伝説のロック歌手・尾崎豊

 

短命の天才には「伝説」というワードが付き物だ。

歴史上、そのような人物は数えるほど存在するが、尾崎豊という存在も間違いなくその代表格だろう。

社会へ反発し続け、己の存在を示し続けた狭く濃密な生涯。

その中で大衆の目に触れることになった唯一のテレビ出演とは。

 

尾崎豊が27回目の命日を迎える

2019年4月25日、この日は尾崎豊の命日である。尾崎さんと言えば、「10代の教祖」「若者のカリスマ」と呼ばれ、シングル・アルバムの累計売上枚数は1,000万枚超えるも、26歳の若さでこの世を去った伝説のロックシンガーである。

そんな彼の命日を迎えた25日、フジテレビ系番組「直撃!シンソウ坂上」で放送され、ツイッターでも尾崎さんに関するツイートが多く寄せられるなど、短くも激しく燃え上がった伝説が再燃していた。

 

https://twitter.com/being_daiko2019/status/1121511970002235392

この方は少なくとも20代後半か。今でもなお若者のカリスマであり続ける尾崎豊という存在の大きさを物語る。

 

彼が今存命していたとしても、鋭く社会を斬り続ける存在であってほしい。

 

一昔前の若者は尾崎さんに対し「才能があるのに早く死んでバカだ」みたいな評価を下す方々が多かったが、今の10代の若者は彼に対して何を思うだろうか。

「直撃!シンソウ坂上」でも放映されていたようだが、尾崎さんが生涯唯一出演したテレビ番組があるということを知り、個人的には驚きを隠せなかった。

公の場に安々と顔を出すことを良しとしない人物かと思っていたが、尾崎さんをテレビ出演させたきっかけとは?

 

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尾崎豊の出演した夜のヒットスタジオ

1988年6月22日の「夜のヒットスタジオ」に、尾崎さんは生出演し「太陽の破片」を披露。

太陽の破片を披露する尾崎豊

 

 

1987年12月に覚せい剤取締法違反で逮捕された尾崎さん。彼が嫌悪していたメディアへの出演を決めたのは、多くのファンを裏切ってしまった懺悔の為だったという。

人気絶頂時に突然活動を休止した尾崎さん。凡人が思うことはやはり共通しているように思う。

「なんでそんな時に休止するのか?」

「もったいない」

恐らく、それに類推される言葉の群が多く飛び交うことだろう。

それを考察するに、尾崎豊という存在は、やはり生粋のアーティストだったのだと思う。とりあえず歌を歌って「歌手」としてれば「アーティスト」と呼ばれる虚構のものとは一線を画す。自分自身の葛藤を歌という芸術(アート)で表現し、芸術を利潤と乖離したところに持っていく、まさにアーティストとしてあるべき姿を体現していた。

尾崎さんを亡くなるまで支えていた音楽プロデューサーの須藤晃氏は、活動休止前の彼の様子を以下のように語る。

「彼が常々言っていたのは、『俺はすごく個人的なことを歌っているのに、何でみんなを扇動しているみたいに言われるのだろう』と。彼が出て行くと、両手を合わせながら拝み倒すような雰囲気になっていたことに戸惑っていました。音楽をやっていることが楽しくなくなってきたんじゃないですかね」

2019.4.25 FNN PRIME

 

社会的への反発を歌っているのに、得られる名声はうなぎ登り。そんな社会的な成功がむしろ、アーティストとしての尾崎豊を大きく悩ませた。

常人では理解し難いこの感性こそが、彼を伝説たらしめる由縁であることに異論はなかろう。

 

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尾崎豊から学ぶこと

小生も20歳前後の頃は、彼の歌に陶酔したものだ。社会の在り方に疑問を持って生きる10代は、今も昔もやはり少なからず存在する。だからこそ、尾崎豊という存在はいつまでたっても色褪せない。

社会人となって妻子を持つようになると、さすがに尾崎さんの曲を教科書として生きるのは難しいが、それでも社会には多くの疑問符が残るシステムが多数存在する。

反骨心を忘れずに生きよ

 

当たり前の中に潜む多くの矛盾。平和とされる社会に潜む数多の生き辛さ。それを静観せず常に疑問を抱き、より良き社会を築き上げていく為に、尾崎豊の反骨心は世の人々に植え続けられなければならない。

 

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