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自己責任論浮上は生きることに困窮している証拠

子供達の個性を無視した画一的な教育が強制され、子供達がテストの成績以外で輝くことを許さない日本。

勉強に向いていない子供や、塾に通わせるお金のない家庭に育った子供は必然的に取り残され、将来は貧困生活を余儀なくされる。

また、気の強い子、気の弱い子、明るい子、大人しい子など、雑多な性格が入り乱れる学校生活において、いじめの問題は全くなくならない。それを苦に自殺に追い込まれる子供がいる社会を、果たして平和などと呼んでいいのだろうか。

自己責任論を生む教育

今も昔も受験戦争

 

そんな幼いころから争うことを擦り付けられて育った日本人は、大人になればその精神はさらに異常性を増す。ブラック企業などという人間性をまるで無視した労働を強要する集団が世に蔓延り、過労死する人間が続出するという現実。

朝からすし詰め状態の満員電車に乗ることを強要され、会社へと足を運ばせられることを強要される多くの社会人。

自己責任論と満員電車

詰め込まれる社会人

 

これがナチスにおけるホロコーストの強制移送と変わりないと思っている方は、恐らく小生だけではなかろう。

自己責任論とナチス

強制収容されるユダヤ人

 

つまり、日本の大多数の大人たちは、生活に余裕などないと声を上げているはずだ。

そんな日本人たちは、シリアの内情を心配するほどの余裕があるだろうか。自分たちが生きるので精一杯なのに、困窮した地域の情報を欲する心が生まれてくるだろうか。

それに対し、小生は甚だ疑問に思う。

ダルビッシュ氏が、ジャーナリスト擁護派のツイートをすることにおいて、納得するところがある。平民が一生かかっても稼げないお金を、一年で稼ぎ出してしまうほどの優れた能力をもったダルビッシュ氏。貧困という言葉からは程遠い、一定の余裕を持った彼だからこそ発言できる、言わば「正常」な精神を持った数少ない人間だからこそ、本来あるべき慈悲の精神を貫ける。

つまるところ、自己責任論を語るのがバカバカしいと批判する以前に「どうしてこうした声が上がってくるのか?」が未だに語られていないことへ、大きな疑問を持っていると、高らかに主張したい。

 

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自己責任論に対する本音

本音を言ってしまえば、小生も自己責任論者の声に傾聴したい。

なぜなら、答えは簡単、生活に困窮しているからだ。

いくら働けども給料は上がらないし、いくら働けども残業は減らないし、身体と精神は擦り減るばかり。血税を無駄遣いされた悔やみは、正直、奥底には眠っている。

自己責任論と税金

ただでさえ無駄遣いされている血税なのに

 

しかし、それでも慈悲の心は失いたくない。だからこそ、ジャーナリスト達の命がけの行動にも、評価をしなければと、心を奮い立たせている。

この安田氏の拘束事件でひとつの教訓を得たとするならば、資本主義の負の遺産である格差社会が日本に蔓延し、日本人に「自分さえよければいい」という精神が擦り付けられてしまっていることが明るみになったことが、一つとして挙げられるだろう。

これを機に、少しでも日本国民が幸せを感じる世の中に帰省していくよう、日本政府はその対策に奔走して欲しい。そして、安田氏の行動が誰もが賞賛するような社会になるよう、心の底からひたすら願う。

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