルサヒネ歴 八六六年五月二八日
月村蒼一は真の戦いに臨む

 昨日の休みでリフレッシュした⋯⋯とも言い切れず、むしろ気疲れしたような思いもあるが、男として磨きをかけねばという決意が生まれたのは間違いなく、仕事にかける一念が増していた。

 ハプス派のクエスターとして、やることは決して変わらない。世の平定を保つ為に、救われるべきものを救う為に、行動するだけだ。

 そしてそれが、意中の天使の笑顔を振り向かせることに、繋がるのであれば。

 意気揚々たる思いを抱きながら、クエスターたちの群れを掻き分けつつ、案件を探していた時であった。

「おーーーーっす!」

「いて!」

 突然、背中を強く叩かれた僕は、思わず声を上げた。

 後ろを向くと、そこにはグラシューがいた。

「昨日はよく寝れたかぁ? バカ弟子くん?」

「は、はあ⋯⋯。別にいつも通りだけど」

 そして、いつものように無邪気な明るい声をかけてくる彼女だったが、その後ろにはもう一人、見覚えのある少女の姿があった。

 昨日も会ったその少女。

 その顔を、忘れるはずがない。

 一ノ瀬さんの顔は、今日も僕にとって眩しく見えたが、少し緊張しているような雰囲気だった。

 彼女は視線を下に向け、僕を見るのを避けているようだった。

 やはり昨日の気まずい思いから、彼女は解放されていないのだろうか。

 僕の胸のあたりに、むず痒い感覚が襲い始めた。

「ほれ、クレアを連れて来てやったぞ。ありがたく思いな」

 二人の間に走る緊張した空気を他所に、グラシューは軽快な声を発し、一ノ瀬さんの背中を押した。

「わっ⋯⋯!」

 グラシューに押された一ノ瀬さんは前のめりになり、僕の目の前に寄せられた。

「⋯⋯⋯⋯」

 身を屈めた一ノ瀬さんは、僕を上目遣いで見ていた。

「⋯⋯⋯⋯」

 僕も彼女の目を合わせたが、固まってしまった。

 しばらく、彼女と無言で目を合わせた。

--こういう時、どうすればいいんだ⋯⋯? ええい、難しく考えるな⋯⋯!

 僕は一ノ瀬さんに悟られないよう、深呼吸した。

「お、おはよう」

 僕は何とか声を絞り出して、挨拶した。

 すると、彼女の顔は徐々に笑顔に変わってきた。

「うん、おはよう」

 その何気なく発せられた挨拶を聞いただけで、僕は昇天してしまいそうだった。

「ほいじゃ、アタシは行くから! 面白そうな仕事、見つけちゃってさ!」

「え、そうなの?」

 不意に発せられたグラシューの言葉に、僕は興味あり気な反応を示した。

「わりーけど、この仕事はソロでやっから! ソーイチみたいな化け物といっしょじゃ、あっさり終わってつまらなそうだし!」

「えっ!?」

「そういうことだから! じゃ、あとはヨロシクっ!」

「ち、ちょっと! グラシュー!」

 グラシューは、逃げるようにこの場から駆け出していった。

 遠ざかる彼女の背中を、僕は呆けながら眺めていた。

『ほんと元気だよね、グラシュー』

「!?」

 ふと聞こえた透き通る日本語に、僕は即座に反応し、振り向いた。

『あのコといっしょにいるだけで、こっちも明るくなれる気がしない?』

 そこにあった一ノ瀬さんの曇りのない笑顔に、僕は背中は熱くなった。

『そう⋯⋯かな? 俺はむしろ最近、彼女といると疲れるけど』

『ははっ、そっか。そういえば月村くん、昨日はグラシューに振り回されっぱなしだったよね』

『ああ⋯⋯わかる? 最近あの人、妙に当たりがキツくて』

 僕は訴えるような目を作り、一ノ瀬さんを見た。

『でも二人とも、仲良さそうだよね』

『!?』

 その一言に、僕は息を飲んだ。

 一ノ瀬さん、何か勘違いしてないだろうか?

『そ、そうかな⋯⋯? フツーだと思うけど』

 僕は、彼女の誤解を解くべく言葉を連ねたが、その言動は意図せずに狼狽していた。

 すると、一ノ瀬さんは首を傾げ、僕を凝視してきた。

『えー、怪しいなあ。本当に二人は、師弟関係ってだけ?』

『えっ!?』

 僕の説得も空しく、彼女は誤解は広がる一方だった。

 僕には、焦りしか生まれなかった。

『ほ、本当だからっ! グラシューとは、ただの同僚ってだけで⋯⋯別に⋯⋯』

『ふーん。じゃあ私、月村くんと二人でいっしょにいても、問題ないんだね?』

『え⋯⋯?』

 急に態度を翻した一ノ瀬さんの言動に、僕は唖然と口を開いた。

『ところで月村くん、いま何してたの?』

『え、いま⋯⋯?』

 そしてまた、唐突に話題を変える一ノ瀬さんを見ながら、僕は口籠っていた。

『次の仕事、探してたところだけど⋯⋯』

 僕は、自信なさげに答えた。

『やっぱり? でも、今日はいつものパートナーが、いないみたいだけど』

『!?』

 彼女の台詞に、僕は目を大きく見開いた。

『私が代わりじゃ、足手まといかな?』

 揶揄うように首を傾げ、満面の笑みを含んで僕を見る彼女の顔は、目を背けたくなるくらい眩しかった。

『そ、そんなことないっ! 百人力だよ!』

 僕が当惑しながら叫ぶと、一ノ瀬さんは目を細め、その笑顔をさらに輝かせた。

『それじゃあ、いっしょに仕事、探そっか』

 彼女は、これ以上ない透明感溢れる言葉を僕の耳に響き渡らせ、クエストボードに目をやった。

 僕は胸を熱く焦がしつつ、ボードに貼られた案件票の群を、一ノ瀬さんと共に眺め始めた。

 

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