プロフィール

作者名

唯木ただき 絢斗けんと 1983年生まれ

普段の顔

 表向きは或る企業の雇われ人。社内SEとして生計を成し、妻と子供一人を養う。元々、エンジニアとして活動していたが、時間に追われることを嫌い、また、我欲の強い集団に身を投じることに耐えられず、間接部門という微温湯ぬるまゆへと逃避することを決意。

執筆活動に関して

 裏の顔は、至高の芸術を追い求める為、途方も無い空想にひた走るWeb小説家。物書きとして世を渡り歩き、且つ他者の欲に左右されること無く、思うが儘に書き連ねることを目指し、日々、試行錯誤を重ねる。

 何かと想像するのは好きであった。この世に生を受けて以来、そんな癖があったといっても過言では無かろう。故に一人でいる時間で退屈しない気質で、人との交流も実に限られていた。友達が少ない根暗野郎と平たく表現されても、否定は出来ない。そんな小生が妻子を持ち、生命としての役割を全うしつつあることは、驚嘆に値すると改めて思う。我が身を受け入れてくれた妻、そして愚劣なる血を受け継ぎつつも無垢な笑顔を絶やさぬ娘には、全くもって頭が下がるばかりである。

 夢想の権化ともすべき小生が、物書きに興味を抱き始めたのは、高校生の時分である。特段、読書が好きだというわけではなく、書くことに力が入っていた。恐らく、インプットは常人並みと言っても過言ではない。

 大学に入り、日本文学に身を投じた。古典から近代文学まで広く手を染め、最終的に陶酔したのは、文豪として名を連ねる太宰治である。あの男が文豪として名を馳せ、偉人の一人として多くの現世民に知られていることは、どうにも違和感がある。心中自殺で自分だけが生き残り、自殺幇助罪で収監され、薬物にも手を染めた人間。辛辣で稚拙な表現になるが『人間のクズ』と言っても強ち逸脱してはいないだろう。

 それでも、小生はそんな男をテーマに卒論を書いた。彼の文章や奥底に秘める思いに、惹かれるものがあったのだろう。

『人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ』

 「ヴィヨンの妻」における最後の一節。この台詞が強く自身の頭にしつこく絡まっている。

 物書きとしてあるべき姿は何なのか。それは創造主としての立場を崩さず、周囲の雑音に揺さぶられることなく、己を表現することに尽きる。昨今、大衆の声に過剰に反応し、それの犠牲心で創り出された作品が多いことに、甚大なる嘆きを抱いている。生きる為、食べる為だけの創造物は、須らく空虚である。一時的な快楽は得られても、永遠と記憶に残ることなく、消え去っていく。

 大衆の脳の表面で遊ばれることは決して望まない。真理を追究する崇高な少数民の記憶の奥深くに刻み込む作品を、このサイトに後世まで残す所存である。