大変、難しい問題だ。

まずは、ひとつの命が助かったという喜ばしい事実がある。

一方で、その命が救われるために、日本政府が奔走し、大なり小なりの血税が失われた事実がある。また、カタール政府が身代金を肩代わりし、日本はカタールに借りを作ってしまった事実もある。さらに、その多額の身代金がテロリスト達の資金源となり、新たな被害者が出る推測は容易に立つ。

それらに対して自己責任論が沸騰し、己の身を守るので精一杯の国民が荒れ狂うのも無理はない。ただ、上の画像のように彼を揶揄するのはいかがなものか。

またさらにその奥底には、民主主義の根本を成す表現の自由の為、たとえ危険な地であっても取材の為なら渡航の規制が難しいという問題も潜む。

ただひとつ、恐れながら主張させて頂きたいのは「正解がないのが正解」ということ。様々な意見を取り入れつつ、あらゆる角度からこの問題を切り取っていき、各人の多様性を養うことが肝要と考える。

 

安田純平氏の自己責任論再浮上でネット大荒れ

元々、歯に衣着せぬツイートを繰り返し、その言動が目立っていた安田氏。

 

そして、現在大炎上中のツイートがこれ。

 

安田氏の言動に迷惑を感じるコメントが目立つ。たしかに少なからず日本をお騒がせし、それも一度や二度でないことから、批判の声が挙がるのも無理はない。そして安田氏の表現がキツめであることが、火に油を注いでいる。

大口叩いて失敗し「ほれ見たことか」と叩き、さらに多数派に同調することは、日本人の気質であろうか。

 

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安田純平氏に賠償責任はあるのか?

血税払えとの非難もごもっともな話だが、やはり民主主義の根幹を成す「表現の自由」を認めざるを得ない以上、安田氏が我々に何らかの賠償する義務は発生しないのではと思う。

小生は法律家でも何でも無いので、詳細や本当のところは全くの想像になってしまうが、少なくとも彼の行動が法的に過ちを犯したとなると、憲法そのものを揺るがし、民主主義国家としての体を成さなくなる事態に陥る。

じゃあ、ジャーナリストは何をやってもいいのかと問われると、それも何か違う気がする。

表現の自由が認められているとはいえ、人権侵害に抵触するような報道がなされれば、裁判に発展することは周知の事実。さらに政府から戦闘地域との渡航は控えるようにと勧告が出ていたのであれば、従う義務はないにせよ、徹底したリスクマネジメントを考慮した行動を心掛けるべきである。

安田氏のジャーナリズム精神に感服することは多々あり、小生も見習うべきところは多々ありと思うところもある。しかし、いつまで経っても膨れ上がり続ける負債、少子高齢化と将来の人口減少、及び年金受給の非保障が易々と予見され、生き難いことこの上ない日本という国で、細々と妻子を養うことに生き甲斐を覚える身としては、幾度となく拘束される安田氏に、もう少しリスク管理に重きを置くべきではと、拙ながら意見する次第。

 

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正義感は余裕の無さに打ち消される

今の日本は平和かと問われれば、それは確実に「ノー」だと断言する。

安田氏が赴いていたシリアの辺りに比べれば、日本は全然平和ではないかという意見はもっともに聞こえる。しかし、前者は宗教上の問題が最たる要因として表面的な武力闘争が顕在化している結果であり、後者においても資本主義の性質が最たる要因として内面的な精神戦争が勃発している。

日本人で大なり小なりの争いをしたことがないと声を上げる方がいれば、恐らくその方は既にこの世を去っているか、路頭に迷っているかのどちらかかとお見受けする。

何が言いたいかというと、運動会なり、受験なり、就職活動なり、何らかの形で他人と争ってきたのではないかということ。そして、その為に、精神をすり減らしてきたのではないだろうか。

そんな精神戦争の果てに、某広告代理店に勤めていた若い女性が自らその命を絶ち、社会問題となった。一人の命が亡くならないと「働き方改革」やら何やらと騒ぎ立てることが出来ない日本政府は、昭和初期までの軍国主義と何ら変わらない精神を持ち合わせている。

つまり、形は違えど、日本では日本人同士で知らず知らずに争い続けていて、シリア以上に泥沼化した戦争状態にある。

そんな状況下におかれた日本人だから、安田氏の正義感あふれる行動も、その余裕の無さに打ち消され、どの面下げて帰ってきたなどと、罵声を上げざるを得ない精神状態なのである。

資本主義やら民主主義が多数派を占め、一見平和と思える先進国でも、見えざる争いが多く発生する。人の住むこの世に真の平和というものが存在するのだろうか。

この悩みは解決されないまま、一生を終えるのだろうと半ば諦めの胸中に晒されている。

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