それでも続けて、ようやく積み上げた2000という節目。

いや、どんなに遅くても構わない。千葉を愛するその姿が、そこにあればいい。

幕張の風を受け続けて25年。ロッテ一筋のベテランが、大記録を達成。

彼がどれだけ2000本安打に達するまで苦難を強いられて来たのか、その道程を追ってみたい。

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ロッテ福浦はプロ25年目で2000本安打達成

ロッテの福浦和也内野手(42)がプロ野球史上52人目の通算2000安打を達成。チームでは榎本喜八(1968年・東京オリオンズ時代)、有藤道世(1985年・ロッテオリオンズ時代)に続き3人目の快挙達成。

プロ25年目のベテランは大記録達成まで「あと1」で迎えた2018年9月22日の西武戦に、「6番指名打者」でスタメン出場。8回先頭で迎えた第4打席、西武4番手の小川から7球目を右越えへ二塁打。大台を達成した。

ロッテ福浦が2000本までかかった試合数

以下に、2000本安打達成者の年代と年齢、または要した試合数を記す。

1 川上哲治(巨人) 56年 36歳2カ月 1646試合
2 山内一弘(阪神) 67年 35歳5カ月 1922試合
3 榎本喜八(東京) 68年 31歳7カ月 1830試合
4 野村克也(南海) 70年 35歳3カ月 1983試合
5 長嶋茂雄(巨人) 71年 35歳3カ月 1708試合
6 広瀬叔功(南海) 72年 35歳10カ月 1896試合
7 張本勲(東映) 72年 32歳2カ月 1733試合
8 王貞治(巨人) 74年 34歳2カ月 2019試合
9 江藤慎一(太平洋) 75年 37歳10カ月 2006試合
10 土井正博(クラウン) 77年 33歳6カ月 1956試合
11 高木守道(中日) 78年 36歳8カ月 1998試合
12 松原誠(大洋) 80年 36歳3カ月 2055試合
13 柴田勲(巨人) 80年 36歳5カ月 2143試合
14 大杉勝男(ヤクルト) 81年 36歳4カ月 1997試合
15 藤田平(阪神) 83年 35歳6カ月 1875試合
16 衣笠祥雄(広島) 83年 36歳6カ月 2106試合
17 福本豊(阪急) 83年 35歳9カ月 1790試合
18 山崎裕之(西武) 83年 36歳8カ月 2140試合
19 山本浩二(広島) 84年 37歳6カ月 1944試合
20 有藤道世(ロッテ) 85年 38歳6カ月 1944試合
21 若松勉(ヤクルト) 85年 38歳5カ月 1757試合
22 谷沢健一(中日) 85年 38歳1カ月 1835試合
23 加藤英司(南海) 87年 38歳11カ月 1939試合
24 門田博光(南海) 88年 39歳6カ月 1989試合
25 大島康徳(日本ハム) 90年 39歳10カ月 2290試合
26 新井宏昌(近鉄) 92年 40歳2カ月 2027試合
27 落合博満(巨人) 95年 41歳4カ月 1849試合
28 秋山幸二(ダイエー) 00年 38歳4カ月 2000試合
29 駒田徳広(横浜) 00年 37歳11カ月 2055試合
30 立浪和義(中日) 03年 33歳10カ月 1874試合
31 清原和博(巨人) 04年 36歳9カ月 2141試合
32 古田敦也(ヤクルト) 05年 39歳8カ月 1884試合
33 野村謙二郎(広島) 05年 38歳9カ月 1880試合
34 石井琢朗(横浜) 06年 35歳8カ月 1839試合
35 田中幸雄(日本ハム) 07年 39歳5カ月 2205試合
36 前田智徳(広島) 07年 36歳2カ月 1895試合
37 金本知憲(阪神) 08年 40歳0カ月 1911試合
38 小笠原道大(巨人) 11年 37歳6カ月 1736試合
39 稲葉篤紀(日本ハム) 12年 39歳8カ月 1976試合
40 宮本慎也(ヤクルト) 12年 41歳5カ月 1976試合
41 小久保裕紀(ソフトバンク) 12年 40歳8カ月 1997試合
42 ラミレス(DeNA) 13年 38歳6カ月 1695試合
43 中村紀洋(DeNA) 13年 39歳9カ月 2162試合
44 谷繁元信(中日) 13年 42歳4カ月 2803試合
45 和田一浩(中日) 15年 42歳11カ月 1903試合
46 松井稼頭央(楽天) 15年 39歳9カ月 1742試合
47 新井貴浩(広島) 16年 39歳2カ月 2112試合
48 荒木雅博(中日) 17年 39歳8カ月 2126試合
49 阿部慎之助(巨人) 17年 38歳4カ月 2056試合
50 鳥谷敬(阪神) 17年 36歳2カ月 1956試合
51 内川聖一(ソフトバンク) 18年 35歳9カ月 1800試合
52 福浦和也(ロッテ) 18年 42歳9カ月 2234試合

福浦選手が2000本安打達成までに要した試合数は2234試合。これは谷繁選手、大島選手に次いで多いものとなる。

谷繁元信(中日) 13年 42歳4カ月 2803試合
大島康徳(日本ハム) 90年 39歳10カ月 2290試合
福浦和也(ロッテ) 18年 42歳9カ月 2234試合

また、彼が達成した年齢は42歳9カ月。これは和田選手に次ぐ高齢記録となる。

和田一浩(中日) 15年 42歳11カ月 1903試合
福浦和也(ロッテ) 18年 42歳9カ月 2234試合
谷繁元信(中日) 13年 42歳4カ月 2803試合

プロのキャリアで見ると、キャリア25年目の9月での達成は、恐らくこれまでの達成者の中で最も遅い記録となる。それに次ぐのは谷繁選手の25年目の5月である。

居場所を求め続けた結果の大記録

2000本安打達成までに多くの試合を要した谷繁選手と、最高齢で達成した和田選手と比較してみよう。

谷繁選手の場合、打てなくても捕手としての仕事が際立っていた。横浜時代から中日時代に渡って1996年から2013年まで、100試合以上の出場をこなした。それ故に、与えられた打席数も多く、要した試合数も他の選手と断トツに多いことが分かる。

つまりは、彼の2000本安打は守りの要としての副産物であった。

和田選手の場合、大学、社会人を通してプロ入りした為、プロとしてのキャリアのスタートが遅い。捕手としての入団だったが、2002年に外野手に転向すると、そのバッティング能力が開花。35歳で中日に入団してからもその力は衰えることなく、3年連続で3割150安打以上を達成。

つまり、彼の2000本安打は類希なる大器晩成型である為だった。

そして、福浦選手の場合はどうか。

高卒ルーキーとして、7巡目で指名を受けた彼は、高校生まではピッチャーであった。しかし、バッティングセンスを見出され、野手に転向。プロ4年目の1997年に初ヒットを放ち、レギュラーに定着し始めると、一気に能力の開花が加速。2001年に.346で首位打者を獲得すると、2006年まで連続で打率3割をキープ。「幕張の安打製造機」と称されるまでになった。

2012年以降は怪我の影響等もあり、出場試合数が激減したが、彼には類希なる「勝負強さ」があった。2012年、2014年で、代打打率が4割を超えていた。ここぞという時に打ってくれるというファンや首脳陣の期待が、彼の現役生活を長らえさせる一因であったことは間違いない。2018年の現役続行は、彼の2000本安打達成を後押しする為という話もあったという。

つまり、彼の2000本安打は長らくファンから愛されるバッティングセンスの為だった。

福浦選手は来期も現役を続けるとのこと。今度は一体、何を見せてくれるのであろうか。

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