行き場を失った怒りは、海を渡ってきたイベントにかこつけて正当化され、発散される。

夜の渋谷は若者たちのものだけではない。古くからそこに住む人もいれば、ネクタイを締めた社会人も少なからず歩いている。自分達だけの聖域だと言わんばかりの若者たちの行動は、当然看過されるものではない。

ただ、彼らを頭ごなしに、バカや、低能など、非難するだけでは、この問題は何も解決しない。そんな彼らが育った原因は我々年長者にあると、捉えるべきではなかろうか。

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渋谷ハロウィンバカ騒ぎに区長がコメント

ハロウィン直前となる10月27日夜から28日未明にかけて、渋谷駅周辺で巻き起こる迷惑行為が問題となる中、長谷部健渋谷区長が緊急コメントを発表。

「節度を持って行動を」と呼び掛けた長谷部区長だが、まるで聞く耳を持たない暴徒化した来街者たちに対して遺憾の意を表し、さらなるハロウィン当日の対策を強化する意向を示した。

ネットの反応も、冷ややかな目線が目立つ。

文化的背景も知ろうともせず猿まねしてはしゃいでるだけの奴らがハズイ

日本のIQ低いランキング上位の奴らで渋谷が埋め尽くされて交通が不便になる祭り

ハロウィンの「仮装」という面のみをピックアップし、大規模な仮装パーティーに昇華させた彼らの思考回路に甚だ疑問を抱かざるを得ない。海外の文化を積極的に取り入れたという評価で百歩譲ったとしても、やはりそれを騒ぎ立てる理由にするのは、決して許されることではない。

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渋谷ハロウィンバカ騒ぎに海外の反応は?

本来は子供たちが主役となるはずのハロウィンを、ネジの抜け落ちた大人たちの狂ったパーティーに変貌させた日本に、海外の人々はさぞや厳しい声をあげているかと思いきや、そうでもないようだ。

「すべてがグレート」

「大人になってもドレスアップ出来ていいな」

「観ているだけでも楽しい」

「うらやましいよ! 日本に住んでみたい」

熱の入ったコスプレで楽しむ日本人の姿に、意外にも賞賛の声が挙げられている。

海外の方々は「クレイジー」と、日本「独自」の仮装イベントに対して評価するが、いい年した大人が軽トラックをひっくり返して無邪気に騒ぎ立てる程まで、その狂乱さが膨れ上がった2018年。

羨望の眼差しを送る「クレイジー」から、冷笑する「クレイジー」へと、海の向こうの人々は見方を変えるかもしれない。

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若者は発散する場を求めている

日韓ワールドカップが行われた2002年。日本代表チームが試合を終える毎に、渋谷は湧き上がり、すれ違う見知らぬ人とハイタッチを交わす前代未聞の光景が写し出されていた。

小生は当時大学生だったが、それに混じりたいという思いが強かった。結局、彼らと交わることはなかったが、若かりし頃に集団で日頃のうやむやを発散したい欲望を持つことは、本能的なことではないか思っている。

楽しければそれでいい。

それはそれで結構なことだと、少々だが賛同する思いはある。この時期に若者の消費意欲を刺激するイベントがあることは、日本の経済にとってプラスの面があることは言うまでもない。

だが、度が行き過ぎると、このような社会問題に発展し、議論の種になる。

ここで思うのが、若者たちが毎年大規模な仮装パーティーに繰り出さんとする原動力は何なのか、そして、暴徒化するまで騒ぎ立てるエネルギーはどこから生まれてくるのか、ということ。

今が良ければそれでいい。

こうやって楽しめるのは若いうちだけ。

その思いがあまりに強すぎるのではなかろうか。

将来を見据える能力に欠如した若者、また、将来を見据えすぎて極度の不安に陥る若者。そんな彼らがハロウィンを盾に、スクランブル交差点をジャックすることは、彼らの痛烈な社会への訴えとして捉えるべきではないか。

Trick or Treat

ごちそう(将来の保証)をくれないと、いたずら(暴徒化)しちゃうぞ

若者はお菓子を求め、来年も夜の渋谷を練り歩く。そんな気がしてならない。

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